涼 と 置物 と 絶望の鶏肉禁止令
あけましておめでとうございます٩( 'ω' )و
今年も本作をよろしくおねがいします!
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ネット上が、前日の良轟の発言で盛り上がってる日。
「……なぁ茂鴨。兎塚、どうしたんだ?」
夏休み中は生徒の為に解放されている学校の図書室。
そこへ宿題をしにきていた古城は、同じく来ていたらしい涼と香を見て声を掛けた。
というか、無視できないくらい気になってしまったともいう。
「…………」
涼は固まっている。
いや動きは固まっているのだが、身体は動いている。
身体が動いているというか、震えている。
目は虚ろに見開かれ、口は半開きのまま、ぷるぷるしてる。
宿題が捗っているようには見えない。
というか、ノートを開いてペンを握っているだけで、ずっとこのままな気もする。
ノートの上でペンが震えているからか、黒いモヤモヤがぐるぐる増えているようだ。
「あー……なんというか……」
古城の問いに、香も困ったように苦笑してから、言葉を選ぶ素振りを見せた。
「湘南の一件のケガが酷くてな、ドクターストップ掛かってたんだよ」
「それは知ってる。雑談配信見てたし……って、あ!」
香の言葉に、古城はすぐに気がついた。
「この間、イレギュラーと戦ってたよね?」
「それな。医者にバレた」
「まぁバレない理由はないな」
大角ディアと共に、その戦闘の様子が配信されていたのだ。
アーカイブや切り抜きだって出回っている以上、それなりにネットに触れている医者であったなら、探さなくとも目に留まることだろう。
「当初……ドクターが禁じてたのはダンジョン探索やケンカ程度だったんだ。
ところが、ギルドからの直接依頼とはいえ、それを破って探索をしてしまったワケだな」
「最後はダガーじゃなくてキックだったのって……」
「手が痛くなってきたから蹴りにしたんだとさ」
あーあ……と、古城は天井を仰ぐ。
それは叱られても当然である。
「そんで、こんなになるまで叱られちまったワケか……憐れな……」
「いや。ただのお説教なら、基本的に右から左だ。こんなにはならんよ」
「……それもそれでどうかと思うんだけど。じゃあどうしてこんな状態に?」
当然と言えば当然の古城の問いに、香は深く深く嘆息してから、眉間を揉むように、頭痛を堪えるように、重たいモノを吐き出すように、とても神妙に答えた。
「ドクターから、鶏肉禁止令が出た」
「トリニクキンシレイ?」
何言ってんだこいつ――と、古城が訝しむ。
「マザーグース戦からこっち、涼は鶏肉を口にしてないんだ」
「…………」
香の口から告げられた衝撃的なんだかどうでもいいんだか分からない事実に、古城はうろんな目を涼に向ける。
「あー……なんだ、つまりアレか。兎塚は――」
「そう。絶賛禁断症状中だ」
「…………」
心底どうでも良くなってきた古城は、小さく息を吐いて告げた。
「よし。疑問は解消されたからおれ、自分の勉強に戻るわ」
「なんだよー、もっとダベってけよー」
勉強しに来ているくせに退屈でもしているのか、香が妙に面倒なノリで絡んでくる。
「茂鴨は宿題いいのかよ?」
「八割がた終わってるしな。今日はどちらかってーと、まだ全然進んでない涼の付き添いだ」
告げて、涼を見る。
なるほど。香が退屈している理由も分かるというものだ。
正直、涼がずっとこのままだったなら、ここに宿題をしに来た意味もないだろう。
「どうにかなるのこれ?」
「明日になれば確実に解消はされると思うんだけどな」
「明日?」
「イレギュラーのあとのお約束じゃあないが……いつものコラボだよ」
その言葉に、古城はうなずいた。
大角ディアとコラボ配信して、マザーグースを調理するつもりなのだろう。
「本当にイレギュラーのあとのお約束になってるのすごいよな」
涼がイレギュラーに遭遇するとだいたいそういう配信をしているので、
「自分で言っておいてなんなんだが、イレギュラーのあとのお約束ってパワーワードすぎないか?」
「そう改められると確かに……。
そんな定番化するほど、イレギュラーとやりあってるってコトだもんね。なんでそんなコトになってんのさ?」
「オレも知りたい」
リスナーたちがイレギュラー戦を望んでいるのは確かなのだが、だからといって毎度毎度イレギュラーだのはぐれだのとやりあっていても身体が持たないだろう。
「まぁ遭遇しちまうもんは仕方がないけどさ、あんま身体に悪い無茶はすんなよ?」
「そりゃあまぁ、そこはオレも涼も気にはしてるけどな? でも、目の前にはぐれだのイレギュラーだのが現れて、根性入れるなってのは無理だろ? 戦うにしろ逃げるにしろよ」
「そこは否定しないなー……そこまで超人レベル高くないおれだって、遭遇したら覚悟決めるつもりではいるし」
イレギュラーやはぐれは勝てる勝てないの話では無いのだ。
戦えるものが、経験のあるものが、せめて時間稼ぎくらいをしなければ、余計な被害が拡大するのだから。
「そうは言っても命あっての物種だ。お互い、緊急時も命大事にで行こうぜ」
「クラゲ相手にジャンプしまくってた片方が言っても説得力ねぇなぁ、命大事に」
そう言って笑い合ったところで、古城は軽く手を上げて自分の席へと戻っていく。
それを見送りながら、香は横に座っているモノに視線を向ける。
「……今日はもう進まないだろうしな……仕方がねぇ、これは持って帰るか……」
震える置物と化した涼を見ながら、香は大きく嘆息するのだった。
・
・
・
そうして、翌日――
「――ようこそ私の厨房へ! ディアーズ・キッチン! 今日はゲストと一緒にお料理配信をやっていきたいと思いますッ!」
:きたー!
