第115話 由布について




 二人の事情を知れば、もっと険悪になっていてもおかしくない気がするのだけど、俺が考えている以上に、二人の絆は強固なものらしい。黒川のビンタも、仲良しだからこそって感じだし。


 ここに関しては、二人が――というよりは、黒川の心の強さのおかげなんだろうな。


 前を向く力というか、前進する力というか。その強さに、俺も熱海も、きっと助けられているのだろう。いや、きっとではなく確実に――だな。


「二人はこれからどうするの?」


 その黒川が、未来を見据えた問いかけをしてくる。


「私に遠慮するとかは、もうやめてね。気持ちは嬉しいんだけど、私のせいで二人が我慢するほうが、ずっとずっと辛いんだから」


 黒川はそう言ってから熱海の背中をなでる。そして俺の肩もぽんぽんと叩いた。

 俺からの気持ちは、すでに熱海に伝えている。告白の返事を、もう一度考え直してほしいと。


 問題は熱海のほうだが、


「――私はもう一度、陽菜乃と二人でしっかりと話したい。有馬への気持ちは昔からずっと、変わってないから」


 一音一音をはっきりと、正確に間違えないようにという気持ちが伝わってくるような、はきはきとした口調で熱海は言った。


 熱海はやっぱり俺が好きで――前に進めない原因は俺の過ごした七年、そして親友が俺に抱いている気持ち、他にも何かあるかもしれないが、大きなところはその二つだろうか。


「望むところだよ! じゃあお盆明けとかがいいかな? いまはお母さんとお父さんが来てくれてるもんね。――あっ、そういえば有馬くん!」


「ん? なんだ?」


 会話は聞いていたけれど、声を掛けられるとは思っていなかったから少しびっくりした。疑問を口にすると、彼女はやや前のめりになった状態で話しかけてくる。


「有馬くんはあっちで道夏ちゃんのお父さんに会ってから、事情を知ったんだよね? その時のこと教えてよ~。お互いびっくりしてたんじゃない?」


 暗い話は一旦やめよう。たぶんそんな気持ちで彼女は話題を変えたのだと思う。


 たしかに、運命的な遭遇だったからな。俺も他の誰かが同じような状況になっていたら、どんな話になったか気になるだろうし。


 熱海にもざっくりとした内容しか話していなかったから、これを期に話しておくことにしよう。楽しい話なのかどうかは、わからないけれど。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 俺は△△県であったことを、二人に細かく説明した。そしてそれが終わると俺たち三人は、この時はこうだった、あの時はああだった――以前なら話すのをためらっていたような内容を、包み隠さず話した。


 すべて話すことが絶対に美徳であるとは思わないけれど、今の俺たちにはこれが必要だったのかもしれない。『あの時、実はショックを受けていた』とか『あの時、実は嬉しかった』とか。


 黒川に頼りきってはいけないと思ったのか、この時は熱海が率先して発言をしていた。俺を好きだという想いも隠さず、親友の信頼を取り戻そうとしているかのように。


 黒川は自分のことを話しつつも、熱海の言葉を嬉しそうに聞いていた。


 そりゃそうだよな……予想はあくまで不確定。口に出して、初めて伝わることもあるのだし、本人の口から聞けたからこそ、嬉しいこともあるだろうし。


 そして話は移り変わり、由布の話へ。


「ちょっと待っててくれ」


 俺は二人にそう断ってから、由布にチャットを送った。内容は、『やっと全部知ることができた。いま二人と話してるんだけど、由布の昔話とかしちゃってもいいか?』というもの。


 いろいろ省略して文章を送信したが、たぶん伝わっているだろう。

 すぐに彼女からの返事はきた。


『私のこと怒らないの? 嫌いになったりとかしない?』


『するわけないだろ。前に断言しただろうが――“嫌いになったりしない”ってな。俺のことを思ってのことなんだろ?』


『うん』


『ならよし。詳しくはまた後日だな』


『またお盆明けにでも、三人で話そう? あ、私の話は、あの二人にならなんでも話して大丈夫だから。あとみっちゃんとヒナノンに対しては、ちゃんと自分で謝る』


『了解。俺が必要な時はなんでも言ってくれ』


『ありがと』


 そんな感じで、チャットは終了。わずか三分ほどのやり取りだ。


 ちなみに俺がチャットをしている間、二人は『由布はどんな風に考えていたんだろうか』と予想をしていた。俺がスマホをしまったところで、二人ともこちらを見る。


「まずだな、由布本人からも謝罪するようだけど、俺からも謝らせてくれ。悪かった。あいつが黙っていたのは、俺のことを想ってくれていたからなんだ」


『熱海たちよりも俺を優先する』ということは、由布から直接話を聞いていたからな。

 俺がそう言うと、黒川は少し納得した様子で、熱海はあまりよくわかっていないような表情を浮かべていた。


「由布はきっと、熱海や黒川がのちのち傷つくことをわかった上で、黙っていたんだと思う。だけど、あいつからは話しそうにないから、俺から弁明させてくれ」


 そのために、許可はとった。たぶん由布も、俺の考えを理解していそうだなぁ。


 城崎蓮の彼女である由布紬。


 蓮がとびきりの容姿で人を集めていたのと同様に、由布もまた人気だった。蓮ほどではなかったけれど、街を歩けば二度見する人がいるぐらい、他のクラスから男子が見に来るぐらい、モテていた。


 そして彼女は誰に対しても、分け隔てなく手を差し伸べるような、いまの黒川に近いような、そんな人だった――らしい。だが、そんな彼女の優しさにつけこむ奴らが現れて、彼女は人間不信になってしまったようだ。


『お金がないからお菓子が買えない』だとかはまだマシなほうだったけど、『みんなと同じゲームが買えない』とか、『可愛い服が買えない』とか、男女関係なく由布が出す金額は徐々に上がっていった――彼女は苦しそうな表情を浮かべながら、俺にそう教えてくれた。


 そして、由布の手元にお金が無いときは『使えない』とでも言うように離れていくという。


 結果として、由布は声を掛けてくる人たち全員が、お金目当てに見えるようになってしまったようだ。


 だから、顔しか見られずにうんざりしていた蓮と意気投合したのだという。

 そんなときでさえ、蓮は『金目当て』と陰で言われたりしていたようだ。本当に、胸糞の悪い話である。


「だから由布のことを許してやってくれ――とは言わないが、こういうことがあったんだってことを、頭の片隅にでも入れておいてほしい」


 そうやって話を締めると、黙って話を聞いてくれていた二人は、コクリと頷いた。


「由布さんにも文句言わなきゃだね! 『なんで一人で抱え込んじゃうのーっ!』って」


 力強く黒川がそう言って、


「由布さんが優しい人だってことは、有馬たちほどじゃないけど、わかってるつもりよ」


 熱海もそれに続いた。


 まぁ実際には蓮に相談していただろうからマシだったとは思うが、進んで悪役になろうとするのは、友達としては賛成しづらいところだよな。




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