第29話「先天の怪物、後天の狂人」



 ジュリアスは杖に光を灯し、中層から甲板につながる階段を上がろうとしていた。

 彼が手にしている杖には既に強化魔法が付与されていたが、かけられた魔法の相性次第では問題なく共存できる。


 ジュリアスは一見無防備でいながら、衣服や杖等に魔法をかけることでしっかりと武装していた。


 言ってしまえばやっていることは即興か永続か、それだけの違いでしかない。

 時限式で不可視だが、現状のジュリアスは魔力を帯びた武具で全身を固めているに等しかった。




*





 ……上の甲板から聞こえてくる水夫の声は血気盛んで威勢はいいが、裏を返せば怒気であって殺気ではない証でもある。


「ま、遊び半分だよな」


 まだ連中が深刻ではないなら、前倒しで使ってしまってもいいか──

 ジュリアスはそのように考えて階段を少し上がったところで足を止め、呪文を唱え始める。


は想念と意志の力、奇跡を顕現けんげんする根源こんげん──』


 まずはお決まりの文句──〝魔法のアンロック・合言葉キーワード〟を唱えて、精神を集中させる。

 次なる呪文はを送る為のものだ。上空に飛ばして、発動させる。


 ──合図に使う魔法は前もって考えておいた。

 最初は適当な攻撃魔法を検討していたが、港や船上からの合図では中途半端な音や光は町中まで届かないのではないか? ジュリアスはふと、思い至ったのだ。


 彼が普段暮らしているスフリンクならその通りだし、実際に町中から港まで歩いていく途中で考えは正しかったと実感した。規模はスフリンクよりも小さいとはいえ、町中まで距離はある。


 港までならそれなりの火炎と爆音でなんとかなろうが、町中の人間に気付かせるとなると、攻撃魔法を使用するならやはり大技でなければならなかった。


 現時点の手持ちで最大の手札は〝小太陽リトルフレア〟という爆炎の攻撃魔法だが、そんなものを使えば余波だけで船が燃えてしまう。例え炸裂する前に海に落としたとしても爆発や波が惨事さんじを起こしかねない。


 今のジュリアスに賠償金を支払う余裕なんてこれっぽっちも無いし、却下きゃっかは当然の判断だった。なので──


『星の明かり、月の明かり、天にさからいて地より照らす』

『星明かりを消し、月明かりを消し、太陽に並ぶ人のあかり

灯火ともしび消えんとも輝きを増す、あふれてこぼれ、こわれてほろぶ』


『もっと光を! もっと光を! いとも願いし、もっと光を──!』


 甲板とを繋ぐ階段には屋根に当たる部分が取り外されて今はない。壁を背に頭上を見上げれば、星空が見えていた。ジュリアスは空を見上げながら仰々しく杖を向け、呪文を唱え終わる。そして、最後に叫んだ──!


「〝炎天サニー〟!」


 岩のような光の塊が両手で掲げた杖先から発射された!

 それは高速で空に打ち上がり、限界まで達すると落下直前に発動、凄まじい光量で輝きながら滞空を始める!


 ……甲板から水夫らが困惑するどよめきが聞こえる。それを耳にしたジュリアスは小さく笑った。


 が空にあるうちは見上げてはいけない。

 特に最初の数瞬は真夏の太陽に匹敵する。目映まばゆい光に照らされながらジュリアスはうつむき加減で再び階段を上り始めた。





*




 ……そうして、ジュリアスが甲板に上がると、昇降口を取り巻くように水夫たちが待ち受けていた。人数は十人ほどだろうか? 船の大きさの割に少ない気がするが、残りは盛り場にでも繰り出しているのか?


 ジュリアスが連中を一通り見回してみると、流石に素手の者はいなかった。

 思い思いに武器を手にしているようだが、見えている範囲では鈍器に相当するものばかりである。つまりは、殺傷力の低そうなものがほとんどだった。


 ──ジュリアスはひとつ、嘆息をつく。


 彼らの様子を観察するに戦意は集団を維持することでそれほど下がっていないが、そのせいで深刻度も低いので殺意も高まっていない。心理的には未だ危険な盛り場の延長線上……当事者であり、野次馬であり、そんな酔客の気分か。


(文字通り、酒も入っているようだしな。もう少し暴れてみせる必要が……うん?)


