第79話 告白、そして――




 黒川さんと動物園に出かけた日を境に、熱海は我が家をほとんど訪れなくなった。


 まったくのゼロというわけでもないし、隣の家に住んでいながらどうでもいい話をチャットでやりとりをしたりするけど、以前と比べると、頻度は格段に減っている。

 それで俺にだらだらする時間が増えたかと言われたら、案外そうでもない。


 黒川さんと連絡をとりあうことが増えたからだ。


 二日に一回ぐらいはチャットで話しているし、週に一回あるかないかぐらいの頻度で、電話をしたりもする。内容自体は熱海と一緒でたいしたものではないのだけど、黒川さんからの好意を疑わずにはいられない状況になっていた。


 このことを付き合いの長い友人二名に相談したところ、『もしかしたらそうかもね』ぐらいのふんわりとした回答をもらった。

 まぁ確信を持って言われたところで、俺は結局その言葉を疑いそうだし……案外、この二人はそれをわかって返答していそうだなと思った。



 そして、期末試験が終わり、夏休みを目前にした金曜日。

 俺は黒川さんから前日に、『放課後少し時間を欲しい』と言われていた。いつもと違う、明らかにそわそわした雰囲気で。


「お待たせ」


 呼び出された場所――校舎の裏にある人気のないスペースに向かうと、彼女は俺を見つけて大きな動作で手を振ってきた。顔を桃色にして、笑顔の中に若干の照れが見えるような雰囲気である。

 俺の予想が間違っていなければ……彼女はきっと――。


「ごめんね! あまり時間はとらせないから」


「平気平気、なにしろ今日から夏休みで、時間は腐るほどあるからな。宿題も、そんなに大量ってわけでもなかったし」


 ちなみに、蓮、由布、そして熱海の三人は教室で俺たちを待っている。

 先に帰っていてもいいと言ったのだけど、どうやらすでに黒川さんが根回しをしていたらしく、初めから待つ姿勢だった。

 これからこの場で起こることも、おそらくあの三人は察しているのだろう。


「そうだねぇ。夏休みの宿題も、みんなで集まってやれたりしたら楽しそうだね!」


「おー、それなら熱海の家か俺の家だとやりやすいかな? もしくは、ファミレスとか図書館でもいいけど……いや、図書館は最終手段しておこうか。話もほとんどできないし」


「うんうん! 気楽な感じでやりたいよね~」


 そんな他愛のない会話から始まり、少しずつ俺たちの間に広がる距離は近づいていく。

 だけど、その距離は親しい友人止まりの距離だ。そこで、俺は足を止めた。


「…………あのね、今日は有馬くんに聞いてほしいことがあってきました」


 話がひと段落したところで、息を整えた黒川さんはそんな感じで切り出してきた。

 やっぱりそうか――そんな思いを胸に抱きつつも、頷くだけにして、彼女の言葉を待つ。


「はじめは道夏ちゃんとよく話してる男の子、私を助けてくれた、城崎くんのお友達。それぐらいの感覚だったんだけど、一緒に過ごしている時間が増えるうちに、優しいところが見えてきて、好みが被ることがすごく多くて、それがすごく嬉しくて――」


