第14話 導かれし者
「リオン様!」
泉に戻ると、リオンとアディが待っていた。
「エルフィ、大丈夫かっ?」
駆け寄り、抱き締める。
「問題ありません」
「よかった」
お互いの無事を確認し合うと、改めて泉を見遣った。
「リオン様、私、なんとなくわかりました」
「わかった? なにが?」
「ナダ様の話していたアンデッドの気配……って言えばいいのか」
さっきシェニダ草を斬っている時、明らかに『その向こうにいる人物』の気配を感じたのだ。その相手は、魔剣が結界の外に出たことに気付いた。そして様子を探るためにシェニダ草を通してこちらを見ていたに違いない。
「そんなことまでわかるのかっ?」
リオンが目を丸くする。
「リオン様、森を出ましょう」
リオンの腕を掴み、エルフィが言った。
「どうして?」
「アンデッドはこっちに向かってきます。この森で戦うには、木が邪魔でアディも動きを制限されてしまうし、何より森自体がアンデッドに有利な可能性もあるかと」
「なるほど、一理ある。よし、行こう!」
リオンはエルフィをひょいと抱き上げると、シアヴィルドの背に乗せた。
「シア、走れ!」
「リオン様!?」
「大丈夫だ。アディリアシル、追え!」
クルルァ~!
バサリ、と飛ぶアディの足を掴む。
森を駆けるブラックドッグと、森を飛ぶ赤竜。二つの影はあっという間に森の入り口まで移動したのである。
*****
森を出ると、本来二人で過ごすはずだったコテージが見えた。エルフィがシアの背から飛び降り、労うように頭を撫でた。
「従者を連れてこなくて正解だったな」
アディを掴んだ手を離し地面に飛び降りると、体についた埃を払い、リオン。
「そうですね。行方不明でしたもんね、私達」
たかが数日とはいえ、何の連絡もなく行方を晦ましていたら、大騒ぎだろう。
「リオン様、休んでいる暇はなさそうです」
エルフィが腰に下げた剣を抜く。気配を察知することなど、勿論エルフィには出来ない。だが、剣が教えてくれるのだ。とても不思議な感覚だった。
「もう来るのか」
リオンがうんざりした顔をしてみせる。当然か。そもそもリオンはテイマーではあるが、研究者だ。戦闘系テイマーではないのだから、戦い自体は必要最低限しかしないし、勿論好きでもない。
「大丈夫です。リオン様のことは私が守りますから!」
打って変わってエルフィは冒険者である。しかもナダに授けられた長剣は、魔剣。遠い祖先が戦闘に長けた魔の者だったと聞いてから、余計に戦うことが楽しくなってきた気さえするのだ。
「いや、それもなんか違、」
「来ます!」
剣を持つ手にぐっと力を籠める。何もなかった空間が歪み、ぼんやりと人型が見え始め、やがて実体となる。肩に、小鳥を乗せた男が現れた。
「あれが……イルミナルク?」
金色の、長い尾を持つ美しい小鳥。
今までどんな文献でも見たことのない鳥だった。
「お前……なんなの?」
不意に現れた男は、開口一番髪をかき上げ言った。レンガ色をした肩までの髪に、同じ色の瞳。見た目は少年のように見えるのだが、これがアンデッドだとは……。
「なんで魔剣なんか持ってるの? それってナダリア・マルス・ゲレンドーラのところにあったやつだよね? 何者? もう随分長いこと、魔剣使ってるやつなんか見たことないんだけど。しかも仮面なんかつけてさ。それ、ずっとずっと前に見たことがあるなぁ」
無表情のまま捲し立てる。
「そういうあんたこそ、何者? アンデッドなんて見るの、初めてなんだけど?」
負けじとエルフィも聞き返す。
「ナダリアに聞いたの? そうだよ、俺はあの二人を封印するためだけに生かされてるアンデッド。ああ、死んでるんだから生かされてはいないよね」
まるで感情のない、抑揚のない喋り方。
「私なら、お前を自由にしてやれる」
エルフィが説得にかかる。
「自由?」
「そう。お前を利用している奴はもういないのだから、自由になればいい」
「存在を消されることが、俺の自由だと?」
「魂の解放、とは思えない?」
エルフィがアンデッドと話している間に、リオンがテイムの準備をする。イルミナルクを捕まえる。生きたままで!
「俺は消されることが解放だとは思えない。なぜなら、消えてしまえばそこですべてが終わるからだ。そうだろう? 魂なんて不確かなもののために、何故俺が消えなければいけない? 俺は今も、これからも、あの二人を封印するためにこの世に存在し続ける!」
両の手をパッと広げる。
「来る!」
エルフィが剣を構え、リオンを背に庇う。
パン! という乾いた音と共に何かが発せられ、エルフィとリオンを襲った。
「うわっ」
「くっ」
目には見えない力に弾き飛ばされる。シアが牙を剥き出し、男に向かって走る。
「シア、気を付けろ!」
リオンの言葉を聞き、シアがタンッと方向を変えた。バスッという音と、地面を焦がす、穴。アディが援護とばかりに、男に向かって火焔を出す。
「アディ、待て! それ以上はダメだ!」
派手な攻撃は男の肩に乗るイルミナルクまで燃やしてしまうかもしれない。
「私がっ」
駆け出す、エルフィ。
下段からの構えに、男が上半身を逸らす、空を切る、魔剣。
「魔剣を持ってるってだけで、お前、強くはないんだ」
男が呟く。
エルフィは唇をかみしめた。
(焦るな。焦っちゃダメだ)
ナダとの稽古を思い出す。ナダの動き方、攻め方、見てきたもの、受けてきたことを残らず、再生する。
「そこ!」
ズイ、と剣を突き出す。男の太ももに切っ先が掠る。ツツと、どす黒い血のようなものが流れ、そして止まる。
「へぇ。なかなかだね」
動揺した様子もなく、男は言った。
「汝の名はハディレニシルダ。我がリオン・レミエル・メイナーの名において汝をテイムする!」
リオンがイルミナルクに向かって宣言する。が、テイム出来ない。
「リオン様、ダメです。先にこの男を倒さねば、イルミナルクはテイム出来ない!」
エルフィが叫ぶ。
なるほど、他のやつにテイム(捕獲)されている状態で横取り契約は出来ないのか。
「少々…、お待ちをっ!」
エルフィが、走る。
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