第114話 少しずつ前に




 積もる話はあったのだけど、夜も遅いし、いつまでも母さんをあちらにお邪魔させておくのも悪いので、この日は中途半端な形で解散となった。


 そして俺の実質二回目の告白は、『また明日話そう』ということでうやむやに終わった。


 で、翌日の午前中。


 熱海道夏、熱海千秋、熱海道真、熱海希――つまり熱海家全員が我が家を訪れ、俺と母さんに謝罪と感謝を伝えてきた。めちゃくちゃ高そうなお菓子までもらってしまった。


 わりと軽い印象のある千秋さんも、この時ばかりはきっちりというか重いというか、とにかく真面目な雰囲気で話をしていた。


 母さんは昼から仕事があったので、話はそこそこにして解散。


 ちなみに母さんは『謝罪も感謝も優介にどうぞ』というスタンスだったので、俺は四人から何度目かになるかわからない言葉を受け取っていた。千秋さんだけが初めてだったかな。


 そして、その日の午後。

 俺が全てを知っているという前提で、話をすることになった。


 熱海と、そして黒川と。


「つまり道夏ちゃんって、あれだけ『自分で伝える! こっちに帰ってきたら絶対に言う! もう有馬に宣言したから!』って言ってたくせに、バレちゃったんだ」


「うぅ……そ、そうだけど」


 黒川は我が家を訪れるなり、三分ほど早くこちらに来ていた熱海を詰めていた。このあたりのこと、黒川にはどうやら相談していたらしい。


 二人の話を黙って聞いてみると、どうやら事情を知った黒川が、熱海に向かって『ちゃんと伝えろ』と詰め寄っていたらしい。


 四月は熱海が俺に『ちゃんと伝えろ』と詰め寄っていたのに、逆の立場になっていたようだ。運命のいたずらみたいなもんなのかな。


 居心地悪そうにソファに座って縮こまる熱海を見て、正面に仁王立ちをしている黒川は鼻から大きく息を吐く。そして、少し離れた場所――窓の近くに立っている俺に勢いよく顔を向けた。表情は、いたずらっ子のような悪い笑みを浮かべていた。


「実は私ね、道夏ちゃんが『有馬くんが王子様』だってことを隠していたことを知った次の日、家に突撃して思いっきりバチーンってビンタしたんだよ! もうすごくぷんぷんしてたからね私!」


「えぇ……マジで? なんか想像つかないな」


 いやほんとに。言葉で説教みたいなことはするかもしれないけど、手を出すってことはよっぽど黒川は熱海に対して怒っていたのだろう。


「私だって怒るときは怒るんだよ! 道夏ちゃん、ちゃんと反省してる?」


「はい……反省してます」


「――ふふっ、知ってる~」


 もう一度説教タイムに入るのだろうか――そう思っていたけど、杞憂だったらしい。


 黒川は熱海の横に座ると横から彼女を抱きしめる。なんだかこの光景を見ることに罪悪感を覚えてしまうな……俺だけかな?


 顔を擦り付けるようにしながら熱海をハグした黒川は、熱海から手を放すと俺に目を向けて手招きをする。そして、ソファの空いたスペースをポンポンと叩いた。どうやら俺も座れということらしい。


「そういえば手紙、ありがとな。向こうで読ませてもらったよ」


「感謝のお手紙なんだからお礼はいらないよ~。むしろ読んでくれてありがとう!」


 黒川からもらった手紙は、あちらで夜寝る前に読んでいた。


 手紙の内容は恋愛云々の話を抜きにした、ストレートな感謝の手紙。しっかりと文中やあて名には俺の名前が書かれていたから、『今度こそ間違えないぞ』という強い意思を感じた。


「長年の誤解が解けてよかったね、有馬くん。気持ち的には大丈夫?」


「おう。もう昔のことだし、みんなのおかげでな――心配してくれてありがとう」


「んーん、大事な友達だからね! これぐらい当然だよ!」


 そう言ってから、黒川は照れ臭そうに「えへへ」と笑う。


 告白された手前、なんだか彼女に『友達』という言葉を使わせてしまうのを心苦しく感じてしまう。余計なお世話だろうなぁ。ここで俺が気まずそうにしたら、それこそいい迷惑だろう。


 だけど、これだけは言っておこう。


「公園では、事情を知らなかったとはいえ、無遠慮に話して悪かった」


 俺としてはなぜ助けたことを隠していたかの事情を説明しただけのつもりだったけど、結果的にあれは黒川が全てを理解するきっかけになったのだから。


 そのことについての善悪はさておき、彼女にショックを与えてしまったことには違いないしな。


「あれは色々なことが重なりあった結果だからね~。誰かが誰かに悪意を向けていたわけじゃないんだから、有馬くんが謝ることなんてないと思うよ? 私だってあの時、有馬くんに隠し事をしたんだし、お互い様だね!」


 彼女はそう言うと、先ほどから黙ってうつむいている熱海に目を向ける。


「道夏ちゃんに怒ったのは、ちゃんと相談してほしかったからだからね~?」


「はい……」


 熱海の力のない返事を聞くと、黒川は彼女の背をポンポンと叩く。


「もし道夏ちゃんの王子様が有馬くんってことに気付いていたとしても、結局私は有馬くんのことを好きになっていたと思うよ。二人が付き合っていたら、告白はできなかったと思うけどね」


 黒川はそう言うと、天井を見上げて「ふう」と息を吐く。


「私、色々考えたんだけどさ――もし早い段階で有馬くんが道夏ちゃんの王子様が誰なのかに気付いていたら、たぶん有馬くんが恋愛をするのは難しかったんじゃないかと思うんだ。もしかしたら由布さん、そこまで考えていたのかなぁ?」


「……というと? どういうこと?」


 恋愛が難しい? なぜそんなことになるのだろうか。


「有馬くんが道夏ちゃんに向ける感情が『純粋な好意』なのか、『罪悪感』からくる感情なのか、わからなくなってたかもしれないなって」


「……なるほど」


 それはたしかに、あるかもしれないな。


 もし知ってしまったら、俺は『七年間俺を思い続けていた相手の気持ちを無下にできない』――そういう気持ちで熱海を見ていたかもしれないな。


 ここでも、じいちゃんの言葉が身に染みるな――。振り返れば、たしかにこれも必要なことだったのかもしれない。


「由布さんって、頭の中どうなってるんだろうね?」


 クスクスと笑いながら黒川が言う。


「友人としては、少しはその頭の回転を勉強のほうに割いてほしいところだけどな」


 たぶん、毎回由布の勉強を監視している彼氏の蓮としても、切実な願いだろう。




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