第93話:快速船

神歴1818年皇歴214年8月26日帝国南部の交易湊:ロジャー皇子視点


 この世界この時代の船は全て帆船で、普通は風と海流の影響が物凄く大きい。

 ただ、魔術で風を操ったり海流を操ったりして船足を早める事はできる。

 だが、1日中魔術で船足を速める事は、人間の魔力量的に不可能だった。


 ところが、バーランド帝国が亀形海魔獣ザラタンに船を引かせたような、これまでにない革新的なやり方が生まれると、劇的に状況が変わる。


 普通に風任せに船を操っていたら、早くて半年、長ければ1年はかかるバーランド帝国とアステリア皇国の往復が、1カ月でできてしまった。


 俺と共に片道を経験した海魔獣がたくさんいて航海路を覚えた事。

 10万匹もの魔魚が襲って来る海魔獣や魔魚を皆殺しにしてくれた事。

 そんな事が重なって、行き来する度に早くなっている。


「よく無事に戻ってきてくれた、お前たちの忠誠に感謝する」


「とんでもございません、皇国騎士として当然の事をしただけです」


 艦隊司令代理として送り出した士族が、少し自信をつけた表情で答える。

 彼にとっては良い経験になったはずだ。

 いや、500人の皇国士族全員の良い経験になっただろう。


「半数の250人は、皇国に残って不幸な目にあった者たちの世話をしています。

 欠員となった250人と経験を積ますための500人は、殿下から指示のあった者を選抜しました」


 艦隊司令代理が、俺は1番気になっている事を報告してくれた。

 しかも、解放奴隷という微妙な言葉を使わず、不幸な者たちと言ってくれた。


 思っていた通り、能力も有れば気遣いもできる男だ。

 それに、勝手な判断をせずに俺の指示通りにしてくれている。


 俺が皇国を留守にしている間に、ジョージ皇帝やハリソン皇父が悪い癖を出して、身勝手な指示をだしているのに、俺の指示を優先してくれた。


 魔海航行艦を十分に働かせようと思ったら、1艦に500人の戦闘員や乗員が必要なのだが、それでは解放した奴隷を皇国に帰せる人数が減ってしまう。


 ザラタンなどの亀型海魔獣が艦を引っ張ってくれて、他の海魔獣や魔魚が艦を護ってくれるから、戦闘員や乗員はいなくても良いのだ。

 経験にはなるが、本当の実績とは言い難い。


 だが、これまでは異国から皇国に船が来るだけで、皇国から異国に船で乗りだす事がなかったので、魔海に乗り出して遠くバーランド帝国まで往復したとなれば箔が付き、皇国士族として出世の糸口になる。


 悪い癖をだしたジョージ皇帝とハリソン皇父なら、俺には分からないと思って、賄賂を渡した者やお気に入りの者を艦隊の乗員にしろと言いだしている。


 ジョージ皇帝とハリソン皇父には教えていないが、使い魔を通して、2人が悪い癖を出して賄賂を渡した者を押し込もうとしたのを確認している。


 バカ、愚かとしか言いようがない2人だ。

 選帝侯たちを懲罰した時の事を考えれば、俺に特別な諜報能力があると分かる。


 自分に都合の良い事しか認めない、都合の悪い事からは目を背けて認めない、どうしようもないクズでバカだ。


「色々な圧力や誘惑があっただろうに、良く余の命令を忠実に守ってくれた。

 皇国に戻ったら1航海休みを取ってくれ」


「いえ、最後まで艦に乗せてください!

 能力を高め経験を積める機会を逃すのは嫌なのです。

 不幸な者たちの世話を命じられた者たちも、本当は艦に残りたがっていました。

 殿下の命令であるのと、不幸な者たちの事を考えて船を下りましたが、本当は船に残って能力を磨き経験を積みたかったのです」


「そうか、分かった、不幸な者たちの世話は、バカン辺境伯家の家臣に任せよう。

 新たに選抜した者で、1航海ごとに休みが欲しい者に任せても良い。

 最初に選抜した500人で艦に残りたい者は、好きに残って良い事にする」


「ありがとうございます、みな喜びます!」


 俺の歓心を買うためのオベンチャラやウソではないと思う。

 同じ釜の飯を食った船乗り仲間に為に、本心からお礼を言っているのだと思う。

 もし違ったのなら、よほど俺には人を見る目がないのだろう。


 2人で話している間も、今回の艦隊で皇国に帰る解放奴隷たちが艦に乗り込む。

 消耗される食糧などの物資も次々と積み込まれていく。

 積み込み作業を行いながら、使い魔たちが艦底外側についた貝や海草を取り除く。


 普通なら造船ドックなどに入れて人間が掃除するのだが、俺の使い魔、クラーケやザラタンがいてくれるので、彼らが食べたり剥がしたりしてくれる。


「そうだ、艦隊に必要な穀物や果物は帝国でも用意できるが、塩漬け肉を用意するのが大変なのだが、肉ダンジョンで確保できそうか?」


 艦隊司令代理が皇国に戻った時に、皇帝に対する要望書と、皇都に常駐してるバカン辺境伯家の家臣に指令書を渡してもらった。


 肉ダンジョンでできるだけ多くの肉を手に入れて塩漬け肉を作れてという内容だ。

 肉は、皇国に残っている家臣や冒険者たちが手に入れてくれる。

 塩は、俺が海岸沿いの領地に塩田を造ってやったから手に入る。


「自分は急いで交易湊を出港しましたので、皇帝陛下と殿下の家臣団がどのように対処されたかは分かりませんが、必ず用意されていると信じております」


 艦隊司令代理の言うように、交易湊に塩漬け肉が用意されていると助かる。

 今はこれまで蓄えてきた肉ダンジョンの剥ぎ取りと塩を使って、艦隊に積み込む塩漬け肉を用意している。


 帝国で農民や巡回部隊をしている解放奴隷には、海で狩った普通の魚を材料にして食事を用意している。


 ほぼ毎日、大山脈と帝都と海を往復して、1度に大量に狩れる、群を作るイワシ、アジ、サバ、イカのような魚を獲り食料にしているのだ。


 広大な海、それも沖合で狩っているから、今直ぐ帝国や隣国の漁民に悪影響を与える事はないと思うが、長くやり続けたら必ず悪影響が出るだろう。


 それでなくても、使い魔にした多数の魔海獣や膨大な数の魔魚が、魚資源を喰い散らかしているのだ、俺までが無制限に魚を獲り続けるのは危険過ぎる。

 できるだけ土の成分から肉を創り出す肉ダンジョンを活用したいのだ。

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