第37話:異変に潜む影
「……はへ?」
『Gyagyagya!!』
振り上げられた斧が呆けるヴィーヴルヴァイゼンを狙う。
突然の事態に頭が追い付いていないのか、その場から動くことのできないヴィーヴルヴァイゼン。
その刃が彼の脳天を捉える寸前に、俺は全力で発動させた『纏い』で村長宅まで駆けゴブリンの胴体に向けて蹴りを叩き込む。
『Gugya!?』
「は、へ……?」
「呆けるな!! すぐに次が来るぞ!」
ヴィーヴルヴァイゼンの首根っこを掴んだ俺は、一足で村長宅から離脱。
その直後、今迄ヴィーヴルヴァイゼンの頭があった場所を横合いから飛んできた矢が通過していった。
「ヒィェッ!?」と手元から短い悲鳴が上がる。
「お、おい『
「俺が知るかよ! ただ一つわかってんのは、この村には人間がいねぇことと、俺たちがピンチだってことだよ!!」
今度は俺を狙って射られた矢を鞘から抜いた剣で叩き落とした。
その間にも、ゴブリンは村の家からゾロゾロと姿を現してくる。
「な、なんだこれは!? いったい何匹いるんだ!?」
「数える暇はねぇぞ! 死にたくなけりゃ、魔法でもなんでも使え! ビビってる暇はねぇぞ!」
俺一人であれば、空間魔法で一掃することも可能だった。
だが、隣にいるこいつのせいでそれも叶わない。
幸い相手はゴブリンであるため、数はあっても『纏い』と剣のみで対処することは可能だが、それでも面倒なことには変わりはない。
まずは面倒な弓矢持ちのゴブリンから狩ろうと、『探知』で弓を持つ個体の位置を把握し『纏い』を使って速攻で仕留めにかかる。
その間は、ヴィーヴルヴァイゼンを一人にしてしまうのだが、さっきは突然のことで動けなかったとはいえこれでも星3つの冒険者。
ゴブリン程度に後れを取るのであれば、いくら努力したところで意味などない。
「なっ……!? この『輝炎』ヴィーヴルヴァイゼンが、ゴブリン如きにビビるはずがないだろう!? コホンッ、よろしい。ならばこの僕の白き炎、ゴブリン程度にはもったいないがこの場にいる全てを焼き尽くしてやろうじゃないか! 『
『Gegya!!』
「――分まで、ってぬおぉっ!? 『白炎砲』ぉぉ!?」
なんか一人でペラペラしゃべってる間に近づかれたヴィーヴルヴァイゼンだったが、攻撃される直前に気付いて転がりながらゴブリンを燃やす。
ワンドから放たれた白い炎は着弾と同時にそのゴブリンの体を爆破し、爆炎と共に先ほどまでゴブリンであった肉片をまき散らす。
「ふ、不意打ちとは卑怯なゴブリンめぇ……!!」と下でひたすら白い炎の魔法を連射するヴィーヴルヴァイゼンに、何やってんだと思いながらも俺は弓矢持ちのゴブリンを駆除して回る。
そして『探知』の範囲内に弓矢を持つゴブリンがいないことを確認した俺は、ヴィーヴルヴァイゼンの元へと戻るのだった。
「弓矢持ちは全て排除した! 状況はどうだ!」
「ふんっ……! き、貴様がいなくても、こ、この僕一人で十分なくらいだ!」
「肩で息してるじゃねぇかよ。あと魔法はどれくらい使えそうなんだ」
「舐めるなよ! まだ余裕だ! とはいえ、この数相手ではあまり意味はない……!」
周りを見回すヴィーヴルヴァイゼンにつられて、おおよその数を数える。
ざっと見積もってもまだ50以上は残っているだろう。
ヴィーヴルヴァイゼンの魔法で半分以近くは焼かれているが、それでも残る数は多い。
そこでふと違和感があった。
「なぁ、美術館」
「だから僕の名前はヴィーヴルヴァイゼンだと――」
「そんなことより、ゴブリンの首だ。銀の首輪みたいな奴、何かわかるか?」
「何?」
周りを取り囲んでいるゴブリン。それにすでに焼かれてこと切れているゴブリンも含めて。
その首元には銀色の首輪のようなものが嵌められていた。
「奴隷の首輪に似ている、ようにも思うが……あれは人間が対象だ。魔物には使えなかったはずだぞ」
「奴隷の首輪? なんだ、主人の言うことを聞かせるのか?」
「そうだが……知らないのか? 命令に背くと内蔵された魔力が暴走を引き起こして爆破される」
「oh……なんて残酷なファンタジー……!」
襲い掛かるゴブリンを剣で斬り払い、続けざまにもう一匹を蹴り飛ばす。
「じゃあなんだ、魔物用の奴でも作られたか?」
「いや、そんな話はこの僕も聞いたことはない……! 『白炎弾』!」
小さな炎の塊が複数展開され、それがゴブリン目掛けて放たれる。
なるほど、つまり今はなにもわからない、ってことね!
