同日、11時3分
さらに階段を下っていく。地下3階に辿り着いたが、夏希は立ち止まることなく進んでいく。
「3階と4階はそれぞれ研究室になってまーす」
「さ、3階は見なくていいんですか?」
過ぎ去っていく3階を見ながら問う。国立魔導研究所の職員の研究室など、そうそう見ることのできない貴重な場所だ。許されるなら見学したい。
「3階は男子寮だからねー」
「寮? あの、職員寮は別の棟なのでは?」
魔導考古学研究員はその職の機密情報の多さから、研究所に隣接する職員寮に入寮することが義務付けられているのだ。
「人数減りすぎて壊されちゃったんだよね、寮。だから皆研究室を自分の部屋にしちゃってるってカンジ」
「そんなこと、ありえるんですか!?」
「あるよー。教本に載ってることが全てじゃないからねぇ」
壊された寮の跡地は、まだ何も建てられていないのだという。
「で、でも、また研究員が増えたら必要になる可能性がありますよね?」
「増えないよ」
「え?」
断言する夏希。きっぱり、そんな効果音がしそうだ。
「もう増えないよ。これは絶対」
「どうして、そんな……」
「じきにわかるよ」
詳しい理由は教えてもらえなかった。ただ、普通に考えれば悲しい出来事であるのにもかかわらず、なぜか愉快そうな夏希を見て、やはりこの人は謎が多すぎると、そう感じた。
「さーて、4階の女子寮……もとい、研究室に行きますかねー」
「あ、待ってください! 今行きます!」
3階とは異なり、4階からは人の話し声が聞こえてきた。
いや、正確に言えば、人の狂ったような笑い声である。
「きゃははははははは!」
「ひぃっ!」
すぐそばで奇声が発せられているというのに、夏希は眉一つ動かさなかった。それどころか、天音を置いていく勢いで、すたすたと歩いて行ってしまう。
「な、なんですか、今の!?」
「多分いいアイディアが思いついたんだと思うよ」
「今のが!?どうして!?」
なんで今の笑い声でそのことがわかったのですか。そう聞きたかったのに、恐怖のあまりろくに話せなくなってしまっている。
「そのうち慣れるか、慣れる前にさよならできるよ」
非常にドライな回答である。
できればあれに慣れる前に転属したい。
「そこ右に曲がって」
「……は、はい」
曲がった瞬間、奇声の主が飛び出てくるのではないか。震えながらも言われたとおりに曲がる。
「はいこれ」
手渡されたのは、鍵だった。アンティーク調の、アクセサリーと言われてもおかしくない見た目をしている。上の部分に、小さな水晶が埋め込まれていた。
「部屋の鍵。1回水晶のトコに魔力流して。そうしたら、その魔力の持ち主か、その人が招きいれた人しか入れないようにできる魔導ロックかかってるから」
水晶と魔導は相性がよいことが証明されている。遺跡からも多くの水晶が発掘されているが、なぜ水晶なのかまでは解明されていない。また、いわゆる水晶と言って思い浮かべる透明なものだけでなく、紫水晶や紅水晶なども発掘されている。そのためか水晶の市場価値は以前の10倍以上になった。
鍵を握って、魔力を流す。天音は、自身の魔力が青みがかった紫色に見えている。その色が水晶に流れていき、やがて吸い込まれるように消えていった。これが魔導ロック完成の印らしい。
「さて、何日いてくれるかわからないけれど、ここがキミのお部屋です。ちゃんと掃除したし、シーツとかも新品だから安心してね。なんか必要なものあったら言って。何でも……はムリだけど、できるだけ用意するよ」
「あ、ありがとうございます」
「んで、残念なことに、今日紹介できそうな職員がもういません。ってことでぇ、後の時間はゆっくりしててね。上の本なら好きに読んでていいし。地下に戻るときだけちょっと面倒だけど、和馬か、いたらあたしに声かけてね。開けるから」
「はい。ありがとうございます」
「ここまでで質問ある?」
夏希はかけた眼鏡を上げるような動作をして言った。天音より小柄なので、自然と彼女は上目遣いになっている。
「食事の時間は決まっていますか?」
「そこまできっちりじゃないけど、朝は7時から8時まで、昼は12時から13時まで、夜は18時以降ってカンジ。その時間なら和馬がいるよってだけで、間に合わなくても頼んでおけば用意はしてくれてるから安心して。自分であっため直して食べてね」
「……はい。ではもう1点、明日の流れを教えていただけますか」
「9時始業だからそのときにあたしの部屋に来てね。技術班か医療班、手が空いた方の職員紹介して、あとは簡単なレポートを書いてもらいまーす。最終日にはテストもあるから筆記用具のご用意をお忘れなくー」
「かしこまりました。他に何か必要なものはありますか?」
「うーん、やる気?」
「……か、かしこまりました」
こういった発言にはなんて返せばいいのだろう。
19年生きているが、今まで上手く返せたためしがなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます