第67話 悩みが悩みを呼ぶ




 二人の友人カップルを前に、俺は二年生になって知り合った女子二人のことについて考え始めた。


 熱海は最初の印象こそ悪かったものの、骨折した俺を数えきれないぐらい助けてくれたし、やや暴力的な面はあるけれど、ボディタッチと受け取ればそれも別に嫌ではない。

 王子様という存在がなかったとしたら、もしかしたら好きになってしまっていたのだろうかと思えるほどに、魅力的ではある。絶対にからかわれるし恥ずかしいから、本人や蓮たちにも言わないけど。


 そして黒川さん。

 階段落下中の彼女と出会い、それからは熱海の友人として俺たちと話すようになった。

 天真爛漫で裏表がない明るい性格をしており、なにかと好みや趣味が俺と合致するような女の子。庇護欲をくすぐるような見た目や性格だけど、芯のところはしっかりしているような印象を持っている。これはたぶん蓮へのお礼の手紙で思ったんだろうな。


「難しいな……」


「贅沢な悩みですなぁアリマンさん」


「いや本当にそうだよ」


 そんな軽い会話を挟みつつも、考えることを継続する。

 この状況になってしまった時点で、全員が幸せになる未来は存在しない。二股するような気はもちろんないし、それが許されるような大層な人間でないことも自覚している。


 悩みに悩んだ結果――とはいっても、友人たちを待たせているという時間制限を踏まえてだが、俺は答えを出した。


「両方断るしかないんじゃないか……これ?」


 そんな答えをだすと、蓮は困ったように笑い、由布は額に手を置いて天を仰いだ。天といっても、天井の天だけども。


「あーのーねー。アリマンは『恋人になれなかったほうがかわいそう』とか考えているんだろうけど、恋愛に失恋はつきものなんだよ? 成功して当たり前じゃないし、例えばアリマンが誰かひとりに告白されて付き合ったとしても、他にアリマンのことを好きな人がいたかもしれない――そんな場合は、その子のことがかわいそうだから付き合えないってことになっちゃうでしょうが!」


 テーブルに身を乗り出し、まくしたてるようにそう言った由布は、再びドカッとソファに座り腕を組む。


「私の言ったことが大正解って言うつもりはないけどさ、やっぱり一番大切なのは、アリマンの気持ちだと思うんだよ。告白された結果として相手が幸せになるのも不幸になるのも、アリマンが負うべき責任じゃないの。それは好きになった本人が負うべきものじゃん」


 言いたいことはわかる――だけど、自分のせいで誰かが傷つくというのもまた真実であるということが、明確な答えを出せない理由なのだ。


「じゃあ片方を傷つけてでも、どちらか選ぶのが正解ってことか?」


 俺がそう問いかけると、由布は肩をすくめて「そんなのわかんない」と言った。なんだよそれ……。


「両方断るってパターンもあるだろうけどさ、さっきのアリマンの答え方は『逃げ』だったから私はツッコんだんだよ。消極的――優柔不断で弱気でへっぴり腰なの」


 いつになく真面目な口調で由布が言う。この真剣さを、テスト勉強になぜ使えないのか――なんて場違いなことを考えてしまった。蓮も、そう思ったりしていないのだろうか。


「でもね、これだけは覚えておいてアリマン――あの二人はきっと、そんな理由で断られることを嫌がるよ。それこそ、自分が選ばれないよりもずっと」


 由布が口にしたこの言葉は、スルリと俺の胸になじんだ。

 男女が逆で、俺がもし告白する立場だったとしたら、たしかにそんな振られ方は嫌だと思ったからだ。

 ……いやまてまて。


「前提が狂ってるって言っただろ。仮にってことで熱海たちの名前を出したけど、性格まで考慮しはじめたらそれはもう『熱海と黒川さんに告白されたら』の状況を想定してるだけじゃないか」


 呆れ交じりにそう言うと、由布は「そういえばそうだった」とわざとらしくウインクしてカフェラテを飲む。なんだか自分の仕事は終わったと言いたげな雰囲気を醸しているが、俺はさらに言葉を重ねた。


「だいたい、そもそもの話は『恋愛感情かどうか』って内容なんだぞ? 二人のうち一人を選べとか、そういう話じゃないし」


「あはは、たしかにそうだ」


 いままで黙って話を聞いていた蓮が、ここで会話に入ってきた。いつものにこやかな表情だが、心なしか穏やかにも見える。


「でもね優介。真剣に考えることができる時点で、二人のことを恋愛対象として好意的に見ているんだと僕は思うよ? だって好きでもない人に告白されたって、答えは決まってるじゃない」


「…………たしかに?」


 ということは、俺ってもしかして、二人のことが恋人候補として気になっているということなのだろうか? 熱海と黒川さんがもし運命の人や他の男子と恋人関係になったとしても、祝福はできるだろうから――まだ完全に好きなわけではないと思うが。


 いやでも、プールで彼女たちがじろじろと見られることを良しとは思わなかったので、独占欲みたいなものはあるかもしれない。

 やはり蓮の言う通りなのだろうか。――とすると、由布がした質問もあながち的外れなものではなかったということになるな。


 ここまで考えていたのかどうかは……由布ならやりそうだなぁ。

 まあそれはいいとして。


「問題が解決したと同時に新たな問題が生まれた気がするんですが」


 俺が黒川さんに抱いている感情が、恋愛に近しいなにかだと言うことはわかった。

 そしてそれと同じようなものを、熱海にも感じているということもわかった。

 それがわかったからといって、俺はいったいどうすればいいんだ。



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