第29話:すべてはこのために
「まずはその脚を止めるところからだ」
この巨体全部をその場に『固定』するのは今の俺には難しい。
だがどこか一部でも『固定』してしまえば、地竜の巨体はバランスを崩すだろう。
ドラゴンとは言え生物。急な変化に対応はできまい。
四つ足で走る姿は、昔テレビで見たコモドドラゴンのようにも見える。
そんな地竜の前足二つを、俺を基準としてその場に一瞬だけ固定する。
たったそれだけのことで、地竜はつんのめり、地面を砕いて砂埃を巻き上げながら地を滑った。
まっすぐにこちらへと向かってくるが、このまま何もしなければ俺が曳きつぶされて終わるだけだろう。
流石にそれはダサいため、すぐさま『分隔』で俺と地竜の間に壁を張れば、地竜の頭が勢いよく『分隔』の壁と衝突した。
「おー……こんな間近で見るのは初めてだが、翼がなくてもやっぱドラゴンなんだなぁ」
目と鼻の先にある真っ黒の地竜の頭。
ゴツゴツした岩のような鱗は、確かに並みの武器では傷一つ付けられないだろう。おまけにこの鱗、地竜自身が魔力を通しているのかさらに強度が増している。
どれだけ力があっても、『纏い』の使える魔力持ちでなければ相手にもならない。
なるほど、これなら星6つでないと、と言うのには納得だ。
『Grrrrrrrrrrrrr……ッ!? Gyaoooooooooooooo!!!!』
暫く、まじまじと地竜の頭を観察していると、薄っすらと瞼の隙間から金色の瞳が顔を覗かせた。
その中心の縦に開いた瞳孔が目の前の俺を捉えると、地竜はのそりと首を起こして空に向かって吠えた。
「おおうっせぇ!! こんな至近距離で咆哮なんて上げるんじゃねぇよ!!」
思わず耳を防いで顔を顰めた俺は、その地竜が怒りのままに前足を振り上げているのを見た。
狙いは当然、目の前に立っている俺。
巨体に見合ってその前足もかなり巨大で、俺一人くらいなら簡単に押しつぶせてしまう大きさだ。
おまけに、ゴツゴツで固そうなうえに岩でも掘削するんですか? と聞きたくなるような爪までついていらっしゃる。
そんな凶悪な前足が無慈悲にも俺に向けて振り下ろされ
案の定、『分隔』の壁に弾かれる。
『!?』
「意外と頭は良くないのは、所詮はトカゲだからなのかねぇ……いや、ぶつかった瞬間は意識なかったからわからなくても当然か……?」
何かに弾かれたことには気づいているのだろう。
しかし、その目の前の見えない『何か』に対しる地竜のアプローチは、ただただ破壊しよう再びその巨大な爪を振るうことだった。
そして再度弾かれる。
「無駄だぞ。物理的な攻撃じゃそれは壊せない……なんて、魔物に言ったところでわからないか」
まるで自分には壊せない物はないとでも思っているように、しきりに前足を叩きつけている地竜。
何度ぶつけられたところでその程度では『分隔』の壁が壊れるわけはないのだが、いい加減馬鹿の一つ覚えのようにガンガンとぶつけられているのは少しうるさい。
再び振り上げた前足の位置を確認した俺は、「もうそれ終わりな」と『断裂』で斬り落とす。
『ッ!? Gyaaaaaaaaaa!!!』
「おう、怒った怒った。それ、敵はここだぞー」
俺にやられたと地竜も理解したのだろう。
縦に開かれた瞳孔が更に細くなって俺を見据えると、怒りによるものなのか、空に向かって今まで以上の咆哮をあげる。
そして再びその頭が俺を向いた時には、開かれた口内に魔力が集まり、白い光が迸っていた。
ブレス。
竜種を竜種たらしめる攻撃。
莫大な魔力を持つ竜種による一種の暴力。
その身に宿した魔力を集めて吐き出すという至極シンプルな攻撃であるが、竜種のそれともなれば街を滅ぼし、束になれば国すら打ち崩す。
そんな攻撃が、俺一人に向けられた。
「まぁ、無駄だけど」
展開していた『分隔』の壁を一度解除し、再度地竜の頭を囲むように再展開する。
確かに俺の『分隔』を突破しようとするなら、そのブレスこそがもっとも有効だろう。恐らくだが、数分もブレスを防ぎ続ければ魔力の干渉によって破壊も可能だ。
だがあくまでも、数分間当て続ければ、という条件だ。
『分隔』によって頭を囲まれた状態で、
「じゃ、俺の活躍の踏み台、ご苦労様でした!」
