第104話 熱海と家で
カラオケから帰宅し、夕食を食べて、風呂を済ませた。
ベッドに横になりつつ、明日どうやって熱海と黒川を誘おうかと考えていたところ、チャットが届いた。熱海から。
『いま家にいるの?』
『いるよ。どうかしたか?』
告白があったことは忘れたふりをして、普段通りに返事をする。だけどまぁ、彼女との会話はあれ以来していなかったので、意識するなというのは無理な話なのだけども。
『優美さんは仕事?』
『今日は休みだからのんびりテレビ見てる』
『じゃあうちのお姉ちゃん、今日仕事だからさ、ちょっとこっち来ない? 十分だけとかでもいいから』
『いいぞ~、十分後に行く』
可能な限り平常心で。これが電話だったなら、俺がうろたえていることは間違いなく伝わっていただろうから、チャットで助かった。
すぐにでも家を出られる状況だったけど、わざわざ十分の猶予を設けたのは、その間に冷静さを取り戻そうという魂胆があるからだ。もう一つ理由を付け加えるのであれば、あちらもすぐに来られても迷惑かもしれない――なんて思ったから。
「しかしなぁ……」
告白自体をタブー扱いするのも、なんか違う気がするし、どういう感じで彼女と接すればいいのか、いまだにはっきりとした答えは出ていないんだよな。
彼女は黒川の誘いを断るほどに色々考えこんでしまったようだけど、その状態に俺がさせたとはいえ、謝罪をすれば俺の告白自体が良くないことだったかのように思えてしまう。
片思いの人がいる相手に、告白するのは罪なことなのか。
親しい仲の女子に、告白して関係を変えようとするのは、いけないことなのか。
俺は、そうは思えなかった。
だから謝罪はしない。けれど、彼女の力にはなりたいと思う。ひび割れたなら、修復しようと思う。そこは頑張らせてもらおう。
「告白のときと比べると、マシだしな」
緊張があの時を超えることは、たぶんもう一生ない。そう思えば、いくらか気分が楽になるのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「いらっしゃい、遅くに呼び出しちゃったりしてごめんね」
「しおらしい……いったい誰だお前は」
「…………」
「いやほら、いつもの調子のほうが話しやすいかと思って――すんません間違えました」
開幕、気分を明るくするためにふざけてみたのだけど、ぷくっと頬を膨らませてにらまれた。まぁでも、機嫌が悪いって感じの不満顔ではない。
俺の作戦は、成功といえば成功だったのかも。
テコテコと歩く熱海の後を追い、俺は彼女の寝室に入る。彼女はベッドに、俺は勉強机の前に置いてあるチェアに腰掛けた。
「………………」
「………………」
きまずぅうううううういっ! なんで呼びだしておいて無言なんだ? 何か話したくて呼んだんじゃないんですか!?
いやまてまて、俺は関係修復に尽力すると決めたんだ。俺から話しかけないと。
「黒川とは連絡とったのか?」
「うん、話した。うちに来てくれたから」
「そうだったのか、全然気付かなかったな」
「………………」
「………………」
俺ってこんなに会話できなかったっけ? たしかに友達が多いとは口が裂けても言えないけど、少なくとも友人間で会話に困るようなことはほとんどなかったはず。
気を遣いすぎて、言葉が出てこないのだ。
「……なんかその、引きこもっちゃってごめんね。別に有馬の告白が嫌だったとかじゃなくて、色々考えて、頭の中を整理していたというかなんというか……」
今度は熱海から話しかけてくれた。俺みたいな短い言葉ではなく、しっかりとした内容を持った言葉を。ひとまず、嫌ではなかったという言葉を聞けてよかった。
「そっか……。俺から告白しておいてこんなこと言うのも変かもしれないけど、こんな形で終わりたくないからさ、できればお互いあのことを意識しないようにして、また前みたいに戻れたら――って思うんだが、どうだろう」
「ど、努力はする――けど、意識しないとか無理よ」
耳を真っ赤にして、俺と真逆、白い壁を見つめながら熱海は言った。そりゃ告白された相手と普段通りってのはなかなか難しいよな。告白した俺のほうがまだマシだろう。
彼女は自分の耳が熱くなっている自覚があるのか、顔やら耳やらをひとしきり撫でたあと、俺を横目で見る。
「……明日はなにか用事あるの?」
「ないですが」
今日は由布と蓮と遊んだばかりだし、その際に次回の約束も取り付けていない。家の用事は、だいたい午前中で終わるし。
「じゃあ陽菜乃も呼んで、どこかで遊ばない? 由布さんとか城崎くんも呼んでさ。何をするかは、また決めるとして」
熱海は少し緊張した様子で、左手と右手を落ち着きなく動かしながら、俺を上目遣いで見てそんな提案をする。もしかして断られるかもしれないとか思っているのだろうか? そんなはずないだろうに。
振られたとはいえ、好きな人からのお誘いなんだから。
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