190話:勇者召喚の魔法陣
「戻りましたか、ギリウス。それで? 王女は確保できましたか?」
「申し訳ございません、グレゴリア様。王女とその護衛一名は取り逃がしました」
「……は? 取り逃がした?」
グレーアイル王国王城、謁見の間。
戦闘によってところどころが破壊された玉座にて、グレゴリアは一人外から戻ってきたギリウスの言葉に目を見開く。
そして一瞬怒りの表情を浮かべるのだが、その怒りはすぐに呑み込み、いつもの優し気な笑みへ戻した。
「まさかあなたが、一度ならず二度も任務を失敗するとは」
「……我が力、至らず。この身をもってお詫びを」
玉座のグレゴリアに向かって跪くギリウス。
そんな彼の姿に表面上はにこやかなグレゴリアは、深いため息とともに内心の怒りを吐き出した。
「いいですか? 親衛隊の第一位として、私はあなたを信用して命じたんです。二度も失敗されたとなれば、今後あなたを信じていいのかすらわからなくなる。次はありませんよ?」
「……御意」
コツコツと玉座のひじ掛けを爪で叩くグレゴリアは、顔を上げるようにとギリウスに命じると、その赤い瞳の奥を見る。
目を通じて見えるのは、ギリウスの思考、そしてその魂。
その内面を覗き見たグレゴリアは、彼自身にはグレゴリアに対する反抗心がないことを確認すると、「まぁいいでしょう」と玉座に背を預けて天井を見上げた。
「えぇ~? パパァ、ちょっとそいつに甘くな~イ?」
そんな中、扉が破壊された出入り口から一人の少女が姿を現した。
彼女は跪いて頭を下げるギリウスの横に立つと、笑みを浮かべながら彼の足を軽く蹴る。
「そんなことはないですよ、第三位ヴァレンティア」
「も~パパったラ。今は私たちだけなんだシ、そんな堅苦しい呼び方しないでよネ!」
「今は聖女神国の外だ、ヴァレンティア。時と場所は考えた方がいい」
「……ア? なに私に指図してんだヨ、失敗野郎ガ」
グレゴリアに向けていた笑顔から一転し、まるで仇でも見るような目で跪いているギリウスを見下ろすヴァレンティア。
「パパの首を切ったくそ女を逃がした挙句ゥ、今度は王女まで逃がしたんだロ? どの面下げて戻ってきたんだヨ、アァ!?」
「むろん、この顔だ」
「ボケてんじゃねぇぞくそ野郎ガ!」
怒りとともに、ヴァレンティアは再びギリウスの足へ蹴りを繰り出した。
【聖鎧】による強化によって、その威力は先程のお遊びとは比ではない。人の足程度であれば、骨を砕くどころか千切れ飛ぶほど威力だ。
だがしかし、そんな蹴りをわざわざ喰らうつもりはないと、ギリウスは蹴りが当たる寸前で足首を握ってピタリと止めた。
蹴りの風圧により、彼らの周囲に風が巻き上がる。
「なに止めてんだヨ」
「少なくとも、俺に罰を与えるのはお前ではない。それにここで負傷すれば、今後の任務にも支障が出る」
「ハッ! どうせ失敗するんだシ、私に蹴られて寝てロ。そんデ、私が
「変わりたいなら、俺より強くなればいい。俺が一番強い以上は、俺が第一位と決まっている」
ヴァレンティアには目もくれず、跪いたままずっと頭を伏せているギリウス。
まるで相手にもならない、とでも言われているかのように感じたヴァレンティアは、「てめェ……!」と剣の柄に手を伸ばした。
「そこまでにしなさい、ヴァレンティア。今ここで仲間割れなど、もっとも
愚かな行為です」
「で、でもパパ……! こいつが役に立たないかラ……」
しかし、そこでグレゴリアが待ったをかけると、ヴァレンティアはまるで怒られた子供が責任をなするようにギリウスを見る。
「ギリウスのことですし、きっと挽回してくれるでしょう」
「そうだけド……でモ、こいつのせいでパパの首が落とされたんだヨ!?」
「いいんですよ、あの程度で私が死ぬはずもありませんから。むしろ、そうやって私の身を案じてくれる娘がいることを誇らしく思います」
そんなグレゴリアの言葉に、「エッ!」と嬉しそうな声で頬を染めるヴァレンティアは、グレゴリアから部屋へ戻るようにと指示を受けると、鼻歌とスキップとともに謁見の間を後にする。
そんな彼女の退室後。再び静寂の戻った謁見の間で、グレゴリアはギリウスへと視線を向けた。
「……さて、ギリウス。王女の護衛三名の内、二名は捕らえたそうですね」
「はっ。二名とも地下牢へ収容しています」
「よろしい。では後ほど、その二人にも処理を施しましょう。《白亜の剣》の二人を含め、こちらの戦力が増えることは喜ばしいことです」
パチパチと笑みを浮かべながら嬉しそうに手を叩くグレゴリアだったが、その途中キヒッ、と一瞬邪悪な笑みをこぼした。
「ギリウス。私についてきてください」
「御意」
短い拍手を終えたグレゴリアが立ち上がり、ギリウスを連れて謁見の間を後にする。
向かったのは王城の地下へと繋がる階段。向かう先には国王であるマスティノフに加え、城内に残っていた大臣や侍女、執事が捕らえられている地下牢がある。
彼らの処理でもするのかと、グレゴリアの後ろを歩きながら考えていたギリウスだったが、前を行くギリウスの歩みは地下牢で止まらず、さらにその下へと向かって行った。
