第41話 腹痛? それとも?
早めの対処で俺のギプスは雨から逃れることができた。が、服やズボンは濡れてしまったので、タオルで体や頭を拭いてからジャージに着替えることに。
そうして二十分が経過したころ、熱海たちが家にやってきた。
黒川さんは白のトレーナーと、ベージュのハーフパンツ。熱海は俺と同じくジャージ姿だった。
「待たせてごめんね~。あ、お菓子ここに置いておくねっ!」
黒川さんがそう言ってからリビングのローテーブルの上にお菓子を取り出していると、熱海が俺に近づいてから、頭を触ってきた。
「有馬、ドライヤーしてないの?」
「……ちょっとだけした」
「乾いてないじゃない。風邪ひいたらどうするのよ」
「髪乾かさないぐらいで風邪はひかないだろ」
熱海が『あたしが乾かす』と言い出しそうな雰囲気を察して、俺は後ずさりする。
たしかに、熱海が家に来ているときはほぼ毎晩頭を乾かしてもらっているけど、その姿を黒川さんに見られたら間違いなく変な風に思われる。
背中を拭いてもらっていることを含め、絶対に外には漏らせない情報だ。
ジト目でにじり寄る熱海と一定の距離を保っていると、熱海の背後から黒川さんも姿を現した。
「ドライヤーって? あ、有馬くん、まだ頭濡れてるよ?」
背伸びをして、俺の頭に視線を向けながら黒川さんが言う。
「これぐらい自然乾燥で大丈夫。というか、別に片手でもできないことはないから、そこまで乾かせというんだったら自分で――」
「それなら私がやるよ! 妹で慣れてるから、人の頭を乾かすのは上手だよ~」
「「え?」」
まさかの伏兵に、俺はもちろん、熱海も同時に驚きの声を上げてしまったのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「えへへ、なんだか男子の頭を触るのって新鮮だなぁ~」
そう言いながら、黒川さんはソファに座る俺の背後に立って頭を乾かしてくれている。頭をわしゃわしゃしたり、指で梳いたりしながら丁寧に。
「妹さんはいまいくつなんだ?」
ドライヤーの音に負けないように、聞いてみる。
「今年で中学三年生だよ~。玄仙高校を受験するって言っていたから、妹が合格したら先輩としてよろしくね」
どうやら黒川さんの妹は二つ年下らしい。そして、玄仙高校に来る可能性があるとのこと。
先輩として――って言われても、一年と三年じゃそうそう関わることもないだろうに。
やっぱり黒川さんに似て可愛いのかなぁと考えつつ、俺は隣でなぜか不機嫌そうに足をパタパタとさせている熱海に目を向けた。自分の仕事がなくなって手持無沙汰なのだろうか。
「いつもは道夏ちゃんが乾かしてあげてるの?」
そこで、黒川さんからそんな質問が飛んでくる。
当然、熱海は『そんなわけないでしょ』とかそういう返答をすると思っていたのだけど、
「たまにね」
彼女は素知らぬ顔でそう答えた。
えぇ……それ言っちゃっていいのかよ。
あれか、黒川さんはそういう勘違いをしないという信頼があるとかだろうか。俺の家に来ていることも黒川さんには知らせているし。
そんな風にひとりで納得していると、なぜか熱海が苦々しい表情に変わる。そしてぎゅっとこぶしを握っているのが見えた。そして、頭を小さく横に振る。
「あたし、ちょっとトイレ行ってくるわね」
熱海はそういって立ち上がると、玄関へ向かって歩き出す。玄関の閉まる音が聞こえたところで、黒川さんがドライヤーのスイッチを切ってから口を開いた。
「なんだか道夏ちゃん、苦しそうだったよね? お腹痛いのかな?」
「どうだろうな……」
俺にはそういう痛みではないように見えたけど。
自分を責めているような、そんな種類の痛みを抱えた表情に見えた。
五分ほどすると、熱海はいつも通りの表情に戻って帰ってきた。
黒川さんには「お腹が痛かった」と話していたが、俺にはどうにもそう思えなかった。じゃあ何が原因かと聞かれても、明確な答えはわからないのだけど。
「有馬くんってどんな漫画を持ってるの?」
テーブルの上にお菓子の箱やら袋を広げられており、コップにはオレンジジュースとリンゴジュースとお茶がそれぞれ注がれている。
俺が昨日家で何をしていたかという話題から、俺が持っている漫画の話になった。
「んー、結構ジャンルがバラバラだからなぁ」
そう言ってから立ちあがり、十歩ほど歩いて自室に入る。
本棚は入り口から近いから、部屋に入らずともドアを開け放てばリビングから見える。熱海は以前『部屋に入らなければセーフ』という持論を展開していたし、黒川さんも同じような考えの可能性もあるから、ここから見れば問題ないだろう。
「おー、本棚発見!」
元気にそう口にした黒川さんは立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。その後ろから、熱海も俺の部屋をのぞきながらついてきた。
「へー、こんな感じなんだぁ。半分ぐらいは見たことないかもっ!」
黒川さんはためらう様子もなく俺の部屋に足を踏み入れ、本棚をしげしげと眺め始める。熱海はというと、リビングと部屋の境界線で立ち止まってはいるが、俺の部屋の中を隅々まで見渡していた。
そんな熱海を見て、黒川さんがポンと掌にこぶしを落とす。
「あ、そっか。そういえば道夏ちゃん、『運命の人以外の部屋には入らないから』って言ってたっけ?」
どうやら熱海は、俺にしたものと同様の話を黒川さんにもしていたらしい。たぶん、俺の家に出入りしているときのことを話したときに説明したのだろう。熱海は「うん」と短く返事をした。
「も、もしかしたら入っちゃダメだった……?」
しばらく本棚を眺めていた黒川さんだったが、唐突にハッとした表情を浮かべ、恐る恐るといった様子で俺を見た。そしてすり足でリビングに向かって歩き出す。
「別に俺は気にしないよ。熱海も、気が変わったら入っていいんだからな?」
なぜかテンションの低くなっている熱海にそう声をかけると、彼女は小さく顎を引くのだった。
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