第68話:クラーケンとザラタン

神歴1818年皇歴214年3月26日ロジャー皇子の間:ロジャー皇子視点


「殿下、一大事でございます」


 俺が宮殿の表に設けられた部屋で休んでいると、内務省の宮中男爵が、礼後作法も忘れ顔面蒼白となって飛び込んで来た。


「何があっても俺がどうにかしてやる、安心しろ」


「ありがとうございます、ですが、殿下と言えど、どうにかできるとは思えません」


 少しは顔色が戻って来た宮中男爵だが、まだ絶望的な表情をしている。


「心配するな、安心しろ、俺にできない事は少ない。

 だがお前がそこまで言うのだから、とんでもない事が起きたのだろう。

 先ずは話してみろ、全てはそれからだ」


「はい、左様でございますね、先ずは話させていただきます。

 皇国北西部にある貿易港に、クラーケンとザラタンが現れて大暴れしております」


「何時だ、何時現れた?!」


「半日前でございます。

 快速の魔術を使える者達を組み合わせた駅伝で、今知らせが届きました」


「俺が行く、皇帝陛下に報告しておけ」


「お止めください、危険でございます、殿下、殿下、お待ちください!」


 内務省の宮中男爵の叫び声を聞きながら、部屋を飛び出した。

 一刻一秒を争うので、通常の手続きなどやっていられない。

 通常の道も無視して、一番早く貿易港に行ける道を選ぶ。


 いや、宮殿も城壁も濠を無視して駆けるのだから道とは言えない。

 貴族や士族の屋敷も俺の行く手は阻めない。

 屋敷の屋根など、俺が駆けるための踏み台にしかならない。


 6カ月前に、バカン辺境伯領から皇都に駆けた時と同じ速さで向かう。

 魔山、河川、街道を無視した直線距離ならほぼ同じだ。

 

 前回同様、行く手阻む魔獣は獲物でしかない。

 狩った魔獣は自動回収機能を使ってストレージや魔法袋に保管する。

 表に出せる物は売り払って魔海航行艦の建造費に充てる。


 貿易港にある皇国の役所は無視する。

 儀礼的な挨拶や煩雑な手続きに時間を取られる訳にはいかない。

 最優先しなければいけないのは、民の命だ!


 駆ける速さと力を利用して、海の遠くまで見渡せるように高く飛んだ。

 まだ流氷に覆われた海岸線に、流氷を割って大暴れする魔獣がいる!


 大きく広げた足から足の間が80メートルはある巨大タコだ!

 巨大タコが割広げた海の道の先には、大カメに牽かれた船がいる。

 単なる魔獣災害ではなく、人間が操る魔獣が襲って来たのだ。


 理解した途端、怒りの余り頭が沸騰した!

 俺が交易を禁止させた事を、軍事力で取り消させようとしたのだ。

 正式な使者をたてて交渉するのではなく、民を殺して言う事を聞かせようとした!


「死ね!」


 頭の中で、大タコを切り刻むイメージをして魔力を叩きつけた。

 呪文を唱えて魔術を放つ心の余裕などない。

 ただ怒りのままにイメージして魔力を叩き付ける!


 巨大タコ、クラーケンに俺を攻撃する余裕はない。

 俺を知覚する事もできずに一方的に攻撃を受けるだけだ。


 それでも、並の人間、いやそれなりの魔術士が相手でも傷1つ受けない。

 強靭さと柔軟さと粘力を兼ね備える外皮と粘膜が、ほとんどの攻撃を弾き返す。


 万が一外皮と粘膜を破ったとしても、強靭な筋肉が受け止める。

 いや、それ以前に外皮と粘液に満たされた魔力で防がれる。


 だが、俺が激怒して放った攻撃は、全長80メートルを超えるクラーケンの守りを薄紙のように容易く切り裂く。


 根元では直系10メートルにもなる足を100ケ所で切断する。

 直系30メートルはある頭部を、10メートル四方のサイコロに切り刻む。

 どれほど再生能力があっても復活できないように切り刻む!


 ぶち殺したクラーケンは、俺が意識しなくてもストレージに収納される。

 生きているモノは収納できないストレージだから、絶命したのは確実だ。


 俺は斃したクラーケンの事は意識から消して、巨大カメ、ザラタンと敵の魔海航行艦に意識を集中する。


 殺したい、無残に殺された民の復讐に皆殺しにしたい!

 だが、もし敵魔海航行艦の中に人質がいたら、一緒に殺す事になる。


 こういう卑怯下劣な行いをする奴は、人質を取ると相場が決まっている。

 俺が人質の解放を条件に交易を禁止させたから、こちらの弱味、優先順位が民の命に代わった事を理解しているはずだ。


 これが、対象となる人質が少数の場合は、交渉に利用できる人質は、こちらが奪い返せない敵本国に置いておくだろう。


 だが、腐れ選帝侯たちが売り払った民の数は数十万人だと考えられる。

 それだけの人質がいるなら、100人や200人はこちらに連れて来る。

 こちらに連れてきたうえで、交渉を有利にしようとする。


 だから迂闊に攻撃できないが、何もしないと舐められる。

 舐められた状態で外交交渉などできない。

 この世界は理性よりも暴力が優先されるのだ。


 今一番優先すべきは、これ以上民を殺させないようにする事。

 二番目に優先すべきは、敵の船にいるかもしれない人質を助け出す事。

 敵を皆殺しにするのは、その後だ!


「俺の使い魔になれ、ビー・マイ・ファミリア!」


 凍った海に悠然と浮かぶ巨大カメ、ザラタン。

 さっきよりは少しは冷静になっているから、大タコのように切り刻んで殺すのではなく、完全服従の使い魔にする事にした。


 タコは、美味しく食べたいと思ってしまったから殺したのではない。

『スッポンならともかく、海亀を食べるのは可哀想と』と思ったから使い魔にしようとしているのでは断じてない!


 俺の実力を敵に思い知らせて、これからの交渉を有利にするための方法だ。

 

「船にいるモノは全員動けなくする。スリープ、パララサス 」

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