第45話 初めての寝落ち



 それから黒川さんとは五時過ぎまで漫画やアニメの話をして盛り上がり、予定通り夕方の五時に熱海の家に様子を見に向かった。チャットで連絡したところすぐに返信があったので、俺も一緒に部屋へ行くことに。


 五分ほど熱海と会話してから、俺は黒川さんを駅まで送るために家を出た。熱海に「陽菜乃をちゃんと送っていきなさいよ」とジト目で言われたけれど、元から俺は外に出るつもりだったから、頼まれるまでもなく――だ。

 黒川さんとバス停で別れて、俺は駅のさらに向こう側に向かって歩き始めた。


 さて、お目当ての品はどこに行けば売っているのやら。



 マンションのエレベーターに乗りながら、熱海に『起きてるか?』とチャットで聞いてみたところ、こちらもすぐに返信があったのでそのまま熱海の家に向かうことに。

 合鍵を使って家に入り、まっすぐ熱海の部屋へ。


「どうしたの?」


 ベッドから体を起こし、こちらをぼんやりとした目で見る熱海。

 別に寝たままでも良かったんだがな……無理に身体を起こしたらきついだろうに。


「ほら、いつもコレ食べてるんだろ? 黒川さんから聞いたぞ」


 そう言ってから、俺は左手に持ったビニール袋を彼女に手渡す。中身はみかんゼリーだ。

 非常に情けなくバカな話なのだが、駅の向こう側にまでいってみかんゼリーを見つけたのはいいものの、帰りにふと思い立って寄ってみたコンビニにもみかんゼリーが売っていた。とても切ない気分になった。


 俺も黒川さんも、なぜコンビニという選択肢を思いつかなかったのか。

 そんな俺の気持ちを知らない熱海は、ビニール袋を受け取るとガサゴソと音を立てて中に入っているものを取り出す。

 そしてみかんゼリーを手に取って、ぷっと小さく噴き出した。


「なんで笑うんだよ」


「まさか有馬、遠くのスーパーまで行ってくれたの? この種類のゼリー、コンビニには売ってないでしょ?」


 あっさりバレてしまった。


「散歩のついでだよ。最近は体を動かしていないからな」


 気恥ずかしくなって、熱海から視線をそらしながら言う。頬をポリポリと掻く俺に、熱海は「ありがとね」と本日何回目かわからないお礼の言葉を口にした。

 食欲があったのか、それとも好物であるらしいみかんゼリーの誘惑に負けたのか、熱海はすぐにペリペリと容器の蓋をはがして、ゼリーを食べ始めた。


「うん、おいしい。――有馬は晩御飯どうするの?」


「今日はカップ麺にしようかなと思ってるよ。家に何個かあるし、たまにはいいだろ」


「そっか」


 短く返事をした熱海は、パクパクとみかんゼリーを食べ進める。本当に好きなようで、ブドウゼリーを食べていたときとは食べ進めるスピードが二倍ぐらい違った。

 熱海はオレンジジュースも好きだし、柑橘系が好みなんだろうな。


「うちで食べないの?」


「そりゃ俺は構わないけど……ラーメンの匂いが充満するぞ?」


「平気平気。あたしもお姉ちゃんもたまに食べるし」


 そんなわけで、熱海の家で晩御飯を食べることになった。

 二人で夕食を食べることが多くなった影響で、一人で食事をするとものさみしく感じるようになっている。それはきっと、熱海も一緒なのだろう。

 二人とも夕食の作り置きがあったとしても、彼女は俺の家にトレーに乗せた夕食を持ってきて食べているし。



 ラーメンを食べてから、俺は家に戻ってシャワーを浴びて、再び熱海の家に戻った。

 彼女が寝るというのならば俺はお邪魔になるだろうから退散するつもりだったのだけど、目が冴えてしまっているようだし、なんとなく寂しそうな表情をしていたから。


 俺が家でシャワーを浴びている間に、彼女はタオルで体を拭き、新しいパジャマに着替えたらしい。ラノベで見たことのある女子の身体を拭くような展開にはならなかった。

 ……別に期待していたわけじゃないけども。


「ちゃんと体は拭けたの?」


 勉強机の前の椅子に腰かけたところで、熱海が質問してくる。


「熱海は人の心配より自分の心配をしろよ……病人なんだから」


「有馬もけが人じゃん」


「それはそうだけど、右手以外は元気だからな。それに、片手での生活も慣れてきたし、右手もちょっとぐらいなら使えるから」


 そう言いながら、ギプスのついた右手をぶんぶんと降ったり、指を少し動かしたりする。

 彼女は「あまり動かさないほうがいいんじゃないの?」としかめっ面で口にした。

 俺が肩をすくめて誤魔化していると、彼女はため息を吐いたのち、ベッドに横になる。

 布団を首元まで持ち上げてから、こちらをちらりと見た。


「陽菜乃とは二人でどんな話をしたの?」


「黒川さんと? えっと、漫画とかアニメの話とか」


「それだけ?」


 ジッと観察するような瞳で熱海が俺の目を見る。

 黒川さんから『道夏ちゃんのこと好きなの?』と聞かれたが……そんなこと本人に向かって話せるわけがないだろうに。気まずいわ。


 そっけない態度で熱海に「それだけだよ」と返事をすると、彼女は俺の目を見たまま「ふーん」と口にする。疑ってそうだな……。まるで不倫を疑われているかのようだ。俺にそんな経験はないし、熱海と恋仲でもないからこの状況は全く当てはまらないのだけど。


「……本当に風邪うつらない?」


「ん? まぁ大丈夫じゃないか。母さんが風邪ひいても、だいたい俺には移らないし」


「……寝たまま大きい声出すの疲れちゃうから」


「近くにこいと?」


 熱海は小さく顎を引いた。どうやらまだ話を続けたいらしい。

 俺と黒川さんと少し話したとはいえ、ほぼ丸一日一人きりだったからだろうか。

 俺は熱海のベッドの近くまで行って、ベッドを背もたれにする形で腰を下ろす。シートクッションがあったので、それをありがたく利用させてもらった。


 それから、だらだらと俺は熱海と「もうすぐテストだな」とか「どうやって痩せたの」だとか、とりとめのない会話をつづけた。

 そしていつの間にか俺は眠ってしまい――目が覚めたとき視界に映ったのは、


「「あらあらあらあら」」


 母さんと千秋さんが、スマホを構えて俺たちを見下ろしている景色だった。

 これは……非常にマズいのではなかろうか。




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