第103話 古き友人たちと



 黒川と話した翌日。寝た。その翌日も、夏休みの宿題をちょっとしてから、寝た。


 そしてその翌日、黒川に送られたチャットを信じるのであれば、そろそろ熱海が復活する頃合いだなぁと思ったのだが、蓮から連絡が入った。由布と一緒に遊ぼうとのこと。


 熱海との関係を元通りにしなければならない、そして黒川とも、ややギクシャクしたこの状態を解消したい。そう思っているのは事実なんだけどなぁ……正直、怖いと思ってしまうのだ。


 だから、俺は蓮の誘いに乗ることにした。夏休みだし、一日ぐらいは誤差だろうと思うことにして。


 昼の一時、駅前にて美男美女のバカップルと合流。


「やあやあアリマン、いろいろ悩んでいるような顔だねぇ」


 お前たちが帰ったあとにいろいろあったからな、と心の中でつぶやきつつ、ジト目を向ける。蓮は俺をからかうパートナーを「まあまあ」とおだててから、


「とりあえず行こうか。カラオケ? ファミレス? それとも優介の家?」


「俺の家は母さんがいるからな、俺の家以外で」


「了解」「おっけー」


 結果、カラオケに行くことになった。先日俺と蓮の二人で行ったことを由布は知っていたらしく、「私も歌いたい」とのこと。俺たちもあの日は、ほとんど話してばかりで歌っていなかったんだけどな。


 ともあれ、カラオケか。


 由布の提案だったけれど、いろいろ頭をすっきりさせたい俺にとっては、意外といい選択だったのかもしれないな。こういうところも、由布が考えてそうで気が抜けない。


 熱海に関して――告白して振られたということを考えれば、あまりこちらから積極的に声を掛けるのはためらわれる。


 そして黒川は、彼女が俺に何か隠し事をしているということに目をつむれば、たぶん大丈夫。


「なぁ由布よ……何かわかってるんなら教えてくれないか?」


 カラオケに向かいながら、俺と蓮に挟まれて歩く由布に声を掛けた。答えてくれる望みは、たぶん五パーセントぐらい。


 彼女は「んー」と顎に人差し指をあてて、空を見上げる。数秒して、話始めた。


「実は昨日、ヒナノンからチャット来たんだよ。だからアリマンの置かれている状況は分かってるつもり――ま、もう地獄は越えた――って感じかな。だからアリマンは、気楽にしてて大丈夫だと思うよ」


 やはり彼女には、俺には見えない何かが見えているらしい。もしくは、昨日黒川から何か聞いたか。まぁそれも教えてくれないだろうし、俺には予想することしかできないのだが。


 そして俺は、由布が『地獄』という単語を使ったのを聞いて、少し前に彼女が言ったことを思い出していた。


 たしか、『手を伸ばせば手に入る恋』と『地獄の向こうにある真実の愛』だったか。


 でもあれは心理テストとか言っていたし、今の俺の状況とは関係はないだろう。地獄といえば地獄だが。


「つまり俺には何も教える気がないってことなんだな?」


「まぁね~。アリマンが『平和な選択肢』を選んでたら、そりゃこねくり回す必要があったけど、結局私たちは何もしてないし。何をするでもなく、そうなっちゃったし。だからこれはもしかしたら必然だったのかもしれないねぇ。あ、でも、その先の未来はどうなるかわからないよ」


「言ってることが曖昧すぎてわかんねぇよ……」


「あはは、まぁ優介はもう深く考えなくて大丈夫ってことで」


 苦笑いを浮かべながら、蓮が言う。このすべてわかってる風のパートナーを持つ蓮もまた、彼女から聞いて何かを理解してしまっているのだろう。そういう反応だ。


 でもまぁ、俺にとってこいつらは信頼できる親友だ。カラオケに付いたら、もう少し相談してみることにしようか。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「~~~~♪」


 由布が楽し気に歌っているのを聞きながら、考えていた。俺はどう行動するべきなのか。

 彼女たちが言うには『そんなに悩まなくても大丈夫』ってことだったけれど、本当にそれでいいのだろうか。


 由布たちの言葉を信頼していないわけではないけれど、悩まない、ということと、行動しない、ということはまた別物だ。


 だから、由布が歌い終わったところで、聞いてみた。


「明日にでも熱海と黒川に声を掛けてみようと思うんだが、どう思う? さっき話した通りの状況なんだけど」


 個室に入って歌うまでの間に、ざっと今の俺の状況は話している。由布はすでに理解していると言っていたが、念のため。


「いいんじゃないかな? 僕は賛成」


「私も賛成で。多少はギクシャクはするかもしれないけど、それは仕方のないことだって割り切らないとね~」


 賛成二票だった。そして由布の言う通り、普段通りにならないことは許容しないといけないだろう。気まずい空気になったとしても、それが元の関係に戻ることのできるきっかけになるのであれば、それぐらいは甘んじて受け入れよう。


 黒川の告白を断り、熱海に振られた俺は、このごちゃごちゃした関係の中心にいるようなものなのだから。




~~有馬優介、離席中~~



「あー、ヒナノンは優しすぎだし、みっちゃんはもうほぼ自傷してるようなもんだったし――辛い。アリマンはポンコツ魔王」


「あはは、でも熱海さんがあそこまで頑なだったのは予想外だったんじゃない? 黒川さんに関してもさ」


「そうなんだよねぇ。アリマンにトラウマを植え付けたからには、『これで諦められる程度の生半可な恋心じゃ許さない』と思ってたけど、みっちゃんって想いは馬鹿みたいに強いくせに、それ以上に自己犠牲精神が強すぎなんだよね~。自己犠牲って言うよりも、自分を憎む力って言ったほうがいいか……」


「うんうん、たしかにね」


「あとはヒナノンも優しすぎ。私のことも全然怒ってないし、みっちゃんに本当のこと言わせようと本気になってるみたいだしさ。裏でいろいろ考えている自分の心がひどく汚れて見えちゃうよ」


「僕らが思っているよりも、きれいな心を持った人はいるってことだよね。あとさ、僕は紬が誰よりも優しいって思ってるんだから、そんなこと言うもんじゃないよ」


「えへっ、ありがと蓮。ま――近いうちに、アリマンはみっちゃんの王子様が自分だと気付くんだろうけど、あの周りの見えてない自己犠牲っ子が素直に恋人になるかどうかは……アリマンの押し次第だねぇ」


「そうだねぇ……それに、黒川さんもまだ優介を完全に諦めたわけじゃないみたいだし、たぶん二人が付き合ったとしても、隙あらば――って感じじゃないかな。思ったより、肉食系だよね、黒川さんって」


「うんうん、まぁヒナノンの性格的に、浮気相手とかにはならないだろうけど」


「優介のことも熱海さんのことも、大好きだもんね、彼女」


「私は蓮が大好きだよ?」


「……僕も紬が好きだよ」




「俺、帰ったほうがいいか? すげぇ入りづらいんですが」




~~~作者あとがき~~~


※追記

意図が上手く伝わっていないので捕捉します

この二人の会話の「肉食系」ですが、『積極的に動く』という意味で使ってます。

ようは挨拶と同時に『好き』って言っちゃうようなぐいぐいヒナノン状態ですね。



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