第13話 魔剣の力
仮面を装着する。
ナダに手渡された魔剣を、腰に提げる。もうずっと前から使いこんでいたかのように、しっくりとくる。
「これを」
差し出されたのはもう一本の、長剣。ナダが使っていた、太くて長い方だ。手にするとやはり重い。彼女はこんなのを振り回していたのか、と改めて驚く。
「マキ……泉の男の近くに置いておいてくれ」
そう、告げられる。
「彼、マキっていうのか?」
リオンが訊ねると、
「マキアルス・ウィリ・ベテルゼンだ。面倒な名前だろ? だから、マキ。ちなみに私はナダリア・マルス・ゲレンドーラという名だ」
「なるほど……」
リオンが眉を寄せた。
「二人があの泉の結界を解いてくれれば、私もこの森から出られるだろう。面倒を押し付けてすまないが、よろしく頼む」
「もちろんだ」
「行ってきます」
リオンとエルフィは力強くそう答えると、手を振るナダを背に、家を出た。
シアとアディを召喚し、森の中を並んで歩く。
「アディ、また大きくなってません?」
優雅に空を舞うアディを見ながら、エルフィが言う。手のひらサイズだった頃が嘘のような、立派な赤竜に成長していた。
「やっぱりそう思うか? アディは狩りもすごく上手になったんだよ! サタンベア程度だったら睨むだけで相手がフリーズしちゃうくらい迫力があって、そりゃもう勇敢で、強くて、美しいんだ!」
目をキラキラさせて語るリオンは、さながら子供をベタ褒めするバカ親のようだ。
「エルフィはまだ見ていないだろ? アディの火焔は何とも言えぬスピード感と命中率でな、見惚れてしまうほど華麗なんだ!」
テイマーは変わり者。
世間的にそう評されてしまうのは、自分がテイムした子を、こうしてノンストップで語りまくるところなのではないか、とエルフィは思っていた。熱心に、ずっとこうして絶賛し続けるのだ。
「それからね、シアがアディにとても優しくて、喧嘩することもなくうまく付き合ってくれるのもすごいだろうっ? シアは昔から面倒見がよくて、なのに見た目だけで怖いって判断されがちなんだよな。こんなに可愛いのになぁ」
もふ、とシアの
そんなリオンを横目に、エルフィはふいっと横を向いた。心持ち、頬が膨れているように見える。
「エルフィ、どうかしたのか?」
リオンが声を掛けると、グッと拳を握り締めたエルフィが重たい口を開く。
「……ズルいです」
「ん?」
「ズルいです!」
大きな声でそう言うと、今度はわかりやすく頬を膨らませる。
「リオン様はもっと私のことも褒めるべきだ!」
「……へっ?」
「いつもアディやシアのことばかり褒める! そりゃ、二匹とも可愛いし、褒めたくなるのはわかるけどっ、でも、なんかズルい!」
駄々っ子のようだ、と自分でもわかっている。が、なんというかこれは……、
(ああ、私、最低だ……)
ブラックドックや竜に、焼きもちを焼いているのだ。
「エルフィ、それって、」
心持ち、顔を赤くしてリオンが頬を緩ませながらエルフィを見る。
「もう、リオン様のバカ!」
リオンの背中をパン、と思いっきり叩き、駆け出すエルフィ。腰に下げていた剣を鞘から抜き去ると、大木の影から出てきたロックベアを一刀両断する。ズゥン、という音と共にロックベアが倒れた。
「ふえっ?! いつの間にっ?」
風下だったせいとはいえ、シアもアディもまだその気配にすら気付いていなかった。なのに、エルフィにはわかったのか?
「はぁ、スッキリした」
剣についたロックベアの血を払いながら、そう口にするエルフィを見、少しばかり恐ろしさを感じたリオンなのである。
*****
泉は、変わらずそこにあった。
そして泉の底には、やはり同じように男が沈んでいるのだ。
エルフィはナダに託された長剣を泉の中に投げ込む。が、水には沈まず、数滴の水しぶきをあげただけで、剣はそのまま水の上に浮いていた。
「これが結界……」
手を伸ばすと、確かに見えない壁のようなものがあり、泉の中に入ることは出来ないのだった。
「うわぁ……これは…、とても素敵な方なのですね!」
泉に沈む男の顔をまじまじと見遣り、エルフィ。黒髪に端正な顔立ち。剣士である証のような、引き締まった筋肉美。あの長剣を握ったら、さぞや……、などと想像し、少しにやける。
「……エルフィはさ」
不意に声を掛けられ一気に現実に戻される。振り返ると、リオンが口を尖らせている……ように見えた。
「はい?」
「いや、なんでもない」
明らかにむすっとした顔で目を逸らされた。
「なんですか? 言いかけてやめるなんて、」
「じゃあ聞くけどっ、やっぱり、その、そういうやつが好みなのかっ?」
「そういう……やつ?」
意味がわからなくて、聞き返す。が、リオンはそれ以上何も言わない。ふと、視線を落とすと、泉には美しい肉体美の男。そんな男を、ついうっとりと眺め、褒めてしまった自分。そしてムスッとしているリオン。
すべてが繋がった。
「あ、えっ? ……ふふっ、あはは」
思わず笑みがこぼれてしまう。
「何がおかしいんだっ」
リオンが怒って声を荒げる。
「すみません、だってリオン様も私も…ぷっ、つまらない嫉妬……あはは」
一度こみ上げた笑いはなかなか収まらない。魔物に嫉妬してみたり、ナダのお相手に嫉妬してみたり。
「リオン様、私、リオン様が好きなんです」
改めて向き合い、エルフィは率直な思いを告げる。
まっすぐに、リオンを見て。
「……俺だって、エルフィが好きなんだ。アディやシアとは違う意味だぞっ」
リオンもまた、そう返す。
「嬉しいお言葉です。でもリオン様、今度は仮面をしていない時に、お願いしますね」
くすっと笑い、腰の剣を抜く。
「え? また何かっ?」
エルフィは黙ったまま泉を見つめ、剣を構える。ゴゴゴゴ、という地鳴りのような音が聞こえ始め、シアとアディが吠え始める。
「来ます!」
地面から触手のような茶色のうねうねしたものが何本も突き出してくる。
「アディ、火焔!」
リオンが叫ぶと同時にアディが火を放ち、焼き払う。ボコリ、ボコリと次々に出てくる触手は、焼いても焼いてもキリがない。
「リオン様、シアに本体を探させてっ」
エルフィの言葉を聞き、シアに命じる。
「シア、本体を探せ!」
ブラックドッグの鼻をもってすれば、どんなに離れた場所にいようと本体を探し当てることが出来るはず。
シアが地面を嗅ぐ。そして駆け出した。
「私、行きます!」
それだけ言うと、全速力でシアを追う。
追った先、泉から少し離れた場所に群生していたのは、
「シェニダ草?」
その草に向かって、シアは吠えているのだ。
「ありがと、シア!」
エルフィは剣を掲げた。
わかる。
この植物から発せられる異様な邪気。
「斬る!」
上段の構えから一気に剣を振り下ろす。ズザザッという音と、切り捨てられる、草。うねうねと動く葉は、まるで何かの生き物のようだ。ズザッ、ズザッ、と次々に斬る。切られた草は、その場で枯れる。最後に根元に魔剣を突き刺した。
シュウゥゥ……
煙を出し、すべての草が枯れた。
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