テイマーの嫁は最強!? ~魔剣と古の金の鳥~

にわ冬莉

第1話 変わり者

 エルフィの母は少し変わった人物であった。


 普通なら、良家の娘に剣など握らせたりはしないものだが、幼い頃、娘の身体能力の高さにいち早く気付いた母は、迷いなく娘に剣術の稽古を受けさせたのだ。


 兄であるオーリンを最初に負かしたのはエルフィが七つの時。年の差が十あるにもかかわらず、だ。その時のオーリンは何が起きたかわからず、茫然としていた。


 月日は流れ、エルフィは十五を迎える。十五歳になると、冒険者登録が出来るようになるのだが、ここでも良家のお嬢らしからぬ行動を取るエルフィに、母は文句を言うどころか、両手を上げて喜んだのである。


「だけどね、エルフィ」

 肩に手を置き、諭すように言った。

「このことは世間に秘密にしたいの。そうじゃないとあなた、お嫁に行けなくなってしまうかもしれないもの。外で剣を持つことがある時は、顔を隠して……この仮面を被ってちょうだい。きっとあなたを守ってくれるわ」


 そう言って、顔の半分が隠れる、不思議な模様の仮面を渡されたのだった。


 それからというもの、エルフィは仮面を被った冒険者としてひっそりと活動しているのだ。


*****


「仮面の騎士様、そっち!」

 声に従って振り向くと、中型のワームがこちらに向かって飛び掛かってくるのが見えた。

「ったく、しつこい、なっ!」

 大ぶりの剣を薙ぎ払い、一匹目を仕留める。しかしワームは仲間の血の匂いに反応してどんどん集まってくるだろう。こんなところで足止めを喰らっているわけにはいかない。


「リディア、おいで!」

 仮面の騎士が座り込んでいる少女に手を伸ばす。少女がその手を取った。

「走るよ!」

 少女の手を引いて、走る。

 もう少しで出口だ。


「駄目、追い付かれる!」

 泣きそうな顔で弱音を吐く少女を叱咤する。

「泣いてる暇はない! 速く走ることだけ考えて、ついてきてっ。ちゃんと、守るからっ」

「騎士様……、」

 少女はいささかポーッとしながら、仮面の騎士の後姿を見つめ、走った。


 岩がゴツゴツしている場所に出ると、仮面の騎士は少女を岩の影へと押し遣る。


「そこに隠れてて! 大分数が減った。これならいける!」


 ワームがくる方向めがけて走る。

 追いかけてきた数匹のワームの足元まで一気に走ると、一匹目を下から薙ぎ払う。そのままワームの背に駆け上り、二匹目は上から切り落とす。そのままジャンプし、三匹目の頭に剣を突き刺し、着地。


「すごぉい……」

 岩場から顔を覗かせた少女が目にハートマークを浮かべている。


「これでよし、と」

 ワームから剣を引き抜き、鞘に納める。出口はすぐそこ。今日の仕事はこれで終わりだ。

「さ、帰りましょう」

 手を差し出す。


「……あの、仮面の騎士様」

「なに? リディア」

「お名前は何と仰るの?」

「名乗るほどの者じゃないよ」

 使ってみたかった台詞を吐き、クスリと笑う。その笑顔で、完全に恋に落ちるリディアである。


*****


「はい、これが今日の分となります」

 ギルドで受付さんから賃金を受け取る。

 初心者魔導士救出ミッションは、これで完了だ。


「初心者があんな奥まで入るなんて、無茶だよ。それにお仲間も酷いな」

 結界を張って身を守っていたようだが、だからといって、置いて逃げるなんて。

「リディアさん、いいとこのお嬢様みたいです。騎士様にお熱のようですね」

「その『騎士様』ってやめてくれよ」

 恥ずかしいというより、ムズムズする。

「あ、ほら、噂をすれば」

 受付さんがにやけ顔で視線を動かす。


「あ、騎士様!」

 リディアが駆け寄ってきた。

「リディア、もう大丈夫なのか?」

 見ると、細かい怪我はすっかり綺麗になっていた。

「ええ、治癒していただきましたので。それより、その……騎士様のお名前は」

「それは、秘密。元気になってよかったよ。次からは行く場所と同行者をよく考えた方がいい。まだ魔導士見習いなんだろ?」

 そう言って片手を上げると、場を後にするのだった。


*****


「結婚!?」

 降って湧いた結婚話に、ただただ驚く。


「エルフィを嫁に出すって?」

 とんでも発言としか思えない一言に、思わず苦言を呈するのはエルフィの兄、オーリン。

「お前の心配はもっともだと思うが、致し方ないのだよ。それにエルフィも十九だろう?」

 父であるファウス・ハルトが苦悶の表情で答える。


「しかし父上、エルフィは、」

「わかっている、みなまで言うな」

「でしたら、何故?」


 年の離れた妹であるエルフィは、兄であるオーリンにとって可愛い妹であることは間違いない。が、少しばかり変わり種である妹を持て余しているというのも事実だ。

 エルフィにも、いつかはそういう日が来るだろうと思ってはいたが、まだ早すぎる。結婚という行為が誰よりも似合わないタイプの女性だというのが正直なところだった。


「メイナー家の三男が縁談を持ちかけてきたのだよ」

「メイナー家……ですか」

 オーリンが眉をひそめる。

 大国アデナディールの中でも有数の権力者であるメイナー家。確か息子が三人いると聞いたことがある。役人一家の、三男。

「まさかっ!」

 目を見張るオーリン。

 そんなオーリンを見、大きく頷く父ファウス。

「テイマーをしている三男、リオン・メイナーがエルフィの結婚相手だ」


 変わり者で有名な、メイナー家の三男。なるほど、普通の縁談ではないということか。


「何故エルフィを?」

 我がハルト家は大した力もない中流階級の家柄。メイナー家との繋がりなど皆無のはず。

「聞いた話では、リオン様が望んだそうだが」

「は? なんで?」

 リオンがエルフィを知っているとは思えない。まったく接点などないはずだが。

「エルフィはなんと?」

「問題ない、と言っている」


 問題がないわけはないのだが、メイナー家からの話を断れるほど、ハルト家に力はない。これは断ることなど出来ない、一方的な縁談なのだ。


「エルフィ、大丈夫なんだろうか」

 オーリンは妹を思い、不安に駆られるのであった。

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