同日、反復訓練終了
残り3回。
それが天音に残された挑戦回数である。
これまでの97回、天音の術は発動一歩手前で止まっていた。つい先ほど、ノートがちらりと姿を現したが、手元には残らずに部屋へ戻っていってしまった。
「落ち込んでるヒマないですよー。ほら、集中。普段より魔力を多く流すイメージで。3割増しドバッてカンジで」
一応恭平はアドバイスはくれるが、正直何を言っているかよくわからない。感覚でできるタイプの人間は、理論重視の天音と相性が悪かった。
とは言え、今回は珍しく具体的な数字が出ている。3割増す気持ちで魔力を流す。それがわかるだけでかなりやりやすい。
98回目。いい加減手が疲れてきた。古代の魔法ならば文字を書く必要はなく、呪文を唱えるだけで済むが、発音方法がわかっていない現代ではひたすら書くしかない。そのせいか、魔導師には高確率でペンだこがある。
「あー今度は入れすぎ」
込めた魔力に耐えきれず、魔導文字の書かれた紙が燃えていった。青みがかった紫の炎があがる。
「はい、もう1回」
「す、すみません、少し、休ませてもらえませんか……」
魔力量も限界に近い。あと2回発動できるか怪しいところだ。床に倒れ込むように体勢を崩した天音だが、恭平は表情一つ変えることなく言い放つ。
「ダメです。たくさん魔力使って、今の生成量じゃ足りないんだって体に気づかせないと、生成値上がりませんよ」
両手でバツ印まで作って天音の頼みを断ったが、ただの鬼というわけではないようで、きちんと理由を説明した。
そこまでしっかりした理由があるなら仕方ない。
元来、天音は典型的な真面目ちゃんなので、上の人間が言うことに逆らえないタイプなのだ。例え、それが年下であろうと。
「じゃ、99回目行きましょー。ちなみに、100回以内にできなかったら午後の体力育成の時間が伸びまーす」
「それ先に言ってくださいよぉ……」
もう泣きそうだ。必死に文字を書き、魔力を流す。もう限界に近いので普段より多く流せているかわからない。最早考えることはやめた。
すると、自室にあったはずのノートが姿を現して、天音の手元に落ちてきた。
「あ!?」
「はい、成功。ギリギリですねー」
「や、やった! え、でも、なんで……」
こう言ってはいけないかもしれないが、先ほどは何も考えずにただひたすら発動しただけだった。だというのに、何故成功したのだろうか。
「んー、天音サンって、普段話すときとかに文法とか考えてます?」
「文法? いえ、流石にそこまでは考えてないです」
「ま、そーですよね。そーゆーコトです」
「すみません詳しい説明をお願いします」
天才節再び。凡人にもわかるように1から説明して欲しい。
恭平は上手く言語化できないのか、眉間に皺を寄せて考え込みながら話しだした。
「研究には思考って必要なんですよ」
「は、はい」
「でも発動にはいらないんですよ。これでいいですかね?」
「もうちょっとお願いします」
「えー」
駄目だ、この人説明向いてない。教師だったら生徒が泣くレベルで説明が下手だ。よくある、「なんでわからないかわからない」タイプ。名選手が必ず名監督になれるわけではないことを体現している。
「昔、魔法は生活の一部だったわけです」
「はい、それはわかります」
それは養成学校で習った。古代の社会にとっての魔法は現代社会の電気と同じようなもので、なくてはならないモノ。それくらいは知っている。
「魔導もその延長線上にあるって考えてください。してるコトは大体同じでしょ?」
「確かに……そうですね」
発動方法や威力は異なれど、魔法も魔導もしていることは同じだ。つまり、魔導も生活の一部として捉えればいい。
「天音サンは色々余計なコト考えすぎなんですよね。だから失敗する」
「うっ……」
確かに、失敗したらどうしようとか、魔力量はこれでいいのかとか、ずっと考えていた。それがいけなかったのか。
「夏希までとは流石に言わないけど、せめてカラシくらい自然に使えるといいですねー」
「何も考えず、自然に……」
「いや多少は考えてください。なんにも考えないで発動できるほど慣れきってないですよ。あーいや、考えるっていうとダメなタイプか。うん、それなら成功した自分の姿でもイメージしててください」
成功した自分の姿のイメージ。今までしたことがない。高位の魔導師は皆そうしているのだろうか。
「小森さんは、何を考えて発動してるんですか?」
「なんにも考えてないです。勝手に手が動く」
駄目だ、他の人に聞こう。
諦めていると、恭平がよいことを教えてくれた。
「夏希は確か、『したいコト考えんだよ』って言ってました」
「したいこと……」
「さっきなら、『ノートを持ってくる』、ですかね? 手を伸ばすのとおんなじって言ってましたよ」
それなら少しはわかりやすくなったかもしれない。近くにあるノートを取るために手を伸ばすのと同じ。実際にその動作をするとき、それ以外のことは考えていないだろうから他の雑念が入ることもない。
「なんだか、少し掴んだ気がします……」
「はい、じゃあ午前の部終了です。立てます?」
「なんとか……」
ぐったりとしながらも天音は立ち上がった。こんなに魔力を使ったのは初めてだ。
「あ、無理そうですね」
生まれたての小鹿のようになった天音を見て、恭平が食堂まで魔導で送ってくれた。
その顔が笑っているように見えて悔しかったが、彼との距離が少し縮まったように思えた。
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