第121話 呼び方の変化




 熱海の誕生日である八月二十五日は、運の良いことに全員が集まれるようだった。


 ここで言う全員というのは、親しい友人である蓮、由布、黒川、熱海、そして俺の五人。そんないつも通りのメンバーのことである。


 熱海家は熱海家でお祝いするらしいので、俺たちは昼から集まって、そこで誕生日パーティをすることになった。高校生になって誕生日パーティってするものか? なんて疑問もあったけど、まぁ楽しそうだから良しとしよう。ワイワイする良い機会だ。


『友達たちとこんな風にパーティをするのは初めてだから楽しみ。ありがと、ゆう――有馬』


「まぁせっかく夏休みだしな。夏祭りとかのイベントも行ってなかったし、ひとつぐらい思い出に残るもんがあってもいいだろ。あと、お礼なら明日みんなにも言ってくれ。俺だけが計画したわけじゃないからさ」


 パーティ前日の夜、俺は熱海と通話をしていた。


 すでに夜の十一時を過ぎているので、声は小さめに。今日は熱海の姉である千秋さんがお休みだったので、俺は彼女と顔を合わせていない。


『うん、わかってる。ゆ、ゆう――有馬は、今何してたの?』


「ベッドで横になってごろごろしてるとこ。熱海は?」


『私も一緒! ごろごろしてたの!』


 俺の返答に、熱海は嬉しそうに答えた。相変わらず、俺と何かが被っているとすごく喜ぶんだよなぁ。


 それにしても……どうやら彼女は一歩進むために頑張っているらしいな。

 その奮闘が可愛いので、敢えて『ゆ、ゆう――』という部分についてはツッコまずに様子を見ることに。


『ゆ、ゆう――有馬の誕生日も楽しみね。その時は盛大に祝わせてもらうわ』


「おう。あまり気合いれなくていいからな? 『おめでとう』の言葉だけでも十分嬉しいからさ」


『そんなの、私だって一緒よ。気を遣わなくてもいいからね? なんなら、私は一緒に過ごしてくれるだけで嬉しいもの――ゆ、ゆう、優介だけじゃなくて、もちろんみんなも!』


 おぉ、ついに俺の名前を呼べた。随分と早口だったけど、それでもすごいな。


 熱海の口から『優介』という言葉が出た瞬間、いままでの話の内容が吹っ飛んでしまって、何を喋ればいいのかわからなくなってしまった。それほどまでに、破壊力があった。


 というわけで、正直に話すことに。


「……なんの話をしてたっけ?」


『……あたしも忘れちゃった』


 お前もかーい!


 ――と、思わずツッコみたくなったけど、たぶん俺以上に緊張していただろうから、無理もないと思う。しかし彼女がこうやって前進したとなれば、隣を歩く俺も前に進まないといけないわけで……、


「あー……、とりあえず、明日は楽しみにしててくれ。俺の家に一時集合だからな? 早めに来るとしても、十分前ぐらいにしておいてくれよ――道夏」


 あっさりと言えた。顔は熱いし、心臓はバクバクと激しく音を立てているけれど、詰まることなくサクッと言えた。お風呂で練習したかいがあったぜ。


 そして、俺の名前呼びに対する熱海の反応はというと、五秒間ぐらい無言の時間が過ぎたのち『んきゅぅ』という、どっからその声出てんの!? と言いたくなるような声が聞こえてきた。


『ご、ごめん有馬、いま何って言ったの!? も、もう一回言って!』


「いや熱海、苗字呼びに戻ってるし」


『あり――優介もじゃない! な、慣れてないんだから仕方ないでしょ! そ、それよりも、ほら、もう一回言ってよ! ねっ!』


「えぇ……なんかそう言われると恥ずかしくない?」


『いいじゃーん、ねぇ、お願い!』


 わくわく、まさにそんな感じの雰囲気だ。なんだか今の熱海――道夏の表情は簡単に想像できるな。ベッドから身体も起こしてそうだ。


「道夏――ほれ、これでいいだろ」


 羞恥心を気合で封じ込めて、平静を装いながら彼女の名前を呼ぶ。すると再び『んきゅぅ』という声が聞こえてきた。だからどうやって出してんだよそれ!


『ふふっ、ねっ、もう一回ぐらいダメ?』


「今日の分は売り切れましたので、また後日ご来店ください」


『えぇ~』


 就寝前であるということと、明日に誕生日パーティを控えているからなのか、今日の道夏は随分とテンションが高い。テンションが高いというか、甘い。普段はもう少しツンツンしているような感じなんだけどな。


『ゆ、優介! ほら! あたしも言ったから!』


 どんだけ名前で呼んで欲しいんだよ。気持ちはわかるけど、恥ずかしくないの? いや、恥ずかしいけど『名前を呼んでもらいたい欲求』がそれを押しつぶしてしまっているのか。


 もしくは、いままでずっと我慢してきた反動が一気に押し寄せてきているとか。


「あのなぁ道夏、名前呼びに関しては俺も大賛成なんだけど、明日みんなで集まるんだぞ? からかわれること間違いなしだからな?」


『――うっ、そう言えばそうだった』


 先ほどまでとは打って変わって意気消沈する道夏。俺も人のことは言えないから、人のふり見て我が振り直せというやつなのだけど。


「まぁどっちにしろ、学校が始まったら嫌でもクラスのやつらにはバレると思うぞ? 道夏ってわかりやすいし」


『……そんなに?』


「おう」


 とてもわかりやすいと思いますよ。


 俺を横目でチラっと見ては蕩けたような笑顔を見せていたし、宿題を消化中も幸せそうな表情していたりするし。


 さすがに夏休みが明けるまでにはなんとかしたほうがいいと思うんだけど……まぁそうなったらそうなったで考えればいいか。



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