何もかも失った折に最恐の能力が覚醒したので世界を滅ぼすことにした

Eshi

第1話 幸せ

風が頬を撫でる。爽やかな空気と柔らかい草が心地良い。今日は休日だし、絶好の昼寝日和だ…


「カイト。」


妻の声がする。夢にも出てくるとは…


「カイト!もう、いつになっても戻ってこないから、心配しちゃったじゃん。」

「ん…あぁ…マキナ、おはよう。」


夢じゃなかった。

サクサクと草原を踏みしめ、マキナが歩いてくる。彼女とは16歳の時に出会い、今は結婚して一緒に暮らしている。


「ほら、帰るよ。もう夕飯できてるし。」

「んーもうそんな時間か。」


体を起こし、大きく伸びをする。胸いっぱいに空気を吸い込むと、かすかに甘い香りがした。


「ほら、早く帰ろ?」

「そうだな。…お腹の子も心配だし。」


マキナのお腹には赤ちゃんがいる。僕と、マキナの子だ。


「予定通りならもうすぐだろ?あんまり無理するなよ。」

「大丈夫だよ!少しは動いたほうが良いって言うし。」


そう言いながら歩いていく。丘の斜面を下っていくと、小さいながらもしっかりしたレンガ造りの家がある。我が家だ。


「どうぞ、ご婦人。」

「なぁに〜それ〜。…ありがとう。」

「どういたしまして。」


ドアを引き、マキナを家に入れて夕飯の支度をする。


「あっ、シチューじゃん。これはごちそうだな。いただきます。」

「いただきます。」


スプーンで一口すくって飲む。口に入れると、優しいミルクの香りと染み渡る暖かさが体を包んだ。


「ん〜!やっぱりマキナの料理は美味しいなぁ。」

「本当?よかった〜!作ったかいがあったよ。…!ほんとだ!我ながらよく出来てる!」


あまりの美味しさに無言で食べ進め、気づいたら皿は空になっていた。


「あ〜!おいしかった!ごちそうさま。」

「お茶をいれるからちょっと待ってて。」

「あ、俺がやるよ。座ってて。」


家の近くに自生しているカモミールとレモングラスを混ぜたハーブティーをいれ、それを飲みながらしばらく話す。


「この家に引っ越してもう5年か〜。」

「そろそろガタが出始める頃かな。子どもが生まれたら引っ越しても…」

「…いいの?」

「あぁ、今の仕事はうまくいってるし。最近は…」

「そうじゃなくて。」


マキナはカップを静かに置き、僕を見据える。


「…カイトは、いいの?」

「…大丈夫だよ。最近は街の方の治安も良くなってるし、何かあれば僕が守るから…っと、ちょっと!」


じっと僕の顔を見ていたと思ったら、マキナが急に抱きついてきた。


「危ないって!お腹の子がびっくりするだろ…」

「…ありがとう。でも、私はこのままでも幸せだからね?」

「…あぁ、俺も幸せだよ。…愛してる、マキナ。」

「私も…カイト、愛してる。」


肩とお腹に伝わってくる温度が、どうしようもなく僕を幸せにしてくれる。


「(確かに、無理に引っ越すより、今のままの方が安全かもな…)」


そんなことを考えながら、今日も僕はマキナと同じベッドで眠りについた。



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