「なんにせよ、首輪についてもこの村のことも、調べるのはここを脱してからだ。お前の魔法でこの数を一気に片付けるものはあるか?」
「相手にせずとも、貴様がこの僕を抱えて逃げればいいだろ!」
「馬鹿野郎! この数のゴブリン野放しにすりゃ、俺たちが帰って報告する間に被害にあう村が増えるだろうが!」
むしろ村のピンチに現れる謎の魔法使いムーブのチャンスだというのに、お前がいるせいでぇぇぇぇ!!
ムーブができない以上、今はただの冒険者として最善を尽くすしかない。
ヴィーヴルヴァイゼンで無理なら、最悪こいつを囮にして俺が全員を斬り殺す。
「ないことはない! が、この僕の奥の手だぞ。そう簡単に貴様に見せるわけには――」
「んなこと言ってる場合か馬鹿野郎! いいから、できるならさっさとやれ!」
「耳元で叫ぶんじゃない! だいたい、使おうにもこう囲まれている状況では意味がない! せめて真正面に集めなければ――」
「真正面ならできるんだな!!」
言うな否や、俺は再びヴィーヴルヴァイゼンの首根っこを掴む。
突然の俺の行動に「へ?」という声を漏らすが、全力で『纏い』を発動させて跳び上がるとその声は「ぬわぁぁぁぁぁぁぁ!?」という情けないものに切り替わった。
そして一歩で村の出入り口へと戻った俺は、その場にヴィーヴルヴァイゼンを放り投げた。
「さぁやれ正面だ! 条件は整えてやったぞ!」
「整えてやったぞ、ではない!! いきなり何をするんだ貴様は!! 危うくこの僕の首が捥げるところだったぞ!?」
ゲホゲホと文句を垂れながら立ち上がったヴィーヴルヴァイゼンは、恨みがましそうに俺へと詰め寄った。
だが、そんな彼にほれと村の方を指さしてやれば、俺たちに逃げられたと感じたゴブリンの群が全速力でこちらへと向かって来ていた。
「ヒェッ!? ……ゴホン、だが今は言い争っている場合じゃない……いいだろう! この僕が使える最強の魔法、その奥の手を特別にみせてやる!!」
「おう、頑張れ早くしろ」
「もっと感謝しろ『
まったく、とぶつぶつと文句を零すヴィーヴルヴァイゼン。
しかし、彼の表情がスッと真面目なものに切り替わると、構えられたワンドの先端に魔力が高まっていった。
そしてその魔力が『白炎砲』の時よりもより高まると、彼はワンドの先端を正面に向けて構えた。
「さぁよく見ておけ『
そしてたった一言。
「『
直後、ワンドの先に高まった魔力がヴィーヴルヴァイゼンの一言によって解放される。
限界まで押し込め高められた魔力は白い炎の奔流となってゴブリンたちへと向けられ、そしてその体を一瞬で焼き尽くしてしまうのだった。
◇
「(派手でいいなぁ……)」
俺の本心である。
目の前で放たれたヴィーヴルヴァイゼンによる魔法の一撃。
なんか名前もかっこいいし、見た目も派手派手だし、すごく印象に残りそうでちょっとムカつく。
美術館のくせに、とは思う。が、今は我慢しよう。
「お疲れ。やるじゃん」
「……フ、フンッ……こ、こここのぼ、僕にかかかかかれば、このて、てて程度のことなどどどど……アフンッ……」
「え、なにそれ怖い」
急に体中が震え出したかと思えば、その場に崩れ落ちてしまったヴィーヴルヴァイゼン。
大丈夫か? と体をゆすってやれば、小さな呻き声とともに「モ、モンダイシカナイ……」と帰ってきた。
「よし、なら大丈夫だな」
みたところ、脈はちゃんとあるし伝え聞く魔力の使い過ぎによる症状だろう。
マリーンから聞いた話だが、魔法使いは魔力を使いすぎると一時的に行動ができなくなってしまうらしい。
今のこいつは、まさにそれだ。
「……ん?」
這いつくばるヴィーヴルヴァイゼンを足先で小突いていると、視界の端で何かが動いた。
もしや生き残りか? と思ってすぐさま『探知』を使用すれば、それは魔物ではなかった。
「……人?」
明らかに人型。恐らくローブでも纏っている。
それがなかなかの速度で開拓村から離れていく様子を捉えた。
「(明らかに関係者だろこんなの)」
