第46話 やっちまったぁ……




 母さんと千秋さんに見られてはいけない光景を見られてしまった。

 熱海の部屋で、いつの間にかベッドの端に突っ伏すような形で寝てしまったのだけど、ただの友人関係ではありえない図だと我ながら思う。


 相手が病人だということを考慮しても、邪推されて仕方のない状況だ。しかし本当に俺と熱海の間に恋愛関係はないのだ。彼女は王子様にご執心だし、俺はそもそも誰かを好きになったことがないのだから。


 俺と熱海が爆睡しているところを写真に収めた二人は、そろって俺のスマホに写真を送ってきた。おそらく、熱海のスマホにも同様の写真が送られているのであろう。

 ただ寝ているだけならまだしも、熱海が俺の左手を握ってしまっているからさらにマズい。この写真、熱海の王子様だけには絶対見られてはいけない代物だ。


 とても貴重なので、しっかりとダウンロードはしておいたが。

 まぁそれはさておき――だ。


「やっちまったぁ……」


 翌朝、なんだかボーっとするなと思いながら朝食を食べていたら、母さんが俺の脇に体温計を突っ込んできた。そして、音が鳴ったところで表示を見てみると、三十八度二分。ばっちり熱海の風邪が移ってしまったらしい。


 ベッドで横になって、ため息を吐く。


 あれだけ昨日、熱海に『移らない』と豪語していたにも関わらず、実にあっさりと熱を出してしまった。なんと情けないことか。

 市販の風邪薬は飲んだし、母さんがコンビニで飲み物やらを買ってきてくれたから、体制としては万全である。


 というわけで、隣に住んでいようと熱海の助けは必要ないのである。あいつなら、自分が風邪をひいていようと、罪悪感を覚えてしまい俺の家に来るに違いない。

 しかし俺としては、昨日の夜の件を知った熱海とまだ顔を会わせていないから、単純に会うのが恥ずかしいのである。あの時、熱海は爆睡していたし。


 王子様大好きっ子である熱海が俺の手を握っているあの写真を見てどう思うのかは未知数だが、普通ではいられない可能性のほうが高いだろう。

 あぁ……考え事をしていたら、なんだか頭がガンガンしてきた……。


「寝よう」


 とりあえず寝て、それからいろいろと考えることにしよう。

 考えて解決できる問題なのかは、今の俺にはさっぱりわからないけど。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「ん……」


 無意識に右手をかばいながらベッドの上で寝返りをうち、重い瞼を開く。

 すると、目の前に頬杖を突く熱海がいた。


「……夢、ではない、よな?」


 ぱちぱちと瞬きを繰り返し、目を指でこすってから再度目の前を見る。うん、熱海だ。


「ようやくお目覚めね」


「いやなんで熱海がここに……あぁ、母さんの仕業か」


 そう言いながら体を起こそうとすると、熱海におでこを抑えられて頭を枕に押し付けられる。なんの抵抗もできずにストンとベッドに舞い戻ってしまった。


「……寝てなさいよ。それと、あたしの風邪を移しちゃってごめんね」


 熱海は眉をハの字に曲げて、心底申し訳なさそうな声音で言う。予想通り、熱海は罪悪感を覚えてしまったらしい。こうなることが目に見えていたから、できれば気づかれたくなかったんだがなぁ。


「というか熱海、入っていいのかよ。俺の部屋」


 王子様以外の部屋には入らない――彼女はそう口にしていたけれど、今は完全に俺の部屋に入ってしまっているし、なんならベッドに頬杖をついている状態だ。


「いいのいいの。というか、どちらかというと男子の部屋に入るより、男子を部屋に招くほうを気にするわよ? ――まぁともかく、自分だけ看病してもらって、こっちは何もしないなんて薄情なことはしないわよ」


「熱海が気にしないなら、俺はいいんだけどさ……」


 本当に気にしないのだろうかと心の中で首をひねりつつ、ちらりと視界に入ってきた時計に目を向ける。時刻は、夕方の四時だった。

 俺、そんなに寝てたの?


「ちょっと待て――熱海、いつからうちにいるんだ?」


「有馬のお母さんと入れ替わりよ。でも勉強してたから、暇してたわけじゃないわ」


 熱海がそう言って体をずらすと、そこにはたしかに広げられたノートと教科書があった。

 休みの日に勉強か……宿題があったわけでもないし、中間試験までまだ時間はあるのに、真面目だ。


「熱はひいたのか? まだ病み上がりだし、きついんじゃないのか?」


 横になったままそう聞くと、おでこを指で突かれた。


「あたしはもう大丈夫。というか、『人の心配より自分の心配をしろ』って有馬が言ったのよ?」


 彼女はそう言うと、クスリと笑う。

 相変わらず、熱海はよく覚えているなぁ。運命の人のこともしっかり覚えておけばよかったのにと毎度思う。


 しかし……話題には出てこなかったが、彼女は昨日の夜のことをどう思っているのだろうか。俺がそばで寝ていて、熱海が手を握ってしまっていたあの写真を、きっと彼女も見ているだろうに。

 少なくとも、この場にやってきているということは、嫌悪の感情があふれているということはないはずだ。というかそう思いたい。


「ありがとな」


「気にしなくていいのよ。あたしが勝手にやってるだけなんだから」


 本当に、熱海は優しいやつなんだよなぁ。

 


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