第3話 駆け込み寺の大騒動(その1)
ワームホールが冬祐を吐き出したのは、山中にある集落の中だった。
痙攣は落ち着いたもののまだ意識のない翠を背負って、周囲を見渡す。
「どこだ、ここ」
「わかんない」
ヒメとともに途方に暮れる。
集落そのものは山々に囲まれてはいるものの、それぞれの建造物は鉄筋作りの新しいものばかりに見える。
夕日を浴びて正面に立つ建物を見上げる。
四階建てのそれは“住居”というより“公共施設”のようだった。
玄関脇に掲げられた、いかにも手作りらしい看板に書かれているのは――。
「サダチカシティ管理庁舎……どういう意味だ?」
「入ってみたら?」
ヒメに背を押されて――
「そうだな」
――ガラス張りの玄関扉を押して、とりあえず入ってみる。
誰もいないカウンターの前には、待合室のようにいくつもの椅子が整然と並び、正面には二階へ続く大階段がある。
その様子は、まさしく“庁舎”である。
“さて、どうしたものか”と冬祐が翠を背負ったままきょろきょろしていると、カウンターの向こうから、セミロングのシャギーヘアにジャケット姿の若い女が顔を出した。
その女を一瞥したヒメがささやく。
「アンドロイドだよ」
冬祐は頷いて、女に尋ねる。
「あの、ここは……」
女は不思議そうな顔で冬祐を見ている。
山中の集落なら知らない顔と出会うこと自体が非日常なんだろうな――冬祐はそんなことを思う。
しかし、女の心中はちがっていた。
「人間……ですか」
「? そうですけど」
“それがなにか”と答える冬祐に、女は口元に手を当てて目を見開く。
そして、ひとりごちる。
「ど、どうして、人間がこんな所まで」
そんなふたりのやりとりに「お客さん?」「どうした?」「なにがあった?」とカウンターの奥や大階段から、ぞろぞろと人影が集まってくる。
冬祐の襟元に身を隠したヒメがささやく。
「全部、アンドロイドだ」
気が付けば、冬祐はアンドロイドたちに囲まれていた。
見知らぬ土地で見知らぬ連中に取り囲まれる、ましてや動かなくなった翠を背負って――そんな危機的状況に冬祐は考える。
警戒されてるのかもしれないけれど、自分には襲撃の意図など微塵もない。
気が付いたら、ここに跳ばされていただけなのだ。
そもそも、ここがどこかすらわかってないのだ。
とりあえず、危害を加えるつもりがないことを伝えねば。
改めて見渡す。
周囲を囲むアンドロイドたちの服装に統一感はまるでなく、ジャケット姿もいれば作業服やどこかの制服や、さらにはタンクトップやスエットや水着までいる。
普通ならコスプレパーティを連想するところかもしれないが、そんなものを見たことがない田舎者の冬祐にとって、その様子はおもちゃ売り場の人形コーナーのようにも見えた。
しかし“そんなことを考えている場合ではない”と下腹に力を入れる。
そして、おずおずと口を開く。
「あ、あの、すいません。ここはどういう……」
そこへアンドロイドの人垣が割れて、ひとりの小太りな男が姿を現した。
ヒメがささやく。
「ニンゲンだ」
男は静かに歩み寄ると、冬祐に声を掛ける。
「背負っとるのは、アンドロイドじゃな」
「ええ、そうです」
冬祐の背後へ回り込み、翠の顔を覗き込む。
そして、難しい顔でひとつうなると、エントランスの奥に声を掛ける。
「ストレッチャー。急げ」
大階段の陰からがらがらと車輪の付いたベッドを押してきたのは、身長二メートルほどの旧式箱形ロボットだった。
冬祐は駅前で見たロボットを思い出すが、それがこのロボットと同一の個体なのか同じデザインの別個体なのかはわからない。
しかし、気付く。
あの時一緒にいた、サングラスにニット帽の小太りな男が、目の前にいるこの男であることに。
ロボットはその無骨な外観通りに、不器用な腕の動きで翠を冬祐の背からストレッチャーへと移す。
男が指示を出す。
「よしよし。処置室へ運べ」
「了解しました」
男は、翠を乗せたストレッチャーがロボットに押されていくのを見送り、冬祐を振り返る。
「あんたがオーナーか?」
「いや、そういうわけではないですけど」
「わしは
その口調と目線が自己紹介を求めていることを理解して、答える。
「僕は垂水冬祐です」
「早速じゃが、運動機能系がやられとる。開けてみないとわからんが、状態次第では中枢系を交換せなならん」
そう言われても、冬祐にはなんのことだかわからない。
この駒込定睦という男が“医者”――いやアンドロイドの場合は“技術者”になるのか?――だということだけしかわからない。
定睦は、戸惑う表情からそんな冬祐の心中を読み取ったらしく、補足する。
「つまり、手術しないとあの子は治らん。と言えばわかるか?」
そう言ってもらえば、冬祐にもわかる。
というか、答えはひとつしかない。
「お願いします。治してください」
「よし。ちょっと、時間がかかるかもしれんから――」
周囲を見渡して、目があった最初のジャケット女性を指差す。
「――適当な控え室を用意してやってくれい」
「わかりました」
女が冬祐に寄り添う。
「ご案内します。こちらへ」
そして、微笑む。
「心配ありません。先生なら必ず治してくださいます」
それでもまだ不安げな冬祐に、自身のアタマを指差して続ける。
「私も治していただいたんです。官公庁に卸されてすぐに海馬機構のエラーが見つかって遺棄されたところを」
確かに、改めて見る単色のジャケットとベストとスカートは、固い職種の制服に見えなくもなかった。
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