第7話 霧の森
「一体どうなってるんだ!?」
「霧が出た、ってことは……アンデッド系の魔物でしょうか?」
「だとしたら厄介だな」
アンデッド系の魔獣は物理攻撃が効かない。物理攻撃しか与えられない二人には厄介な相手になるだろう。
「こんな森の中に、しかも昼間から……なんて聞いたことがありませんが」
「仕方ない、アディを戻そう」
リオンが宙に魔法陣を描く。が、
「あれ?」
魔法陣が、描けない。描いてる傍から消えてしまうのだ。
「おかしい。これはただの霧じゃないぞ」
警戒しながら、アディを探す。
「シア、臭いで辿れないか?」
ブラックドッグの鼻をもってすれば、と思ったのだが、シアヴィルドは四方の匂いを嗅ぎ、その場に佇んだままだ。
「ダメか」
「そう遠くへは行っていないはず。探しましょう!」
走り出しそうな勢いのエルフィをリオンが掴む。
「離れないほうがいい。何が出るかわからないし、みんなバラバラになったら困る」
「……わかりました。では私が前に」
「何を言う。俺が先に行く」
「ダメですよ。何が起きるかもわからないのに」
「シアがいるから大丈夫だ」
「シアは今、鼻が効かない状態です。危険ですよ」
エルフィがズイ、と前に出て歩き出す。それを後ろからリオンが抜き去る。
「ちょ、リオン様!」
「大丈夫だ。行こう」
「ああもう、なんで私の言うことを聞かないんだっ! 魔物が襲ってくるかもしれない状況で先に行くなんて危険だと言っている!」
いつの間にか口調が男言葉になる。
リオンを追い抜き、前に出る。
「仮面の騎士が出てきたな。お前が強いのは知っているが、ここは俺が」
ズイ、とエルフィを押しのける。
「なんでっ」
声を荒げるエルフィに、リオンが真面目な顔で言った。
「可愛い妻を危険な目に遭わせたくないんだよ。当り前だろ?」
「ふぇっ?」
エルフィが、変な声を出し、黙る。
「さ、手を」
差し出された手を握る。
そのまま二人と一匹は木に目印のテープを貼りながらしばらく森を歩き回った。しかし、アディの行方はわからないまま日暮れが近づいてきた。
「森の中はそれじゃなくても暗いからな。今日はもう、ここまでにしよう。
木の
「寒くないか?」
肩を抱きながら、リオンが訊ねた。エルフィは頭を凭れ掛け、言った。
「寒くはありません。ですが、この状況は」
「そうだね。朝には霧が晴れているといいのだけど」
そんな話をしながら眠りにつくも、翌日も霧は晴れることなく、なんの収穫もないまま終わってしまったのである。
*****
森が霧に覆われ、二日が過ぎた。
「だからっ、私より前に出るなと言っているのですっ」
仮面をつけたエルフィが強い口調で告げる。リオンは腰に手を当て、
「だからさぁ、それじゃ何かあった時、エルフィが危ないだろ?」
「だから、私は大丈夫ですっ。少なくともリオン様よりは強いのでっ」
昨日と同じような遣り取りをしながら、森を彷徨う。残された食料のことを思うと、あまりのんびりもしていられない。
森は深く、もはや進んでいるのかもわからない状況だった。
「とんだ新婚旅行になっちゃったな」
申し訳なさそうに呟くリオンに、エルフィが声を掛ける。
「私はこの状況、嫌いではありませんが」
霧の森。怪しい雰囲気。これ自体は血が騒ぐと言ってもいいほどワクワクするシチュエーションなのだ。ただ、剣を振るう機会がないことだけが、不満だった。
「戻りたいけど、帰り道すらわからないね」
印をつけながら進んだはずなのだが、その印は一つも見つけられない。
「シアもお腹減ったよな」
傍らのシアヴィルドの頭を撫でる。
「そろそろなにかアクション欲しいですね」
そんなことを話しながら、ゆっくりと歩く。
「リオン様!」
パッと腕を広げ、リオンの歩みを止めるエルフィ。一瞬の緊張が走る。
「なっ、なにっ?」
「……水の…音がします」
エルフィが目を閉じ、耳に神経を集中させる。同じようにリオンも耳を澄ませるが、なんの音もしない。
「え? する?」
「こっちです!」
エルフィがリオンの手を掴み、足早に歩き出す。シアも黙ってついてくる。
しばらく無言のまま森を進むと、茂みの向こうに川が流れているのが見えた。
「本当にあった……」
二人と一匹は川岸まで進む。澄んだ水のせせらぎが聞こえている。だが、果たして口にしてもよいものか。と迷っていると、シアが川の水を飲み始めた。
「あ、シア!」
リオンが制するも、喉が渇いていたのだろう、すごい勢いで水を飲んでいる。
「……大丈夫、なのか?」
喉をごくりと鳴らし、リオン。
「私が先に」
跪くと、エルフィが水面に顔を近付ける。が、
「ちょ、リオン様っ!」
エルフィより先にリオンが川に顔を突っ込み、飲み始める。
「ぷはぁ! うめぇ~!」
「危険ではありませんかっ! もしなにかよくないものが混じっていたら、」
「そんな危険な水をエルフィに飲ませるわけにいかないよねぇ」
何故かふふん、と得意げに、言う。
「大丈夫みたいだから、エルフィも。さぁ」
勧められ、両手に水を掬い上げる。冷たくて、美味しい。仮面を外し懐に仕舞うと、ついでに顔も洗う。
存分に水を飲み、携帯容器もいっぱいに満たす。改めて辺りを見渡すと、川上に気になるものを見つける。
「リオン様、あれって……」
霧に紛れてはいるが、動いているので間違いないだろう。
「煙?」
「誰か住んでいるのでしょうか? それとも私たちのような迷子が?」
「うむ。行ってみよう」
初めての『変化』だ。とりあえず煙と思わしき靄を追って進むことになった。
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