第2話 結婚相手
「心配することはありません、兄上!」
バン、と兄の背を叩き豪快に笑うエルフィ。
「しかし、エルフィ」
兄の心配そうな顔を見て、エルフィはにんまりと笑う。
「大丈夫、上手くやります」
赤毛の短髪。とても年頃の娘には見えない男の子のような恰好。強く輝くこげ茶の瞳。小柄で童顔なこともあり、年相応にはまったく見えず、これほどまでに『嫁』という言葉がピンとこない娘もいないだろう。
「相手はリオン・メイナー。年齢は今年で二十九。少し年は離れていますが……兄上と同じ年でしょう?」
兄のオーリンも今年で二十九歳。
「そうだけど、お前、」
「ああ、このことならバレないように気を付けますって」
腰に下げた剣を指し、自信満々に言っているが、これから先の長い人生を思えば、バレずにいられるとも思えない。
「恋もしたことのないお前が嫁に行くなんてな……」
なんだか不憫でならない。
それもこれも、育て方を間違った我が家の教育方針のせいだ。
そして、エルフィの才能を誰より喜んでいた母は三年前に他界してしまっていた。彼女が結婚の話を知ったら、喜んだのか、それとも憂いたのか……。
「恋なら結婚してからすればよいではないですか。リオン・メイナー様はテイマーだと聞きました。動物好きに悪い人はいない。でしょう?」
純真無垢!
そんなキラキラの目で兄を見つめるエルフィ。オーリンは深く息を吐き出すと、エルフィの肩をポンと叩いた。
「もし帰りたくなったら、いつでも戻っておいで。いいね?」
「ありがとうございます、兄上」
ペコリ、と頭を下げる。
「では兄上、今日もよろしくお願いします」
そう言うと、腰に下げている長剣を引き抜く。日課である殺陣稽古である。
「お手柔らかに」
そう言うと、オーリンも長剣を抜く。お互いに剣を構え、呼吸を整える。
「はっ!」
先に動いたのはエルフィ。剣を突き出しオーリンに向かう。大きく振りかぶったそれを軽く躱すとくるりと回り、今度はオーリンがエルフィに斬りかかる。しかし、動きを読んでいたとばかりにジャンプで躱すエルフィ。着地と同時にオーリンの懐に滑り込み、首元に切っ先を向ける。
「はいはい、降参~」
オーリンが片手を挙げ、おどけて見せる。
「兄上!」
「おい、冗談で言ってるんじゃないぞ? 俺はこれでも真剣に相手をしてるんだ。お前が強すぎるんだからな エルフィ」
溜息と共に、いつもと同じクレームを出すオーリンであった。
*****
まずは婚約から、というハルト家の要望を跳ねのけ、三日後には婚礼の儀。そこまでして結婚を急ぐのには、ある理由があった。
手にした大きな卵を撫でながら、興奮気味に喋る男。
「もうすぐ……もうすぐ会えるんだねぇ」
頭はもじゃもじゃ、無精髭。瓶底眼鏡をクイっと上げると、手にした卵を箱に戻した。
部屋のドアが開く音がして、そちらを見る。
「で、何の話でしたっけ?」
面倒臭そうに向き直る。
そこにいるのは父であり、当主のガルマ・メイナー。
「お前の結婚の話だ。三日後にはここに来ることになる。少し身なりを整えなさい」
「結婚? 私が、ですか?」
初耳です、と言わんばかりの物言いである。
「お前が選んだのだろうっ!」
思わず声を荒げるガルマ。
「選んだ? そんな覚えは……もしかして、先日の肖像画ですか? 適当に指をさしただけの、あれって嫁探しだったんですか?」
飄々とした物言いで、リオン。
「この、バカ息子めっ! とにかくこれは決定事項だ! すぐに身なりを整え、身を固める準備をしなさいっ」
そう言い放ち、バン、と扉を閉め出て行ってしまう。
「……おやおや、困った父上だ。私に嫁など、必要ないのに」
呆けたようにそう言うと、指で魔法陣を描く。
「召喚……シアヴィルド!」
名を呼ぶ。
魔法陣が光り、現れたのは黒い大きな獣。ブラックドッグと呼ばれるソレは、リオンのよき理解者でもあった。
「シア! 今日も素敵だぁ。ん~、可愛いなぁ、お前ぇ~ん」
甘ったるい声でわしゃわしゃと頭を撫でつけ、じゃれる。シアもまた、嬉しそうにリオンにじゃれ返す。こんな毎日が続いて行けば、それで構わないリオンである。
メイナー家には決まりがあった。
『三十歳までに身を固めること』
先祖代々守り抜いてきた決まりだそうだ。一族を途絶えさせないためのものなのだろう。いわば、言い伝えのようなもの。それを馬鹿正直に守り通してきたのだ。一切の例外を認めず。
まぁ、この国では結婚の平均年齢は、女性二十五歳、男性三十歳なので、三十までに、というのは妥当な線かもしれない。
「昔の人間が決めたしきたりに、なんで従わなきゃならないんだろうねぇ。俺にはお前がいればそれでいいんだけどなぁ」
もじゃもじゃの頭を掻き、呟く。
「まぁ、どうせお前の姿を見たら怖がって逃げ出すのだろうし、放っておけばいいだろう。それに、あの子の誕生が近いんだよ、シア」
ふさふさの毛並みに顔を埋め、話し掛ける。リオンは『あの子』の誕生を心待ちにしていた。何色だろう。どんな姿だろう。特色は? 鳴き声は? すべてが楽しみなのだ。
「リオン様!」
部屋の外から大きな声で名を呼ぶのは、侍女のメビ。世話焼きで煩い上に、変に涙もろく、何かと面倒な乳母的存在である。三十歳間近の男に『乳母』も変ではあるが。
「リオン様、いらっしゃいますよね!? よろしいですかっ?」
「あ~、いるけどぉ、シアもいるよ」
「ああああ! シアはいけませんっ。ちょっといい子で待っていてもらってくださいましっ!」
メビもシアが苦手だ。こんなに可愛いのにな、とリオンはいつも思うのだが。
「シアヴィルド、またあとで構ってやるからな。少しここで待って」
頭を撫でつけ、ドアを開ける。
「何か用?」
「何か用? ではございません! 数日後には婚約者様がやってくるというのに、そのような格好で許されると思っているのですかっ?」
「許されない?」
「ええ、言語道断かと」
「そんな、辛辣な」
「当然ですね」
メビがリオンの腕をグッと掴む。
「さ、参りますよ」
「ええ、どこにぃ?」
「いいから、おいでませっ!」
部屋から引きずられるような形で連れ出される。客間には見知った顔。理髪店の店主だ。そうか、俺は毛を刈られるんだな、と気付く。メビに眼鏡をむしり取られ、
「では、よろしくお願いします」
という彼女の掛け声とともに、バサバサと髪を切られる。髭も綺麗に剃られ、視界が開けた。いつの間に用意していたのか、レンズの薄い、スタイリッシュなメガネを渡される。
「うん、なかなかの出来ですね」
メビが腕を組み深く頷いた。
「明日からこの調子で‘毎日’きちんとしてくださいね!」
メビに睨まれ、面倒臭そうに頭を掻くリオンであった。
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