第104話:老飛竜との交渉

神歴1818年皇歴214年10月10日帝国北部大山脈裾野:ロジャー皇子視点


「ない、卑小な人間との交渉などありえな!

 さっさと言う通りにしないと、大山脈にいる人間を全て焼き殺すぞ!」


「おかしいな、古代飛翔竜様はとても慈悲深い竜だと聞いていたのですが?」


「な、何を言っている?!」


「弱き者に対する慈悲深さを持った古代飛翔竜様が、卑小な人間のする事に目くじらを立てるとは思えなかっただけです」


「人間、古代飛翔竜様ならお前の頼みを聞いてくださるとでも言いたいのか?!」


「それは分かりません、人間のような卑小な存在に、神々に匹敵すると言われている古代飛翔竜様の事情など分かるはずがありません。

 何か高次の問題で、大山脈の地下に穴を空けてはいけないのかもしれません。

 ですが、単に縄張りの下に穴を開けられたくらいで、人間ごときに配下の飛竜族を使わされるとは思えないのです」


「……矮小な人間にしたら言葉が上手いな」


「お褒めに預かり光栄でございます」


「褒めてなどおらんわ!」


「はい、分かっております。

 ですが、1度戻られて古代飛翔竜様に確かめられた方が良いではありませんか?」


「卑小な人間の分際で、老竜である俺様を脅かしおって!」


「脅かしているのではありません、心配しているのです。

 老竜様が古代飛翔竜様の事を思ってやられた事で、古代飛翔竜様に叱られるような事がなければ良いと思っただけです」


「ふん、余計なお世話だ、次に会う時までに人間は引き上げさせておけ」


 老飛竜はそう言うと、大山脈の山頂に戻っていった。

 思わず安堵の息を長々と吐いた。

 老飛竜と壮飛竜が相手なら勝てるが、飛竜族全体を相手にしたら勝てない。


 単なる殺し合いなら逃げ隠れする事もできるから、引き分けに持ち込める。

 だが、俺には守らなければいけない民がいる。

 数の暴力で来られたら、全ての民を守る事はできない。


 さて、古代飛翔竜はトンネルを掘る事を認めてくれるだろうか?

 老飛竜が完全な独断で止めろと言ってきたわけではないだろう。

 何か前例があって、俺の魔術を感じて直ぐにやってきたはずだ。


 ただ、前例はあったが、古代飛翔竜に確認を取っていなかったのだ。

 もし例外があったら古代飛翔竜に逆らった事になるから引いてくれただけだ。

 今度飛竜族が来た時が、帝国が滅ぼされるか生き延びられるかの境界線になる!


 今発動させている3つのトンネル造りの魔術は解除する。

 言い返しはしたが、聞く気はあったのだとアピールしておく。

 殺しても良い奴らしか大山脈内に住ませていないが、無駄死にさせる気はない。


 必要以上に民を虐げて富を搾取していた者は、楽には殺さない。

 使えるだけ使って、自分がやってきた事を思い知らせてから死んでもらう。


神歴1818年皇歴214年11月11日帝国北部大山脈裾野:ロジャー皇子視点


「急げ、急いで大山脈から逃げろ!

 飛竜族が出て行けと言ってきた、急いで出て行かないと焼き殺されるぞ!」


 俺は大山脈開拓地の村々を周って追い立てた。

 眠り込んでいる深夜であろうと関係ない。

 昼に倒れるほど働かされていても全く関係ない。


 こいつらがこれまで領民にやっていた事と同じだ。

 むしろ殺されないように警告しているのだから感謝されて当然だ。

 こいつらなら、自分が逃げるために領民を囮にしていたに違いない。


 全ての村を巡ってから帝都に戻った。

 帝都の家臣達にやってもらわなければいけない事が山ほどある。

 特にアントニオ護衛騎士隊長には、総司令官として帝国軍を動かしてもらう。


「飛竜族から大山脈を出て行けと言う警告があった。

 更に皇国と通じるトンネル造りも止めろと言ってきた。

 大山脈の民は急いで北部地域に移動させている。

 問題が起きないように、総司令官の権限で騎士団と徒士団を動員しろ」


「私の命令よりも殿下の命令の方が良いのではありませんか?」


「俺も命令をするが、総司令官も同じ命令をだせ。

 俺の命令書に添え書きするだけでも良い、全ての機会をとらえて基盤を築け」


「分かりました、使い魔の負担にならないように、添え書きさせていただきます」


「トンネル造りは残念だが中止した。

 順当に発動していたが、飛竜族に人間殲滅の理由を与える訳にはいかない。

 飛竜族とは引き続き交渉するが、受け入れられる可能性は低い。

 皇国と帝国を行き来できるトンネル造りは諦めるしかないだろう」


「いや、いや、そもそも誰もできるなんて思っていませんでしたから。

 大山脈ですよ、大山脈!

 古代飛翔竜様が飛竜族を率いて支配している大山脈の下に、500kmものトンネルを造るなんて、最初から誰もできるなんて思っていませんよ」


 スレッガー叔父上が俺の心を慰めようと朗らかに言ってくれる。

 確かに、俺も最初は無理だと思いながら実験的をやった。

 それがとんでもなく簡単にできてしまったので、感覚が狂っていたようだ。


 確かに、普通に考えたら絶対に不可能な事だ。

 やれたとしても、とんでもない魔力と時間をかけて少しずつ造るのが普通だ。

 それが、周囲の魔力や魔素を活用して造れそうだった……


 正直とても惜しい、惜し過ぎてみんなの前で地団駄踏みそうになる。

 まあ、造っている途中で魔術が止まる可能性が高かったが……


「そうだな、たまたま上手くいったが、普通なら不可能な話だ。

 だが、全く可能性が無くなったわけではない。

 使いに来た老飛竜を言い包めて、古代飛翔竜様に確認を取ってもらっている。

 人間に対して優しいという伝説が残っている古代飛翔竜様だ。

 もしかしたらトンネルを造りも開拓地も許してくださるかもしれない」


「殿下、頭を下げてお願いするのなら止めませんが、人間を相手にする時のように交渉する気なら、力尽くで止めますよ!」


 スレッガー叔父上が本気だ、ほどほどにしておこう。

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