地竜の口内が瞬いたと同時に、ドォーンッ!! と『分隔』の壁の中で爆発に巻き込まれる地竜の頭。
その様を確認した俺は、踵を返し、最後に仕上げと地竜の頭を『断裂』で斬り落とす。
やろうと思えば、最初からできたことではあるが……こうやって見せつけた方が、広まる噂ってのは楽しくなるもんだ。
チラと城壁に目をやれば、頭が落ちたことで地竜が討伐されたことに気が付いた冒険者や兵士たちが歓声を上げていた。
「(……っん~!! さいっこうに目立ったぞ俺……!)」
見えないように、ローブの中で小さくガッツポーズを決める。
すると、城壁の上に立っていたうちの一人が急に飛び降りた。
「お、ギルドマスターか」
怪我はポーションでも使ったのだろう。既に一人で立って歩ける程度には回復しているらしい。
そしてその後を追うように先ほどの騎士の男も城壁から飛び降りた。
どうやら、俺のところに向かっているようだ。
話を聞きたいとか、きっとそういう面倒なことだろう。
「(だが残念。そんなことになっちゃ、謎の魔法使いムーブはできねぇんだなこれが)」
何者なのかとか、そう言った話の考察はぜひ自分たちでしていただきたい。
第一、その噂話やらを端っこで聞きたいがためにこんなことをしているのだ。無駄にはしない。
「というわけで、俺はこの辺にておさらば。お疲れさまでした!」
ばいばーい、とこちらへと歩み寄って来ていたギルドマスターたちに手を振った俺はその場を『転移』で離脱する。
直前に、「待ってくれ!」というギルドマスターの声が聞こえた気もするが、それもまるっと無視して『安らぎ亭』へと帰るのだった。
◇
「消えやがった……魔法、なのは魔力の感じからわかったが……ありゃ何の魔法だ? ガウェン殿は何か知っているか?」
「……風魔法には姿を眩ますものがあるといいますが……あいにく、魔法はそこまで詳しくはないので。ですが、気配はもうありません」
「かぁー、またとんでもないのが出てきやがったなこりゃ。まさか、伝説の勇者様なんてことはねぇだろうな?」
「少なくとも、王城で勇者召喚が成されたという話は聞いていませんね」
ガウェンの言葉に、そうかぁ、とため息を吐くボールス。
そんな彼に対して、ガウェンは「そんなことより」と言葉を続けた。
「この地竜、どうしましょうか」
「討伐した本人がいねぇんだもんな……仕方ねぇ、とりあえずはギルドに運んで解体するか」
「では、その素材はブリテッド男爵家でも買い取らせていただきます。旦那様も竜種の素材となればお喜びになるでしょう」
「せっかくの竜種の素材だしな。前のやつは森の奥過ぎて星5つの奴らに頼んでも一部しか持って帰れなかったが……今回は丸々一匹だ。いくらでも買い取ってくれ」
暫くは大忙しだなこりゃ、と地竜含めて周囲に散らばる魔物を見回したボールス。
解体所に勤める職員たちに心の中で手を合わせながら、ボールスは魔物の死体回収のために冒険者たちを呼びつけた。
ガウェンも兵士を呼び、その手伝いをさせることにしたようで副官らしき男を呼び出していた。
「にしても……いったい何者なんだ……?」
冒険者と兵士たちが手分けして魔物たちの死体を運ぶ中、ボールスは独り言のように呟いた。
「今は味方……てこたぁ、いつかは敵になるかもしれねぇが……勝てるのか? あれに?」
星6つの冒険者ですら束になって互角とされる最強の魔物、竜種。
そんな竜種を前にして互角どころか圧倒して見せた、仮面をつけた黒ローブの魔法使い。
そんな魔法使いの使用していた魔法も、ボールスには見当がつかなかった。
竜種の攻撃やブレスを歯牙にもかけない魔法など聞いたこともない。
あの『魔女』ですら、そんな魔法は使えないだろう。
「……文献でも漁れば出て来るか? 苦手なんだがなぁ……」
「ギルドマスター! こっち、手伝ってくださいよー!」
どうしたもんかと頭を悩ませるボールスだったが、やがて近くにいた冒険者に呼ばれてからは考えることを止めた。
とりあえず、今は
「もっと老体を労わりやがれ。それくらい自分で運べ!」
「いや、俺より筋肉ついてる人が何言ってんですか」
ちなみにであるが
この
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