第10話「魔術師は盾を持たず」☆
──その時、エルナ=マクダインは自らの危機に何も出来なかった。
だが、目を
だから、一部始終を見ていた。
……
そこに黒い
*
ジュリアスを薙ぎ払う、もしくは叩き潰そうと振るわれた巨蟹の鋏は直前に何かに
「……まるで見掛け倒しだな」
言葉など通じない事は百も承知で、ジュリアスは
しかし、
その証拠に学習などなく、反対の腕を振りかぶり──
「あぶな──」
ジュリアスは人差し指を彼女に立てて見せた。
次の瞬間には薙ぎ倒されて吹き飛んでもおかしくないような、圧倒的な質量による攻撃のはずだった。……だが、現実はとても非常識で、そんな真っ当な予想は掠りもしなかった。
「これが魔法障壁だよ、お嬢さん。戦い慣れた魔術師が盾を持たない理由でもある。仕掛けた側が逆に、これで傷を負ったりするのも珍しくないんだ。理屈としちゃ体に力を入れる前にぶつかるから怪我をする、みたいなものかな。こういう風に実戦じゃ敢えて無防備に見せる戦法もあるって事さ」
「そんな事が──」
「……思い付きの出まかせと受け取られちゃ、心外だな」
ジュリアスは苦笑する。
その時、殴った反動で弾き飛ばされように後ずさっていた
鋏の口が若干、開いている。彼を鋏み込んで握り潰すつもりだろうか……?
「ああ、危ないから少し離れてくれ」
エルナにそう言うと、ジュリアスはあらためて
そして──
『其は想念と意志の力、奇跡を顕現する根源──』
(嘘、
ジュリアスは呪文を唱え始めるが、明らかに手遅れだ!
エルナが思った通り、間に合う訳がない──!
直前で呪文の詠唱とはあまりに悠長としていた、これは余裕ではなく慢心、油断、そして、致命的である!
ジュリアスが手をかざす、両側から大口を開けて鋏が迫る!
先程と違い、魔法障壁が発動しない!
しかし、そこまでだ──
「えっ……?」
そして、彼に触れる直前で軌道を変えて大地に叩きつけたのだ!
その行動に何の意味があったのか、最初、エルナには全く分からなかった。
『
そうして、ジュリアスが唱えた後付けの呪文で何が起こったのかを悟る。
呪文は省略出来る……簡単な事ではないが、魔法によっては難しい事ではない。
──エルナは知っている。
事実、これまで別の魔法であるが、彼は苦も無くやってのけていた。
呪文の役割とは、自身の想像力の補強──それが足りていれば、必ずしも必要ではないのだ。ジュリアス曰く、その時の気分でいい。
魔法とは想念と意志の力、魔力によって発現する。
想念だけではない、意志の力もまた魔法の力を強めるのだ。
その為に時として、敢えて呪文を唱える事もある。
……先付けか後付けか、順番に意味がある訳でもない。
「これは
魔法の呪縛は
足の節や腹は地面につき、もぞもぞと動いてはいるが戒めが破れる気配はない。
「……とはいえ、だ。実際には必ずかかるという保障はないがね。それにかかったとしても、ずっとそのままという訳でもない。いつかは効果が消える。効果を上回り、破られる事もあるだろう。
ジュリアスは彼女に講義を続ける。
「瘴気──どんな
確かに彼の背後で
「なら、今の内にとどめを──」
「そうだな。では、その
「……分かりました」
この時、彼女は意外に素直に自身の
反発がくるかもと内心身構えていたジュリアスだが、少し予想外だった。
「……? どうしました?」
「あ、いや、なんでもない。じゃあ借りるよ、ちょっとだけね」
「あまりしっくりこないけど、しょうがないか」
それから両手持ちをしようとしたり、しなかったり。
しっくりこないとは、その両手持ちの事らしい。
『其は想念と意志の力、奇跡を顕現する根源──』
ジュリアスが
──今、呪縛が解ければ掴まれるか、叩き潰されるか。
そんな立ち位置で堂々と呪文を唱えている。
『耳を
これはエルナが使った電撃の魔法である。
無造作に中程で持った
ジュリアスは溜めた電撃を直ぐ様、撃とうとはしなかった。
軽く前を払い、中段、いや、下段──下から腹を突き上げるような
既に
だが、それにしてもまだ、今少しの時間が必要だった。
「──では、串刺しといこうか!」
それはエルナと電撃と合わせて
*****
<続く>
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