視線(←ホラー始まりそうだけど……いや、ある意味怖い

「……」


 顔を上げたらいけない──


「…………」


 音を言葉として認識してはいけない──


「………………」


 人を感じるな、誰もいない。そう、今は僕一人だ──と僕は自己暗示しながら廊下を進む。今はもうお昼だけど、朝の一件から柊樹ファンの視線は一向に変化しない。廊下の隅でヒソヒソと話しているが多分僕のことだろう。


 なんでこんな目に合わなきゃいけないんだぁ! って思うけど柊樹さんを誘ったのは僕なのだから我慢しなくちゃ……


「あ、ナル」


 横から僕を呼ぶ声。カケルだ。はっと顔を上げ、声が聞こえた方を見る。カケルは教室の席に座ってこっちを見ていた。それは良いのだが、カケルの席は奥の方なのでカケルと僕の間にはたくさんの視線が……


「おい、あいつ。柊樹さんをたらし込んだ──」

「いやぁぁぁーー!!」

「お、おい。ナル!」


 僕を見つけた瞬間、蔑むような目で僕の話を始める生徒。それが怖くて僕は走り出していた。カケルの声が聞こえたけど止まれない。走り出したことで更に目立ってる気がする、けど無理! 止まれないよぉ!


 まずい、これが視線恐怖症なのか……


 ◇ ◇ ◇


「ったく、どこ行ったんだよ」


 俺──萌葱翔月──はナルを追って校内を駆け回っていた。


 ナルを見つけて声をかけたのがいけなかったのかもしれない。あのとき、自分が近づいてから話しかけていれば──と後悔と自責の念が心を支配しているがそれどころじゃない。先にナルを見つけないとあいつ、変に思い詰めて狂っちまいそうなんだよな。


 もう既に一年教室とかがある一階は全て見た。二階、三階の方は上級生の領域テリトリーなのでナルは行かないだろう。一つ有り得るのは屋上だが、昼は上級生もいる。やはり可能性は低い。


「となると、体育館の方か……」


 俺は体育館に向けて走る。普段からモンスター相手に駆け回ってるから足には自信がある。残像を残しそうなスピードで俺は走って走って走り続けた。


「いや、よく考えたら僕が怯える必要なくない? 彼奴等が柊樹さんを誘わなかったのが悪いんだし、OKもらえた僕は運が良かったってことじゃん」


 体育館に着いたとき、体育館裏の方からナルが出てきた。その顔は何故か清々しい。目がちょっと赤いから泣いていたんだろうけど……


「あ、カケル。どうしたの、こんなとこまで」


 俺を見つけて呑気に首を傾げているナル……その表情には俺が全力疾走して自分を探していたなんて夢にも思ってなさそうだ。コイツ、人の努力を……


「とりあえず、良かった」

「ん、何が?」

「その……不登校になるかもしれないなって」


 事実、俺は中学時代に不登校になった奴を知っている。そいつは虐められて人の視線が怖くなって──云々言っていた。その時は俺と伊織で慰めたが……


「アハハ、心配してくれたんだ。大丈夫だよ。何ていうか、僕って自己管理できる子だからね♪」


 目の前の男の娘にはそんな心配しなくて大丈夫そうだ。てかコイツ、泣いていたのが嘘の様な急変ぶりだな。確かにナルはあんまり細かいこと気にしそうにないけど。


「いや待って、男のって言った?」

「いえ何のことでしょうか。知らないですね」


 コイツ、本当に自分を『女の子』と間違われたりからかわれたりするの嫌うなぁ。見た目完全に美少女だから逆に誇っても良いと思うけど。


「ふざけんな、僕だって男子なんだよ。カケルは自分が女子と間違われて嫌じゃないの?」

「別に? 間違った方の目がおかしいだけだ」

「うっ……カケルじゃ話にならないかも」


 すごく不名誉なこと言われた。まぁ、ナルの容姿だと十割間違われるが……逆に初見で男子だと見抜ける奴いるのだろうか。


「うるさいなぁ。セクハラで訴えるよ」

「なんでセクハラなんだよ……パワハラじゃね?」

「パワハラは暴力パワーだよ?」


 いや暴言等で人格を否定するのもパワハラらしい。セクハラは性的な発言が云々……どっちかと言うとパワハラなんじゃないか。


「まぁそんな細かい定義とかどうでもいいの! とりあえず訴えるよ」

「いや待て待て、俺は事実を述べただけで──」

「ん?」


 ナルの笑顔が怖い。なんで事実を言っている側の俺が責められなきゃいけないんだ……


「ま、いいや。とりあえず柊樹さんのとこに行こう」

「伊織のとこに、何故?」

「えー、カケルと柊樹さんが一緒にいる所で僕の噂なんて出来ないでしょ? 安全地帯じゃん」


 別に俺がいても教室の奴らは噂してたけど……まぁ伊織の前で出来ないってのは事実かもな。っと言ってもアイツの教室俺の隣だからあんまり変わらないような気もするが。


「よし、行くぞー!」


 とりあえずナルは元気そうで良かった。この様子なら変に気遣う必要もないだろう……


「カケル何してんの。早く行くよ」

「はいはい、りょーかい」


 俺は苦笑しながらも先を行くナルの背中を追いかけるのだった。さてさて、こんなリーダーだが来週の期末試験はどうなるんだろうな──

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