 その時、人垣がを恐れて自然に割れた。そこから出現したのは、あからさまに機嫌の悪そうな──


「船長……」


 小声で誰かがうめいた。ジュリアスも昇降口から歩み寄り、船長と再び対峙たいじする。


「よう。また会ったな」 

「テメエか? で何かしてるのは。面倒な真似しやがって……!」

「面倒な真似? ……ああ、のことか?」


 にわかに殺気立つ船長相手にも、まるでどこ吹く風。

 あくまで自分の調子を崩さず、とぼけたようにジュリアスは解説を始める。


「……あれはな、魔法で作り出した急造の太陽さ。もっとも、人に太陽の複製や模造なんか出来やしないから大体、十分かそこらで消えてしまうがね。特に最初と最後がまぶしくてな──瞬間的な光量は真夏の太陽にも匹敵する。名は"炎天サニー"。照明系統では最上級の呪文で、戦争中に生まれた魔法らしいぜ?」


「そんな迷惑なもんで何しようってんだ、お前は……!」


「喧嘩さ」

「喧嘩だ……?」


「そう、喧嘩だよ……がないと色々と不便だろ? だからこうして、明かりをつけてやったのさ」


 ジュリアスは涼し気な顔でスラスラと言ってのける。

 前述の通り、本当の目的は別にあるが嘘は言っていない。これから乱闘するにしろ決闘するにしろ、明かりがあった方がはかどるのは事実である。


「どうやら、死にてェらしいな……」

「……ふざけてるのか?」

「あ?」


「手斧くらい持ってこいよ。頭をかち割る度胸もないのか?」

「上等だよ……!」


 周囲を取り囲む水夫らがざわつく。乱闘ではなく、決闘と決まった瞬間だ。

 ジュリアスと船長の二人は睨み合いながら、無言で船の中央に歩き始め──二人を囲んでいる人の輪も邪魔にならぬよう、そっと広がりながら連動して移動する。


 ──ジュリアスはこの間に、誰にも気付かれず杖の強化魔法をかけ直していた。

 今までのは耐久性を上げる初歩的なものだが、新たにかけ直した魔法はそれまでに加え、鋼鉄並の硬度を付与している。


 木材の軽さに鋼鉄の硬度……それがどれほどの凶器なものか? 。敵対する人間にかける情けはない。


 一方、ジュリアスと相対する船長も初対面の印象からは最早、真逆──全身からは殺気を噴き出し、抑えようともしなかった。今すぐ斬りかかってもおかしくないほど彼の目は血走っている。


 そんな二人の決闘を見届ける者たち……彼らは、個人としては事なかれ主義。


 集団に属しているうちは気も大きくなり、罪の意識は希薄になってものはずみの殺人程度もつい、許容してしまう。それを無頼ぶらいだなんだと言い換える。群集心理としてはありがちだし、珍しくない。荒くれ者といえど一皮むけば常識的な人間に過ぎない。


 そんな彼らにとって……いや、賢明な人間にとっては殺人とは取り返しのつかない非常手段であり、最終手段だ。普通なら避ける。匂わせても極力、避ける。はっきり言ってしまうと実益がないからだ。どうみたって損しかしない。


 必要に迫られればやる時はやるが、そうでないなら、やらない。

 人間にはちゃんとした理性がある。ただそれだけの、当たり前の理屈だ。


 だから、躊躇ちゅうちょなく突っ走ってしまう者には潜在的に恐怖する。或いは一目置く。

 こいつらは彼らの世界でも少数派だが、決していない訳ではない。何処の組織にも必ず一人はいる、


 ──今宵こよい、そんな後先をかえりみない人間がこの船には二人いた。





*****


<続く>


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