第90話 行動開始
黒川さんと電話を終えてからすぐに、俺は熱海に通話した。
チャットで相手の状況を確認するのも忘れ、勢いのままに電話してしまった。
『も、もしもし? どうしたの急に?』
熱海の慌てた声を聞いて、自分の行動が唐突だったことを理解した。すまん熱海。でも、その慌てた声も可愛いなと思ってしまった。
「急にすまん――熱海って、明日なにか予定あったりする?」
『え? 別に何もないわよ? 陽菜乃と由布さんと城崎呼んで遊ぶ?』
俺の問いに、熱海はのんきにそう答えた。
もし熱海が俺のことを好きなのであれば、二人で遊ぶという選択肢を視野に入れてそうだが、残念ながらそうではないらしい。それが少し寂しく思えた。
「たまには、熱海と二人で遊びたいんだけど、難しいか?」
俺がそう聞くと、熱海は数秒間沈黙した。断られてしまうのだろうか――そう思ったけど、
『……別にいいけど、陽菜乃は呼ばなくていいの?』
ここで黒川の名前を出すあたり、やはり熱海は俺と黒川に付き合って欲しいのだろうなと思ってしまった。その優しさが、チクリと胸を刺す。
「黒川とは動物園に行ったしな」
ここだけ切り抜くと非常にどうしようもない男だな、俺。夜道がデンジャラスだ。
ここで黒川の告白をついさきほど正式に断ったと言えば、俺の気持ちが熱海に向かっていることを証明してしまいそうな気がして、気が引けた。
熱海に告白するつもりだから別に気持ちがバレてもいいのだけど、熱海が告白されたくないと思ってしまった場合、誘いそのものを断られそうな気がして、隠すことに。
『そう……気分転換みたいな感じなの? 有馬、いっぱい悩んでたものね』
「そうそう、そんな感じ。リフレッシュリフレッシュ」
熱海から援護射撃のようなものが届いたので、乗っからせてもらうことにした。
本当は告白する気満々だし、その台詞も何も考えていないし、当日どこに行って何をするのかも決めてない、本当に行き当たりばったりな行動だ。
もっと慎重に動けばよかった――と思うけど、これぐらい勢いがないと、俺は動けないと思ったのだ。そして振った黒川さんのためにも、俺は前に進まなければならないから。
たとえそれが、いばらの道であったとしても。
『ふーん……なにか相談とか?』
問題なく誘えたかと思いきや、熱海は疑問をぶつけてきた。俺としては、ここであまり話を長引かせて、ボロを出したくはない。
「まぁそういうのも含めてってことで。熱海は今日何してたんだ?」
そうやって、俺は話を別方向にシフト。そしてそれは成功した。
お互いに今日は何をして過ごしたのかを話して、その流れで熱海に気になっている映画があるという情報を入手した。まだ上映開始されたばかりで、レンタルができるようにはなっていないとのこと。
そんなわけで、ごくごく自然に、熱海を映画に誘うことに成功した。彼女としては『有馬が楽しめるかはわからない』とのことだったけど、あまり好き嫌いのなさそうな恋愛の映画だったし、たぶん大丈夫だろう。
通話が終わったあとに調べたのだけど、初デートでは映画はわりと良いらしい。なんでも、会話をしなくて済むということと、見終わった後は共通の話題で盛り上がれるからってことみたいだ。
熱海と俺の場合、二人でいる時間がもともと多いからこのデータが役に立つかはわからないけれど、少なくともダメということはないだろう。
俺はどこの映画館にするかだとか、上映時間だとかを調べて、その他もろもろのスケジュールを深夜零時近くまで練りまくった。
明日は我が家で一緒に昼ご飯を食べてから、出発だ。
良い思い出になることを、祈って寝るとしよう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
告白する台詞について考えるのを忘れていた。
そのことに気付いたのは、熱海がうちにやってきて、二人で使用済みの食器を洗ったり拭いたりしていたときのことである。それまではずっと、デートプランについて頭を働かせていたから。
――俺にしとけよ。
いや、俺、そんな俺様キャラじゃないですし。違う違う、絶対に違う。
――熱海のことが、宇宙で一番好きだ!
いやいや、恥ずかしすぎるだろ。なんだよ宇宙って、せめて地球とかに――地球ってのも規模がでかすぎるよな。せめて日本、いやそれじゃ少し小さい気がするから、アジアとか――、
「なに面白い顔してるのよ」
洗い物を終えて、ハンガーに引っ掛けてあるタオルで水気をぬぐいながら熱海が言う。クスクスと笑っていて、もはやいま告白した気分になった。それぐらい、好きと自覚してからの熱海の可愛さがやばい。
「面白い顔してるか?」
「ピエロスマイルはやめてってば!」
いつぞやプリクラで披露した無表情にっこりを決めると、熱海はお腹を押さえてケラケラと笑う。そんなに俺の顔が面白いとは思えないけど、熱海が笑ってくれるなら別になんでもいいかと思えた。
「夕ご飯はどうするの?」
「外で食べて帰る予定だったけど、熱海の家的には平気?」
「大丈夫よ、お姉ちゃんにそう言っとくわね」
「おう」
シチュエーションこそいつもと違うが、やりとりの雰囲気的には『今日の夕食はうちで食べる?』と聞いているときと変わらない。
この会話が自然になっているあたり、はたから見たらすでにカップルかもしれないなぁと、少し嬉しい気持ちになった。
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