第3話 駆け込み寺の大騒動(その7)

「“どこへ連れて行かれたか”なんか、知らない」

 椅子に浅く腰掛けて足を組んだ知佐が、ウンザリしたような表情でぼそりと答える。

 ワンレンミディアムの下、顔の真ん中に止血剤を染みこませたガーゼを貼り付けられて。

 ここは管理庁舎の一室である。

 大型のスクリーンやプロジェクターが設置され、部屋の片隅に数台の長机やいくつもの折り畳み椅子が押しやられているところから、元は会議室だったらしい。

 周囲を取り囲むアンドロイドたちの中には冬祐もいる。

 知佐が続ける。

「懸賞金目当ての欠坂――あのデブ野郎に連れてこられただけだ。だから、さらったのもさらわれたのも、どんなヤツかなんて知らないし興味もない」

 その“懸賞金目当て”という言葉に、冬祐は逃げた“デブ”が森の中で冬祐を見て“カネにならねーやつ”と言っていたことを思い出す。

 徹底した“おカネ大好きデブ”らしい。

 冬祐がため息交じりでつぶやく。

「最初からおとりとして連れてこられたんだろうな。本当に知らないぽいな」

 定睦の拉致誘拐事件はサダチカ・シティにとってだけでなく、冬祐にとっても深刻な事態だった。

 定睦がいないと翠の治療が終わらないのだから。

 そんな事態を理解してか――

「一肌脱ごうか」

 ――冬祐のポケットから、ひらりとヒメが姿を現す。

 いきなり現れた妖精に、アンドロイドたちと知佐が目を疑い、ざわつき始める。

 当事者のヒメは、自身に集中する好奇の視線に居心地の悪さを感じたらしく、冬祐の後ろに身を隠す。

「なんで隠れるんだよ」

「だって、こんなに注目されるとか思わなかったの」

 冬祐は改めて周囲を見渡す。

「えっと、あの、彼女はヒメといいまして。僕の、いや、僕を助けてくれるナビさんです。僕同様、よろしくお願いします」

 不慣れなあいさつをぎこちなく終えた冬祐の後ろから、おずおずと姿を現したヒメにアンドロイドの一体が声を掛ける。

 最初に冬祐が声を掛け、控え室へ案内してくれたジャケット姿の女だった。

「初めまして。よろしくお願いします。ヒメ」

 他のアンドロイドも口々に“初めまして”や“よろしく”を繰り返す。

 ただ、知佐だけはまだ“信じられない”という表情で、じっとヒメを見ている。

 冬祐は考える。

 アンドロイドには見たものに対して“目を疑う”とか“認識を疑う”という機能はないのだろう。

 だから、あっさりとヒメの存在を認められたのだ。

 思い返してみれば、翠やメグもヒメとの初対面時には驚きこそすれ、目を疑うような素振りは見せなかった。

 アンドロイドたちからのあいさつが一段落したところで、冬祐が話を戻す。

「で、どうする?」

「ふふん」

 ヒメは得意げな表情で、机に載せた知佐のタブレットを指差す。

「なるほど」

 確かにヒメは解体工場のセキュリティシステムや、管理端末や、メグや、翠に潜り込んで、さまざまな操作や情報収集をやってきた。

「どうする? やっていい?」

 問い掛けるヒメだが、問われるまでもなく冬祐の回答は決まっている。

「お願いします」

「じゃあ、行ってくる」

 ヒメは机上のタブレットへふわりと降り立つと、そのまま融けるように潜り込んだ。

 その様子にアンドロイドたちと知佐が目を見開く中で、メモリを漁るヒメの声が冬祐の頭に伝わる。

「この子の名前は城下知佐。十六歳。家族写真とか……なんだこれ。両親の死亡診断書か」

「いや、あの、プライベートは覗かない方が」

「わかってる。別のフォルダに行ってみる」

 そんなやりとりを交わす冬祐とヒメだが、ふたりのやりとりはふたりにしか聞こえない。

 周囲のアンドロイドたちと知佐は、不思議そうに冬祐と“妖精ヒメ”の消えたタブレットを見比べている。

 少しして――。

「ダメだね。この子は本当に関与してないっぽい。とりあえず、ネットに入って近いとこから探ってみるわ」

「危なくないか?」

 冬祐にとって、ネットという言葉には“外海的”な怖さがある。

 しかし、ヒメは明るく答える。

「大丈夫。やばかったら、すぐに帰る」

「無理すんなよな」

「……」

「どうした?」

「なんでもないよっ」

 問い掛ける冬祐に、ヒメが怒っているようにも弾んでいるようにも聞こえる声で返す。

 そして、少しの間を経て。

「わかったよ。誘拐したのはNPO法人カンパーナの理事長、津谷頼美つやよりみだ。正確には、津田頼美から指示を受けたプロの拉致屋だけど」

 カンパーナ?

 どっかで聞いたぞ。

 そして、思い出す。

「カンパーナって、尋ね人の告知してたとこだ」

 駅前の掲示板に記載されていた連絡先だった。

「ていうことは、もしかして“尋ね人”っていうのは……」

「そう。その尋ね人ってのが駒込定睦、つまり、先生だった。で、先生を探してた津谷頼美ってのが先生の血縁ぽい。なんか、系図が複雑でよくわかんないけど」

 人と接するのに苦手意識のある者は、往々にして人の顔を覚えるのも苦手である。

 もちろん、それに冬祐が該当することは言うまでもない。

 そのうえ、尋ね人の掲示自体に関心も興味もないのだから、そこに掲載されていた定睦の画像などきちんと見ているはずもない――ホーネットのような“美女”ならまだしも。

「親戚が先生を探してたってことか。でも、なんでそこからプロの拉致屋が出てくるんだ。普通、そういうのって警察とかじゃ……」

 そこまで言って気付く。

 確かに掲示板に告知されていた情報のうち、ホワイト団とホーネットは警察からの注意喚起だったが、尋ね人だけは警察じゃなかった。

 この世界の警察は尋ね人には対応しないのか?――そんなことを思った時に、ヒメからの臆測が届く。

「後ろめたいんじゃないの?」

 その意味が冬祐にはわからない。

「後ろめたい?」

「そ。警察には届けづらいっていうか」

 つまり、この世界でも警察は尋ね人に対応するが、探している側の津谷頼子に警察に届けづらい事情があって届けてないということらしい。

 その不可解な話に、冬祐は首を傾げる。

「どうして? 後ろめたいってなにが?」

「えっとねえ。先生は、国やら企業やら世界中からもらった技術開発の褒賞金とか特許料とかで、一、十、百、千……六千億の資産があるんだけど」

 あっさり告げられたその数字に、冬祐が声を上げる。

「ろろろろろろ六千億だとおっ」

 しかし、ヒメは淡々と。

「うん。それを全部、アンドロイドの救済というか福祉にあててたのが気に入らないっていうか、こっちに寄越せってことで揉めてたらしいわ。それがになった先生は失踪したと。で、津谷頼子が懸賞金かけて探してたところへ欠坂?――あのデブが、懸賞金目当てでここを通報したと」

「なるほど」

 と、納得しかけた冬祐だが、すぐに“おかしい点”に気付く。

「いや、でも、なんで、あのデブはサダチカ・シティここのことを知ったんだ?」

「んー、ちょっと待って。それっぽい情報がこのへんに……あった」

「あった?」

「あちゃー」

「どした?」

「私たちのせいぽいな」

「は?」

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