第18話「真意」
準備完了したなら長居無用、パスカールの街から南下して港町ミリバルへ向かう。
街壁の外へ出る際に門番から積荷などを検められるが、問題は発見されなかった。
馬車三台の一団は澄み切った冬空の下、堂々と出発したのである──
*
……馬車を馬なりに走らせている。
絶え間ない日差しに寒風も和らぎ、旅をするには絶好の日和である。
この一団も例外ではなく、行程は順調に進んでいた。
また、進む街道も別に意地悪なところはない。
せいぜい橋を渡るために回り道したり、里山や小高い丘を避けるために一部の道が曲がりくねっているくらいで難所というほどのものはなかった。
「ミリバルに着いてから、どうするつもりなんです?」
……仕事上、運び屋の男は商人に
彼の名前はトマス、といった。出発してからこっち、後続を見張りながら自分ならどのようにやり過ごすかを考えていたが、結局、思い付くことはなく白旗を上げた。模範解答を男から聞き出そうというのだ。
「……どうするたって、なるようにしかならねぇだろう」
男は御者台で手綱を握り、ぼんやりと前方を眺めていた。
話しかけられた際にちらりとそちらを見たが、すぐに視線を前方に戻している。
「町の門前には、警備とギアリングの兵隊が混合で待ち受けているでしょう。商品が何か見当をつけているかもしれない。もしも
「いくらなんでも、ここまで来て門前払いはねぇだろうよ。きっちり最後まで
「それは……そうですね……」
自分でも気づかぬうちに相当、焦っていたらしい。
こんな簡単なことさえ見逃してしまうとは……最早、不安な胸中を隠し通すことは出来ず、トマスは
「町に入って、港まで尾行され……その後はどうなりますかね?」
「知らねぇな、そんなことぁ」
しかし、男はそんな心配を
あまりに無責任な言い草に普段は冷静なトマスも顔色を変えて発言の真意を問う。
「どういう意味ですか、それは!?」
「どうもこうもない。言った通りだよ。町に入って商品を港に運んで。俺達の仕事はそれで終わりだ」
「なっ──」
トマスは絶句した。……だが、その通りだ。全ては男の言った通りである。
運び屋としての仕事は『商品を港の商船まで届けること』である。
*
『──その気があるなら、俺達ゃ既に檻の中さ』
『(……我々は白だと思われている、と?)』
『どっちだっていいのさぁ、んなこたぁ!』
*
……つまりは、そういうことだったのだ。彼は一人で逃げおおせるつもりでいる。
自分たちの正体がばれていようがいなかろうが、関係ないのだ。釣り上げたものが掛け金か負債か、どちらだろうが人に押し付ける気でいたのだから。
「なんて人だ……!」
そうであれば、合点がいく。ラクレア商会を巻き込む形にしたのも計算づくだ。
もっともらしい理由で
まさに
実に油断のならない
「それでは捨て身ではないですか!
──しかし、それも当人にとっては百も承知だろう。
裏社会で
当然、
「……裏のせかいなんてのはちゃんちゃらおかしいが、言うなれば生き馬の目を抜くような業界だぜ? お坊ちゃんが
男は続ける。
「礼儀があるとすれば契約は対等に行う。正義があるとすれば成功には対価を払う。誠意があるとすれば──職務は忠実に行うってところかね」
「忠実に行った結果がこれだと!?」
「さっきからなんでそんな血相変えて……ははぁ、そういうことか。心配すんなよ、お前さんだって誰かに
男はトマスに顔を向けると、悪びれる様子もなく言い放った。
それが彼の生き様、流儀なのだろう。頼む方も頼まれる方も、それを暗黙の了解として受け入れているのかもしれない──いや。
いみじくも彼の言った通り、単純な世界ならば。
勝っても負けても
そして、その勝者と敗者を分けるものとは最後に貧乏くじを引いたもの──
それだけなのかもしれない。
「──内心は仕事をやめたがってる」
「……えっ?」
唐突に。ぽつり、と男が
横顔からは真意が読めない──いいや、それはいつも通り、か……
「ラクレアも、ダフォール商会もだ。お前さんに分かり易く言っているんだよ」
「……やめたがっている、とは?」
沈黙の後、トマスは静かに話の続きを促した。
「
男は続ける。
「だが、先は長くない……終わりはもう見えてる。戦争が終わって一体、何年だ? 中央は平和だし、南ですら小競り合いもなくなってきてる。潮時ってやつさ……今は南の方でも裏より表の看板の方が重要になってきてやがる……戦争に夢を見る時代は終わった、戦争って商売はもう時代遅れなんだってな……」
「……
「これが、じゃない。これで終わらなきゃ、その次もある」
「見つかるまで繰り返すと?」
「悪事ってのは、そういうもんだろ」
男は
「実際、お前さんのような真面目な人間が増えてきてるのが一種の答えさ。あ、別に悪気があって言ってるんじゃないぜ? 真っ当な商売で稼げるなら、それが世の中に一番いいはずだからな」
……どう答えるべきか分からず、トマスは返答に
それで、その時の会話は終わった。
相変わらず男は
*****
<続く>
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