第11話 わからない誕生日

「百年?!」

「そう、ガラス張りの部屋の中。百年、互いに触れ合わず、お互いの姿を見つめ、自分たちの時が止まったまま、百年がすぎるのを待つ。全てはこの世のことわりを解放するため」

「そんな、解放したからといってみんなが幸せになるわけではないのに」

「そこを、お二人は今神獣さまと時をかけ、聖人と仙女となって世界を駆けている、のは先の話です」

「へえ。それで、百年、ガラスの中で待てたんですか?」

「愚かな老人がトキ様を追い詰めるのです。結婚の歴史を知っているトキ様にはこの試練は耐えられない、ふたりで交換した装飾品のうち、持っていたローゼン家の家紋のブローチをぶつけて、クロキ様ともどもガラスを砕け、と。仙女であるトキ様には中国四千年の歴史が齢十六歳にしても、理解できていたのです!」

「トキ様、苦しい」

「そこで、えっと、どうでしたっけね。クロキ様が言うのです」

「はい」

「百年経ったら、自分がどれほどトキの事を愛しているか語ろう」

「はい?」

「それで、トキ様も自分がどれほどクロキ様に愛されて特別だったかを語ると」

「いまさら!それで!百年。いや、むしろ毎日語ればその二人なら、あ、お二人なら百年たっちゃうのでは?」

「三日で出られたらしいです」

「なんでですか?!」

裏切り者の、クロキ様とトキ様の良縁を仕組んだエルフの方が耐えられなかったのです。もう、好きな人が他の殿方に抱かれていくのを見たくない、と」

「え?え、どういうことですか」

「裏切り者のエルフ様は時の魔法で子供の姿のまま。気に入った女性がいても、自分が仕組んだわけではない縁談で心の死体を作るように女性を、嫁がせ、そこで、場合によってはその好きな方が男性と床入りしてしまう。そんな現実。それと自分では満足させることができない葛藤や、なぜこんなことをしているのか、もはや、自分の性別もどうでもいいか、と思ったと語っておられましたね」

「え、エルフ様」

あ、あれ、でも。

「大人の姿になればいいんじゃないですか?」

「その手もあったかもしれませんが、周りの魔術師のことも若返らせたりして、いつしか化石のように動けなくなったそうです。心が。生物の死骸が、地層の中、埋もれるように」

「それから?」

「一度千千に砕けて砂埃を起こし、塵となり、跡形もなく消えたそうです。試練を終えたお二人を見届けて」

「そして?二人は帰ってきた?」

「はい、更には神獣に姿を変えられたエルフ様まで蘇って。あの時の老人達がこの世界の方々で生まれ変わっているという情報もありますね」

「混乱します!」

「更に混乱させると、コクヨウ様は二人の子であって、二人の子でないのです」

「……養子と?」

「いいえ、いろんな世界や場所を巡っていたクロキ様とトキ様が危機に瀕した時です。時空の歪に自分たちの存在が危うくなった時。クロキ様とトキ様、どちらもいない世界線に二人して飛べば安全だと神獣エルフ様が判断しました。その、世界線でコクヨウ様の元となる魂が発生しました。そしてこちらに帰還。コクヨウ様がめでたく世に誕生されました」

「よかった、ちなみに、お誕生日は?」

「わからないんです、わたしたちには」

「なぜです?」

「時間や世界というものは無闇矢鱈と駆けるものではない。私どもにはトキ様が尋常でない早さでお腹が大きくなったような気がして。しかし、トキ様とクロキ様にはしっかりそれまでの記憶が備わっていて自然に見えると言うんです。すぐに産婆とお湯と気のしっかりした女達を集めて、気づいた時には私たちまで何日もお産の手助けをしていたような。誕生日がわかるのは、あの親子三人だけでございます」

教えてくださればお祝いするのに。

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