第14話 王都へ
マリアンヌとオスカーは、馬車で王都へ向かっている。
それを守る騎士たちは、主人を護衛する役目を取り戻し高揚していた。
とくにキースが凄まじい。
普段であれば、道中にでくわす魔獣などは、戦わずに追いはらうのが常なのだが。
気炎をあげるキースは、近づく魔獣をほとんど一振りで仕留めてまわったのだ。
鍛えた騎士が、五人で囲まねば対処できない大型のソードベアさえも例外ではなく。
キース一人に数分持たず、狩られてしまう。
「キースの本気を見るのは十年ぶりだ」
馬車内からマリアンヌと二人、後方の荷車に積まれた毛皮を眺めながら、オスカーが苦笑した。
「凄まじいです。返り血も浴びず、毛皮もきれいなままで」
「そうだろう? ヤツは幼少の頃から戦いにかけては天才的だった。戦でも何度うしろを救われたか」
「信頼されておられるのですね」
幼きころからの主従の絆は、先の戦で固く結びつき、呪いの十年を耐えたことでより太くなった。
オスカーのキースを語る横顔は、そうマリアンヌに示している。
「わたしの顔になにかついているか?」
「——なっ、なにも、その、みていたというか……」
オスカーが対面の長椅子から立ち上がり、マリアンヌの横に座った。
「すべて、きみのおかげだ」
膝においたマリアンヌの手にオスカーが触れる。
まっすぐな眼差しにマリアンヌは息をのんだ。
近づいたはずの距離。旅の準備などでそれを確かめる時間のなかった二人に、ふいに訪れたあの日と同じ胸の高鳴り。
「オスカーさま……」
マリアンヌはオスカーの手を包み、胸元に引き寄せる。
目を閉じて、わずかに首をかたむけて——「ミレニアに到着致します」——二人は慌てて離れた。
「あら、これは失礼を」
馬上から車窓へと顔をだしたソフィアが、目尻を下げ形だけの謝罪をした。
公式の場でもなければ、人前で口づけをしたからといって礼儀をかく、ということはこの国ではない。
だが、周囲の視線に慣れない二人は、気恥ずかしさが勝ってしまう。
「ミレニアには歌劇場がございます。お二人で御見物されるのがよろしいかと」
ソフィアは、繋がれたままの二人の手をみながら、さらに目尻を下げて離れていく。
ほどなくして馬車は止まり、ファイラード王国第二の都市、ミレニアに到着した。
◆
「おかえりなさいませ」
都市の執行官に挨拶をおえたオスカーが、ミレニアが誇る貴族専用の宿——下級貴族の領主館よりもよほど豪華——に戻ってきたのは日が沈みかけたときだった。
「ご苦労。マリアンヌは?」
「ご準備はもう整っておられます」
これから一行は歌劇場へと向かう。マリアンヌがみたいと希望した歌劇を観覧するためだ。
女中はオスカーの問いに応えると、意味ありげに口をゆるめ、その場を下がる。
ロビーから二階に続く階段を、ソフィアに伴われてマリアンヌが降りてきた。
「待たせ……素晴らしい」
オスカーは、華やかに着飾ったマリアンヌを見て、深い息を吐いた。
まわりに控えている女中たちは、言葉をこらえ拳を握りこんでいる。
マリアンヌを初めてみたときの、女中たちの感想は【原石】という言葉で一致していた。
さらには、オスカーの呪いに影響を受けないとまできた。
使命感に駆られた彼女たちは、この半年、健康と美容を第一に、徹底的な栄養管理をマリアンヌに施してきた。
その結果。
マリアンヌは、女中たちの思い描いた理想を体現したのである。
その完璧な仕上がりについて、オスカーは最高の反応をみせてくれた。
彼女たちもまた、十年を耐えてきた。
当主の妻を美しく整える。
それを活かす機会にようやく恵まれたことに、何名かはうっすら涙ぐんですらいる。
「お館さま。どうぞ奥方さまのお手を」
「——! ああ……そうだな」
見惚れたままのオスカーは、ソフィアの催促で我を取り戻し、騎士礼をするとマリアンヌの手を取った。
◆
翌日、朝食を食べた二人はミレニアの街を歩いていた。
二人を邪魔せぬように、距離をとりつつ包囲する形で二十名の警護体制である。
ソフィアとキースは二人の後ろ、呼べばすぐの距離にひかえている。
