第7話「乱戦 ー屍鬼との戦いー」☆


 屍鬼リビングデッド──


 その見た目は人間の粗悪な模造コピーと言われているが、実物は人間と言うより泥人形に近い。性別も見た目からは判別出来ず、顔の造作も適当。だが、唯一魔物モンスター共通の特徴にのっとり、黒くぽっかりいた伽藍洞がらんどうの瞳をしている。


 襤褸ぼろまとい、日中は棒立ちでほとんど動かず、日が落ちると瘴気しょうきの中をうろうろと徘徊はいかいする。侵入者に対して見境みさかいなく襲い掛かろうとするが知能はなく、動きは緩慢かんまんで見切り易い。一対一なら子供でも対処できると言われている。


 ただ、注意点として屍鬼は文字通りけるしかばねとも言うべき存在で、耐久力だけは人並み以上にある。その点だけは留意しなければならない。


*


「──おっ、初戦は完勝だな」


 後から湧いてきたものを含めて屍鬼リビングデッドは三体。

 特に苦労も無く、ゴートとディディーだけで片付いた。


「……所詮しょせん屍鬼リビングデッドだしね」

「そうそう。このくらいはどうってことないよな」


 倒した魔物モンスターは既にに戻っている。


 このを漁れば中から魔石や鉱物の原石が出てくる事もある──が、それも倒した魔物の質に大きく左右されるので、今回の場合は漁っても大したものは出てこないだろう。


「けど、問題はどれくらい出てくるかだね。多数が相手だと流石に手間だ」

「うん、それはそう。なんやかんや、剣だと倒すのに時間かかるもんな」


 屍鬼リビングデッドを剣で倒す時の定石は首をねる事。そうすれば速やかに退治できる。

 だがそれには慣れがいるし、疲れれば剣もにぶり、一撃とはいかなくなる。

 骨に相当するものがない分、万全なら早々失敗は無いが……


「残念だが、数は多いだろうな。養生期間だっていうなら尚更だ。屍鬼リビングデッドに限らず、最下級の魔物の役割ってのは、魔孔の勢力を広める事だからな……あいつらは空気を吸い、呼吸の代わりに瘴気を吐き出していると言われているし」


「下級の魔物が少しずつ影響範囲を広げていくことで強い魔物が生まれやすくなる。そのような土壌が創られていく……と、一般に言われていますね」


「逆に言えば、ただ瘴気が濃いだけでは強い魔物も生まれない、という証左でもあるんだが──」


「……でも、奥に進めば出てくるのは屍鬼リビングデッドだけじゃないかもしれないんだよね?」


 ゴートの指摘にジュリアスは頷く。


「いくら瘴気が濃いだけで強い魔物が生まれないといっても、何事にも例外はある。早い話、瘴気の噴出口にはボスが鎮座しているんだな。……魔孔を潰されないように、守るためにな」


ボス、か……」


「勿論、待ち受けているのはそれだけじゃないだろうが……まずは進もうぜ。下手な考え、休むに似たり、さ。多少囲まれたって、冷静に対処すれば問題ない」


 ジュリアスは明るく、励ますようにゴートに言い聞かせた。


*


 そして──状況は先刻、ジュリアスの言った通りになった。


 しばらく進んだ先で、四人は屍鬼リビングデッドの集団に囲まれたのだ。

 まず、前方の雑木林より姿を現して行く手を塞ぎ、足を止めたところで背後からも現れて退路を断つ。


「知能はないって話だけど、なんか頭のいい事されてませんかね!?」


 あまりに見事な手際で包囲されたので、ディディーが思わず悲鳴を上げる。

 だが、相手は最下級の魔物モンスター──屍鬼リビングデッドなので、切羽せっぱまったものでもない。


「偶然、偶然だよ。気にするな。それに相手は屍鬼リビングデッド──」


 ジュリアスが軽口の終わりに撃ち出した風の魔法──魔法の飛礫つぶてによって、頭部を失った魔物の一体が路上に倒れ込んだ。


 それは少し浮足立った二人を一喝するような、そんな一発だった。


「ほらな、この通り。普通にやれば、どうってことない相手さ」


 かくして乱戦が始まる──四人に対して敵の数は十数体。頭数だけなら三倍以上。

 だが、肝心の戦闘力はそれぞれの足元にも及ばない。


「──はっ!」


 ゴートが気合を入れて剣を振り込むと屍鬼の首が見事に胴と離れた!


 如何なる場合であっても防御の姿勢を見せず、組み付こうとするだけ。この辺りが屍鬼リビングデッドが生物に例えられず、魔物の中でも最下級とされる所以ゆえんである。


「えい、くそっ! 片手じゃ一発で倒せないな!」


 腕力が足りないのか、それとも狙いが甘かったのか。

 ディディーの一撃では首をねるまでには至らず、追撃して事なきを得ていた。


(最初は調子よかったが、急造でしかも二刀流では消耗が激しいみたいだな……)


 ジュリアスは乱戦の中でも常にゴートやディディーの様子に目を配っている。

 エルナに関してはそばにいるようにしているので問題ない。先程も不用意に近付いてきた一体を、無慈悲に打ち倒したところだ。


「其は想念と意志の力、奇跡を顕現する根源──」


 エルナは短杖ワンドを構え、呪文を唱える。

 硝子ガラスのように透明だった短杖ワンドの魔石が緑色に輝き、


「風よ、刃となりて薙ぎ払え!」


 短杖ワンドからえざる魔法の刃が高速で撃ち出されると、それは寸分違わずに屍鬼リビングデッドの首に命中し、切り落とした!


「お見事」


 ジュリアスが短い賛辞を贈る。

 そんな彼の近くには打ち倒した屍鬼リビングデッドの成れの果ての──土くれがある。上半身はなく、下半身だけ。彼が片手間に放った風の魔法で、このような姿になったのだ。


(この人は実戦慣れしてるし、魔法の威力も私とは段違い……)


 現在のエルナは魔力の増幅器ブースターである短杖ワンドを使用し、魔法の威力と精度を向上させ、発動も安定させている。


 ──対して、ジュリアスは素手だ。

 詠唱もせず、さらに魔法が何かすらも発せず、簡潔に使用している。


(……省略それ自体は熟練者であれば、難しい魔法でなければ珍しくはないけれど)


 この程度の相手では彼の実力は到底測れない。もう少し強い敵でなければ……


(魔孔のボス、か……)


 ……に見込みがなければ、奥まで行かずとも探索を安全なところで切り上げても良かったが。どうやら、そういう訳にもいかないようだ──




*****


<続く>


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