第47話:羊皮紙と狼皮紙

神歴1817年皇歴213年6月1日アバコーン辺境伯領フォレスト・ウルフダンジョン:ロジャー皇子視点


 アバコーン辺境伯領にあるフォレスト・ウルフダンジョンは、その名の通りフォレスト・ウルフだけが出現するダンジョンだ。


 ドロップも微妙で、1/10の確率で狼の皮か硬貨を落とす。

 つまり20回に2回狼の皮か硬貨を落とすのだ。


 この世界のダンジョンは、俺が調べた範囲ではこのケースが多い。

 土の成分を利用した硬貨と、もう1つ人間の役にたつ物を落とすのだ。

 だがその影響で、この世界では鉱山が全く開発されていない。


 それはそうだろう、あるかないか分からない鉱山を探し回り、落石で生き埋めになる鉱山など開発しなくても、ダンジョンでモンスターを狩れば硬貨が手に入る。

 その硬貨を熱して叩けば、いくらでも道具に造り直せるのだから。


 フォレスト・ウルフダンジョンも硬貨が手に入るという点は良いのだが、問題はその硬貨を手に入れるのがとても難しい事だ。


 元になるフォレスト・ウルフの習性に従っているのか、相手の方が強いと感じると、一目散に逃げてしまうのだ。

 

 更にゴブリンよりも賢く、群での狩りがとても上手い。

 バカな指揮官に率いられた人間よりも上手く連携攻撃をしかけてくる。


 人間が上手くやって、逃がさずに狩りをしたとしても、手に入るのはゴブリンダンジョンの半分しか落とさない硬貨と、使い道が微妙な狼の皮だ。


 狼の皮は防寒具としては優秀なのだが、それなりに文化が発展した皇国で、200年に渡って落とされ続けた狼の皮は、そのままだと安く買い叩かれてしまうのだ。

 それならまだ硬貨の方が、価値が下がっていないのだ。


 ただ、アバコーン辺境伯家も何の努力もしていなかった訳じゃない。

 常に品不足で高価な羊皮紙に目をつけて、狼の皮で狼皮紙を作り出した。

 

 羊皮紙は材料が絶対に羊でなければいけない訳じゃない。

 羊は、人間が家畜にしているから安定して手に入るので、材料にしているだけだ。


 だが、全ての羊皮が羊皮紙に使える訳じゃない。

 寄生虫や皮膚病、もちろんケガによる傷跡がある皮は羊皮紙には使えない。

 だが全く傷跡のないダンジョン産の狼皮は、全て紙に加工できるのだ。


 それだけでも凄い着眼点と努力なのだが、アバコーン辺境伯家はそこで歩みを止めず、更に考えて狼皮を有効に利用したのだ。


 狼皮紙使って写本をして、本にする商売を始めたのだ。

 この世界の騎士や徒士は、日本の武士と違って大手を振って副業ができる。

 本業である武力がないとバカにされるが、文武両道は称えられる。


 知識を活用して本を作る副業は、騎士として誇れる事なのだ。

 ただ、獣皮紙で作った本は、平民の家なら買えるくらい高価なのだ。

 そんな依頼者を獲得するのは難しいので、大半は狼皮紙のまま売っているそうだ。


「それはしかたありませんよ、もっと安くないと騎士や徒士でも本は買えません。

 普通は木簡を使いますし、口伝で伝えている家も多いです」


 スレッガー叔父上はそう言うが、前世の記憶がある俺には違和感がある。

 植物紙が大量に作れるようになれば、本は劇的に安くなる。

 活版印刷を再現するのは無理だが、版画で刷る方法なら俺でも再現できる。


 ただ問題は、この世界の識字率が極端に低い事だ。

 皇国全体を平均すると7%程度だと思う。


 都市部には貴族士族、聖職者や商人が集まっているので比較的に識字率が高い。

 だが圧倒的に人の多い農村では5%以下だと思う。


 中世ヨーロッパのような世界だから、これが普通といえば普通なのだ。

 だが江戸時代の識字率は全国平均でも60%以上あった。

 安価な紙さえあれば農民にも字を教える事ができるはずだ!


「紙を安く作ってみるか?」


「殿下、アバコーン辺境伯家を味方につけたいんじゃないんですか?

 フォレスト・ウルフダンジョンを荒らして紙を安く売り出したりしたら、思いっきり恨まれますよ!」


「そうだな、その問題を何とかしなければいけないな。

 狼皮紙と俺の作る紙を住み分ける方法を考えないといけない」


 さて、まずは狼皮の活用法を考えるべきだろう。

 狼皮紙に紙や本以外の高価な活用法があれば、俺が安価な植物紙を作っても何の問題もない。

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