やがてたどり着いたのは、広い地下空間。
まるでダンジョンを思わせるその場所へとやってきたギリウスは、「ここは……」と周囲を見渡す。
「ここはかつて、グレーアイルが異世界より勇者を召喚した場所ですよ」
「この場所で、勇者召喚を……」
「ええ。そしてこれが、その勇者を召喚した魔法陣です」
ご覧なさい、とグレゴリアが指し示したのは地下空間の中央。
その地面に目を向けたギリウスは、「これは……」と思わずといった様子で目を見開いた。
「大きいでしょう。なにせ、この空間の地面すべてを利用した魔法陣ですから。もっとも、ここまで大きいとは思っていませんでしたが」
「ソラ様の魔法陣はここまで巨大ではなかったかと」
「その通り。王国の資料は魔法陣は描かれてはいても、その大きさまでは記載されていませんでしたからね。まったく、かつての王国は、どれほどの贄を用意したのでしょうねぇ?」
ギリウスとともに地下空間の中央へとやってきたグレゴリアは、その場が魔法陣の中心であることを確認すると、にこやかな笑みとともにギリウスへと振り返った。
そして一言。
「では、ギリウス。この魔法陣を破壊してください」
「……よろしいので?」
「ええ。それが王国へ来た理由の一つですからね。これ以上勇者を呼ばれるのは困りますし、可能性は潰しておかなければなりませんから」
「……御意」
例とともに剣を抜くギリウス。
直後、凄まじい速度とともにグレゴリアの周囲の地面が破壊されて行くのだった。
◇
(これであの忌まわしい勇者が現れる可能性はなくなった。できればグレーアイルの王族も抹殺したいが……あの勇者がいる以上、それも叶わないときた。チッ、性格の破綻したクズを勇者として呼ぶつもりで集めた贄だというのに、なぜあんなのが呼ばれたんだ)
ギリウスが魔法陣を破壊する間、グレゴリアは一人思考を巡らせていた。
聖女神国の聖女とグレーアイル王国に秘蔵されている勇者召喚の魔法陣。これこそが、グレゴリアの野望の邪魔となる存在だったことは言うまでもないことだった。
約八百年前、彼の心に刻みつけられた恐怖。
己の能力はまったく効かず、殺されては復活し、また殺されることの繰り返し。
いつしか彼にとって、あの勇者が持つ光の剣は一種のトラウマとなり、己を呼び出した存在が倒され、自身が魔界へと還されても治ることはなかった。
そんな彼にとっての転機は百年前。
愚かしくも聖女神国にて、魔界のモノを呼び出す男が現れたことだった。
彼女の召喚に巻き込まれる形で呼び出された事故ゆえか、彼を縛る召喚者は不在扱い。だからこそ、彼は思いついたのだ。
この世界の王になろうと。
上級どもに脅かされることのない、自身を頂点とした第二の魔界。他者の魂に干渉し、思考・行動・意思を操るこの力があれば可能だろう、と。
(あれから百年。ついにここまできた。勇者は手駒になり、他に勇者が召喚される可能性は今ここで潰えた)
「グレゴリア様。魔法陣の破壊、完了しました」
「ええ。ご苦労様です、ギリウス」
チラと目を向ければ、周囲の地面はことごとくが破壊され、もはや勇者召喚の魔法陣は影も形もなくなっていた。
その様子に、グレゴリアは「キヒャッ」と笑みを浮かべる。
(上級の脳筋に力では敵わないが……私の力は、この世界だからこそ有能だ。勇者さえどうにかなってしまえば、後は容易いも同然。ギリウス含め、強力な駒は増えつつある。あとは聖女だが……おや?)
聖女サンクティアの暗殺を命じた親衛隊第八位、アシュレイ・グレイヴ。
親衛隊として、己の力を授けた暗殺者の状況を探ろうとしたグレゴリアだったが、アシュレイの反応がまったくないことに気付くと、「彼もですか」と深いため息を吐いた。
「どうやら、第八位アシュレイ・グレイヴは聖女の暗殺に失敗したようですね」
「如何なされますか?」
「あの聖女様の事です。我々をなんとかしようと、一人ででも乗り込んで来ようとするはずです。先代の聖女がバカのように口にしていた『仁義』とやらを掲げてね」
ですので、とグレゴリアは笑う。
「彼女がどう足掻くつもりなのか、玉座からしっかりと見せてもらおうじゃないですか。ねぇ、ギリウス。きっと楽しい見世物になるはずですよ」
「……御意」
キヒャヒャヒャヒャッ! と邪悪な笑い声をあげて地下空間を後にするグレゴリア。
そんな彼の後に続くギリウスは、少し顔を伏せたままそう返したのだった。
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百年前……悪魔召喚……いったい、何レッダさんの仕業なんだ……
お待たせ! これで連続での王城側視点は終わりです(またどこかで視点は切り替えますが)。
次話はトーリたちの視点に戻りますのでよろしく。
あと、コミカライズ発売されましたので、皆さん是非購入してくださいね!!
面白い、続きが気になる、という方。
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