「昨日の歌劇はどうだった?」
オスカーは、ためらいがちにマリアンヌに聞いた。
演じられたのはロガルデ撤退戦といわれる、先の戦で最も過酷だった戦いを描いたものだ。
マリアンヌの父と母が主役の演目である。
本隊の退却のため敵を足止めし、そのまま死ぬ。
だがそのお蔭で、戦力を温存することが出来たファイラード王国は、後の戦いを有利に進める。
勝利を引き寄せた英雄として、人々に語り継がれるという内容だ。
「父と母の最後があのようなものとは思いもしませんでしたので、昨日はご心配をおかけしてしまって」
オスカーはマリアンヌの様子に安堵した。
劇をみたあと、マリアンヌの表情に陰りがさしていたからだ。
見せ物とはいえ、父母の死を描いたものである。幼いときに両親の死について詳細に知らされているはずもなく。
凄惨な最後は劇といえど大きな衝撃を受けることは、間違いない。
見せるべきではなかったかと、オスカーはそわそわとした気持ちのまま夜を過ごした。
たが一晩経って、マリアンヌは普段通りの笑顔をみせてくれている。
「でも、良かったです。それにオスカーさまが、細かい箇所も説明してくださいましたし」
オスカーは撤退戦の当事者だ。
劇の進行にあわせて、当時の状況をマリアンヌに語りながらの観劇であった。
「それはよかった」
すっきりとした顔つきのマリアンヌをみて、彼女の中で両親との本当の別れが終わったのだとオスカーは理解した。
「オスカーさま。あれは何でしょうか」
マリアンヌが前方を見ながら立ち止まる。オスカーはマリアンヌの視線の先を確認する。
「駅馬車というものだ。王都周辺の都市はあれだけで行き来できるそうだ。わたしも乗った事がないからどんなものかはよく知らないが。もう少しで近くでみよう」
今回の旅にて立ち寄る街で、興味の惹かれたものを見つけては二人で確かめるのは、定番となりつつある。
そのたびに心の距離が縮まるようで、二人はこの時間をとても楽しんでいた。
手を取りあい、二人は駅馬車の乗り合い場所へ向かう。
「街を一周するルートがあるようだ」
乗り合い所に立てられた掲示板を指して、オスカーはマリアンヌに向き合った。
「乗りましょう」
マリアンヌは微笑みを浮かべ、オスカーに返す。
「ああ、そうしよう」
仲睦まじく駅馬車に乗り込む二人は、誰が見ても幸せな夫婦だった。
◆
ミレニアを出立し、一行はブラッド家が王都アルテナに構える別邸に到着した。
そして早速の翌日、オスカーは早々と王城へ登城し婚姻の申請を行った。
「婚姻の許可申請が受理されるのはおよそ十日後だ」
王城から帰ったオスカーは、マリアンヌと共に庭に生る木を眺めながらそういった。
「……はい」
繋いだ手からオスカーの熱が伝わってくる。
マリアンヌは、想いに応えるように強く握りかえした。
「宰相閣下が開く夜会までには承認されるだろう。まずはそこでお披露目だ」
「失礼のないように、わたし頑張りますっ」
「気負う事はないよ、宰相はお優しい方だ。そのままでいい」
注がれる柔らかいまなざしにマリアンヌは幸せを感じた。
だが、その幸せに影を差すように、頭上を横切る二羽の鳥。
「あれはザックとわたしの絆鳥……どうして二羽?」
マリアンヌの自室、絆鳥の籠がある部屋の窓に二羽はとまった。
見覚えのある足首につけられたケースからも、間違いなくマリアンヌとザックが飼っている絆鳥だ。
それが二羽共に帰ってくるということは、もう今後の連絡は取らないという意味が含まれる。
マリアンヌの胸はざわつき、先ほどまでの笑顔は消え失せた。
「奥方さまっ」
ほどなくして、鳥が運んできた手紙を持って、二人の前にソフィアがあらわれた。
二羽飛んできたことの不可解さに、ソフィアの顔はひきつりぎみだ。
「ソフィア。ありがとう」
マリアンヌはその場で手紙を開いた。ソフィアとオスカーは、その様子を心配そうに見つめている。
「ザック……」
マリアンヌは手紙を震わせながらザックの名を呼んだ。
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