 俺と他の男子で、どういうところが違うだとか。熱海と話しているところを見て、目が離せなくなったとか。プールで足がつったとき、助けに来てくれてすごく嬉しかったとか。

 今日ここにやってきた理由を、黒川さんは丁寧に説明してくれた。

 そして――、


「恋愛に関して私はまだまだ疎いところはあると思うけど、これだけは絶対――私は、有馬くん、有馬優介くんのことが好きです。大好きです!」


 顔を限界まで真っ赤にしながら、それでも彼女は俺の目から視線をそらさずに言った。

 そして、ぺこりと勢いよく頭を下げる。

 俺は彼女の頭のてっぺんを眺めながら、考える。どう伝えようか、と。

 何と答えるかはもう決まっている、決めていた。こうなることを、事前に予想していたから。


「顔を上げてくれ、黒川さん」


「あ、ご、ごめんね! は、恥ずかしくて! わーっ! わーっ! 絶対顔赤いよね私!」


「まぁ赤いけど……たぶん俺も赤いよな?」


「へ? あ、本当だ!」


 そりゃ人生初めての告白だ。照れないほうがおかしいだろう。

 しかも相手はとびっきりの美少女――いまこんなことになっていることが、夢だと言われたほうがまだ信じられるぐらいの可愛い女の子だ。

 そんな彼女を見ながら、どう答えたら彼女は悲しまないのだろう――そう思っていると、


「オッケーをもらえないことは、わかってるんだよ有馬くん」


 彼女は笑みを浮かべたまま、そう口にした。とくに残念そうにもしていない、どちらかというと前向きにみえるような、そんな笑顔で――、


「道夏ちゃんだよね?」


 俺が頭で思い浮かべていた人の名前を、的中させた。

 そこまで気付かれていた……というか、それをわかった上で、彼女は今日告白しようと踏み切ったということなのか。


「熱海だけが原因――ってわけでもないんだ。俺はきっと、黒川さんのことも気になっている。そんな、二人の女子を同時に気にかけてしまうような、どうしようもない人間なんだ」


 なんでこんなやつを、黒川さんは好きと言ってくれるんだろう……そんな自虐的な悩みを心で吐き出しつつ、話を続けた。


「……だから、もしこれが『恋人になってくれ』という意味の告白なら、返事としてはごめんなさい――だ。俺は黒川さんのことを、一番大好きな女子だと自信を持って言えないから」


 声が小さくならないように意識しながら、できるだけはっきりとした口調で答えた。

 黒川さんの顔は、怖くて見ることができなかったけど。


「よかったぁ」


 俺の返事を聞いた黒川さんは、そんな風に答えた。

 ……へ? よかった? 俺いま、たしかに黒川さんの告白を断ったよな?

 それでよかったって――え? もしかしてドッキリとかそういう感じ……はさすがにありえないとして、どういうことだ?

 困惑する俺に、黒川さんはクスリと笑う。


「有馬くんは、やっぱり私の思ったとおりの、良い人だっ! 前に同じクラスだった女の子とかはね、『とりあえず付き合ってみる』って感じの人もちらほらいたんだけど、私はあまりその意見に賛成できなくて……できれば、有馬くんもそうであって欲しいなって思ってたんだ」


「……なる、ほど?」


 告白という山場を乗り越えたからか、黒川さんは緊張がほぐれた様子で話していた。


「うん! だから、今日はもともと断られるつもり――というか、返事をもらうつもりはなかったんだけど、ドキドキしすぎてそれを言い忘れちゃったよ~。だから今日はね、有馬くんに、『私は有馬くんが大好きなんだーっ!』っていう意思表明というか、道夏ちゃんに負けないように頑張るぞーっ! というか、なんて言ったらいいのかな? 私、うまく説明できてる?」


「お、おう……伝わってるけど――黒川さんはそれでいいのか? 悪い言い方をすれば、俺に『キープ』されてるようなもんじゃないか? そういうのって、俺は良くないと思うんだが」


『俺は』というよりも、一般的に褒められたことではないと思うが。


「あははっ、本当にそんなことを考えている人なら、こうやって有馬くんみたいにいちいち説明したりしないよ~。だから大丈夫! じっくり考えて、有馬くんの答えを出してくれたら嬉しいな。どんな答えでも受け止めるっていう覚悟をもって、告白したんだよ」


 黒川さんはそう言ってから、俺の肩をつついてきた。そして「道夏ちゃんの真似~」などと言いながらクスクスと笑っている。


 彼女は俺が思っていたよりもずっと先を歩いていて、そして強い人間だったんだなぁと思う。猶予はもらったけれど、彼女を待たせることが良くないことはわかっている。


 俺なりの結論を、誠意のある対応を、考えていかなければならない。


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