私は逃げない
@ishikawa0330
第1話
部屋は段々と明るさを失っていた。窓を見れば、夕日は沈む。私の目には夕焼けのオレンジも届かない。だけど、私の胸は恍惚と高鳴る。陽が沈めば、沈むほどいい。
20時まであと、2時間。大切な気持ち。自分が抱えていたもの、高校生のわたしにとってはかけがえのないもの。わたしは全て捨てた。
「ごめんなさい。私。」
でもこれは間違ってない。信じたいものを信じてるから。わたしは何よりも自分の心を信じてる。蒼い空、茜色の夕焼けは見れなくても、眩いほどの月明かりが差し込むこの部屋に居れば、わたしは大丈夫。
19時59分。その瞬間がやってくる。部屋にノックが2回。わたしは返事をする。扉の向こうに、わたしはここにいることを伝えるため。
20時00分。ギシギシと音を立てながら開くドア。わたしの方からだと相手の身体全身は見えない。内開きのドアの隙間から見えるのは相手の腕。差し出された食事。毎晩、彼はわたしに食事を与える。夜ご飯と、翌日の朝、昼の分のきっかり3食。割り箸が2膳。
ほら、この部屋にいればわたしは安全。食事だってもらえる。今のわたしにとっては、ここにいることが全てだ。
「ごめんなさい私。私はここにいなくちゃいけない。」
夜が終わり、また朝が来る。そして、次の日もまたその時が来る。
19時59分。またいつもの瞬間がやってくる。わたしの拳に力が入る。緊張しているのが全身でわかる。だけど、大丈夫。このためにここにいるんだ。わたしは逃げられたのに、ここに残ることを選んだんだ。
20時00分。
20時30分。
「私へ、我慢してくれてありがとう。もう自由です。」
-翌朝ABCテレビ報道-----------
「新たな展開があった1ヶ月前の誘拐事件。山本茜さんがついに見つかりました。昨夜21時、山本さん本人からの通報によって発見されたものです。容疑者はすでに死亡しており、警察は詳しい経緯を究明中です。」
-昨夜21時00分------------
「警察です。110番でございます。」
「わたし、山本茜と言います。1ヶ月ほど前に誘拐されたものです。わたしを連れ去った犯人を殺しました。」
電話越しに、警察の方が慌てている様子が伝わるなか、茜はそのまま続けた。
「彼は毎晩、わたしに食事を与えます。その時に渡される割り箸が凶器です。1ヶ月。ずっと割り箸を床や壁に擦り付けて、尖らせ、待っていました。尖らせた割り箸を束にして、まずはドアから覗いた右手を突き刺しました。わたしに食事を与え、生かし続けた右手を。狼狽えた彼は、こちらに顔を向けた。その瞬間に眉間にもう1束を突き刺しました。」
「少し、待ってください!いま、あなたはどちらにいるのですか!!」
茜は警察の質問に答えることなく、淡々と続けた。
「私は自由になりました。本当は逃げられる隙なんて沢山ありました。本当は心の底から怖かったです。だけど、自分を騙して、なんとか耐えました。わたしはこれでやっと、父と母のもとへ帰ることができる。ご迷惑をおかけしました。」
「ご両親の元へ帰るって…。待ってください!!あなたのご両親は誘拐犯によって…、まさか、あなた…。」
「知ってますよ。わたし、目の前でしたから。その隙にわたしは逃げられたけど、わたしは逃げなかった。大切だったもの全部捨てて、付いていったんです。警察の方達に責任はありません。お気になさらず。誘拐事件は解決しました。」
電話はプツリときれ、そこから15分後。110番通報の逆探知から割り出された住所へ、警察が向かうと、山本茜が首を吊っているのが発見された。
私は逃げない @ishikawa0330
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます