本当に真面目過ぎる新人アイドルと密着レッスン〜また、握手してください!〜

フクロウ

深夜のレッスン室から聞こえる声

鼻歌を歌いながら髪を整える

顔をパンッと叩く音


「……よし、よしよしよしよし、みんな! やるぞ〜! ……じゃなかったこれじゃ熱血キャラみたいになっちゃう……や、やるぞ~……いや、なんか違うな……もっと気の抜けたような声で……や、やりますわよ~……お嬢様じゃない!」


咳払いをする


「……(声を高く)みんな、やるよ~……………………よしよしよしよし、こんな感じこんな感じ」


「(声を高く)みんな、やるよ~、『納豆大好き〜何でもかけちゃう〜うぅう〜みんなでネバネバ〜』、納豆大好き新人アイドルです!」


「……あぁ~名前を言い忘れてた〜じゃあ、もう一回最初からいいですか〜? ありがとう〜ございます〜」


もう一度咳払いをする


「みんな、やるよ~、『納豆大好き〜何でもガッけ! ……噛んじゃった……あぁ~ダメだダメだこんなんじゃ! 全然ダメだ!」


「これから振り付けも覚えないとだし、歌も完璧にしないとだし、あと、握手会の練習もしないといけないし、それから笑顔、なんといっても笑顔が肝心だよね! こんなんじゃダメだダメだダメだダメだダメだダメダメだ〜うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」


勢い良くドアが開く


「うぎゃあぁぁぁああああ? ……って、び、びっくりした。マネージャーさんですか。よかった、てっきりお化けかと……(大きく息をつく)って、マネージャーさん!?」


「どうしてこんなところに!? はっ! っていうか聞かれてた? (声を高く)……あ、あの〜もしかして〜もしかするともしかしないでもないかもしれないですけど〜今の〜私の〜その〜あの〜」


「今の私の練習聞こえてました!?」


「…………はっはぅあっハッハッハッハッハッ〜聞かれてたんですね~そうなんですね~」


机を叩く音


「……もうダメだ、終わった。終わりです、終わり。終わりなんです。いや、最初からわかってたことなんですけどね。猫被っちゃいけないって。ええ、はい。私の父親は剣道の師範で、私の母親は空手の師範なんですね、それで私ってばそれそれはもう真っ直ぐに、すこやか〜に、北海道の道路くらい真っ直ぐに、もう、そう竹、あるじゃないですか。あの植物の竹ね。(父親のマネ)『あの竹のようにお前は真っ直ぐにどこまでもどこまでも真っ直ぐに育つんだぞ~ハッハッハッハ』っなどと言われて育った私は、もうそれそれは本当に真面目……というか真面目くさって育ったわけなんです。だから、嘘なんてつけるわけがないのに! でも、私は真面目だから? 逆説的に言えば真面目ゆえに? せっかく念願のアイドルになったんだからこそ、アイドルというこの応援してくれるファンのみなさんに夢を与える素晴らしい仕事を全うするためにですね。真面目に嘘をつこうと思ったわけなんです。決して悪気があったわけじゃないんです! 許してください! ちなみに納豆キャラにたどり着くまでも大変な境地で! 私ーー」


「……はい? あっ、一回落ち着こうって。そうですね、そう……………………あわわわわっ! ダメです! 落ち着いてはいけないんです! 私、アイドル目指したはいいものの、誰よりも人見知りで引っ込み思案で、今、落ち着こうものなら、目と目を合わせらんない! マネージャーさんと言えども、いえマネージャーさんだからこそそんな失礼な態度を取るわけにはいかないんです! お願いです! 許してください! でも、アイドルやりたいんです! なりたいんです! だからどうか、お、お慈悲を〜」


「……なんでもいいから落ち着けって? ……わ、わかりましたよ~う~う~……まさか、こんな素の私をよりにもよってマネージャーさんに見せることになってしまうとは。せめてそこらの猫ちゃんやワンちゃんや見知らぬ大勢の人たちに見られるならともかく、まさかのマネージャーさんに見られることになるとは! う~」


「……はっ、はい。せ、せせせ先輩方……はぁあ! なんておこがましい! あの方々! いえ、神! 女神様たちは! み、みなさん、先に帰られました」


「……すみません。わ、私、明日のイベントまで完璧にしておきたくて……夜遅くまで一人残りレッスンの続きを……いえいえ迷惑をかける気持ちなんて毛頭なくて、ただちょっと朝方まで勝手に借りてもバレないんじゃないかって思ったくらいにしまして……はい、事前に言っておくべきでした……はい、すみません」


「……あの! でも、事前にお伝えしたらマネージャーさん来ていただいてたんですよね?」


「……ダメです! そしたら、練習できないですし、何より忙しいマネージャーさんの手を煩わせるわけには……」


「……わ、わかりました。とりあえず椅子に座らせていただきます。……はい。えっ? それが仕事だからって? ……えっ、いやでも、もう9時回ってますし、今から付き合ってもらうわけに……はぁ! 今のは、今の付き合ってって、そそそそういう意味じゃ……あぁ、そうですよね。わかってますよね。はい」


「……何時までやる予定だったかって? そうですね。すごい早く終わっても、明日の朝6時までに終われればとかって思ってましたけど……えぇ? それじゃ遅い? 遅すぎますか?」


「早く終わるためにも一緒にやろうって……でも、マネージャーさんを巻き込むわけには……ん? 少しでも寝ないとお肌のコンディションが悪くなる? 集中力も落ちる? 物忘れも激しくなる!? 笑顔も引きつるかも!!? 危ない!!!? ……わ、わかりました。逆に迷惑かけちゃうってことですね。……そしたら、大変大変お時間を取らせて申し訳ない限りですがお願いします。明日のイベントに向けて、私をアイドルにしてください! よろしくお願いします!!」


「……と、とりあえず、肩の力を抜いてですか? はぁ、は、はい、わかりました」



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