ちょっとこの場を離れることをヴィーヴルヴァイゼンに伝えて、すぐさま跡を追う。
早いとは言っても俺よりは遅かったそいつは、傍から見れば深紅のローブを身に纏った怪しい奴であった。
その背中を樹上から強襲して踏みつければ、ローブの男はうつ伏せの状態で這いつくばった。
「ぐぁっ!?」
「どうも、怪しい人。何をしてたか聞かせてもらってもいい? まさか無関係、とか言わないだろ?」
呻き声をあげるローブの男に剣を突きつけながら問いただす。
だがそんな状況で、男は不気味に笑いだす。
ので、より一層強く踏みつけた。
メシメシッ、と男の骨が悲鳴を上げ、痛みによる絶叫が森に響いた。
「もう一度聞く。何をしていた? それかあのゴブリンたちを操っていたかどうか、はいかいいえの二択で答えられるように聞いてやろうか?」
「……ハハッ、何をしたところで無駄だ、冒険者。すでに我らの目的は果たされデェッ!?」
「聞かれたことだけ答えろ」
男の腕に剣を突き刺して催促するが、それでも男は息を整えながら再び笑った。
「何がおかしい」
「お前も道連れだ、冒険者……!! 勇者様バンザーイ!!」
急激に男の体から魔力が溢れ出す。
何かまずいと感じた俺はすぐさま『分隔』で体中を覆った。
その直後、男の体が辺りを巻き込みながら爆発四散した。
「……最後は自爆とか、狂ってんなぁ」
小さなクレーターの中心で、やれやれとため息を吐く。
爆発で男の体もローブも消滅してしまったようで、証拠になりそうなものはないとヴィーヴルヴァイゼンの元まで戻った。
すると、少しは回復したのか起き上がって待っていた。
「すまん、少し離れていた」
「そ、そんなことはいい! それより『
「それより、今は村の調査とボーリスの帰還を優先だ。さっきゴブリンがつけてた首輪を持ち帰るぞ」
「そ、それなんだが『
「……はぁ!?」
その言葉に急いで村に入り、原形が残っているゴブリンの死体を確認してみた。
しかし首輪らしきものは見当たらなかった。
爆破で欠片も残らず爆破された……?
「証拠隠滅かよ、まじで面倒だな……」
「とりあえず、報告だけでもギルドにはするべきだろう。急いだほうがいいぞ、『
「お前が仕切るなよ。勝手についてきてるのお前だろ」
「あともう一つ。まだ歩けないからこの僕を背負ってくれ」
「ぶん殴るぞお前」
仕方ない、と再び首根っこを掴んだ俺はずるずると引き摺りながら村の家屋を調べて回った。
案の定と言うべきか、奥には老若男女問わず色んな骨が残っているのみ。念のため『探知』でも詳しく調べてみたがご丁寧なことに生き残りもいないようだった。
どうやら、来るのが遅かったらしい。
この様子だと、一日や二日前ってことはないだろう。
となると、依頼が出てた時にはすでにってことも考えられるか?
ボーリスまで依頼を出しに来たやつも、戻ってからやられたという可能性もある。
依頼を受注した冒険者が来るってことも、その時に知って待ち伏せされていたのか?
「(……いや、今考えても仕方ないか)」
もう一度、家の片隅に隠されるように集められている人だったものへと目を向け、そして静かに手を合わせた。
その様子を見ていたヴィーヴルヴァイゼンも、魔力の消費によって震える体で目を伏しワンドを胸の前に掲げる。異世界なりの祈り方なのだろうか。
「魔力が残っていれば、僕の炎で弔いたかったがね」
「……だな」
この開拓村の人たちがどのように扱われたのか、考えるだけでゾッとする。
こんな誰かもわからない奴らに祈られても仕方ないだろうが、それでもやらないよりは俺の気が晴れるだろう。
『勇者様バンザーイ!!』
手を合わせて佇む中、その一言が嫌に頭に残るのだった。
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作者の岳鳥翁です。
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