:まってた!
:久々の涼ちゃんねるコラボ!
「もはや言わなくてもバレバレの今日のコラボゲスト! 涼ちゃんねるの涼ちゃんです!」
「…………」
:涼ちんどした?
:いやえっと大丈夫なの?
:虚ろな目に半開きの口に震える身体…
:Ryo????
:開幕放送事故?
「実は涼ちゃん、クラゲ戦の手のケガが治ってなくてリハビリ中だったんですが、そんな状態で先日イレギュラーと戦ってたんですよね。
それがお医者さんにバレちゃった結果、罰ゲームとして鶏肉禁止令を言い渡されました」
:残当
:だからこんな虚ろな姿に
:そりゃあ医者も怒るわ
:禁断症状でこんなに身体が震えて
「なので今日の配信は、完全に震える置物になってしまった涼ちゃんを正気に戻す配信でもあります!」
:草
:震える置物(笑
:どんな配信だよ!
:鶏肉食べれず禁断症状ってwww
「マザーグース戦に関する反省会とか感想戦とかは、涼ちゃんが正気に戻らないとどうにもならないので、さっさと料理を進めていきたいところ――なのですが」
:お?
:なんかある?
「今日はコラボゲストとは別に、試食ゲストもいますので紹介したいと思います!」
:試食ゲストとな?
:誰だろう?
:マザーグースを食べるって時点で想像はつくな
「ちなみに結構います」
:はい確定
:だいたい分かった
:え?なんか分かる要素あった?
:鳴鐘、メガネ、グラマス、ラゴウ、ここあたん、カオルくん辺りだろうな
:あと出たがり部長とシロナさん
:部長だけ異物感あるな
:なんでそこに部長が入ってるんだ?
:マザーグース戦無関係なんだけどなぁ
:でもいそうじゃね?
:でもいるんだろうなぁ
「美食家&チキンの皆さんにはバレバレみたいですが、全員正解です!
まぁカオルくんとシロナさんは基本裏方なので、顔出しはあまりするつもりはないそうですけど、一緒に食べてもらいますよー!」
そうしてディアが、画面の外を示すと、それに合わせてカメラがそちらへと向く。
愛想良くダボ袖を振る心愛に、心愛に手を取られて一緒に手をブンブン振っているグランドマスターの一成。
小さくこめかみを擦るような軽い調子の挨拶をする鳴鐘。
片手はスマホを握っているので、出演しながらも配信を見ているのだろう。
真面目な顔で小さく一礼する旋に、自分はいて当然だろうとばかりに不敵に笑う部長。
そして、どうして自分がここにいるのかよく分かって無さそうな良轟。
:グラマスの孫に振り回されてる感よい
:良いお爺ちゃんってカンジする
:見た目マッチョジジイだけどな
:よく分かってない良轟の顔よ
:マジで部長まざってるしw
:どう考えても説明なく連れてこられてるとしか思えないラゴウ
:鳴鐘様のイケメンポニテは何度見ても最高
:部長の当然いますよ顔がちょっとうざくて草
:あいかわらず心愛たん可愛いな
:《鳴鐘》お前ら心愛に騙されるなよ?医者としてのあいつは鬼だ!涼ちんが廃人化した原因はあいつの説教だからな?
:↑そもそもお説教されるようなことした涼ちゃんが悪いのでは?
:お医者さんは誰だって鬼なので怒られるようなことする患者が悪いのでは?
:《鳴鐘》くそーチキンにも美食家にも味方がいねぇ!
:ていうかカメラに映りながらスマホでコメントしてんじゃねーよww
:どんな時でもクールにスーツ着こなす紡風さんもかなり良いんだけど同志いないの?
「はい。皆さんの予想通りご覧の通りの面々です!
グラマスの
:もはや定番メンバーというか
:涼ちゃんねるとのコラボのはずなのに無駄に豪華ないつもの仕様
:涼ちゃんの友好関係がすごいのかイレギュラーと関わるからすごいのか
:↑まぁどっちもだよな
「あと、涼ちゃんねるは今回のこのオープニングで重大発表をする予定だったみたいなんですけど、涼ちゃんがこれなんですよね……」
:やっぱ放送事故じゃねーかwww
:重大発表しないといけないやつが白目剝いてるぞ笑
:前回の雑談で言ってた収益化の話かな?
:(¥1000)涼ちゃんねる側のコメント欄でもスパチャ投げれるようになってるな
:(¥1500)ほんとだwwこれ涼ちゃんがちゃんと発表するべきだろww
:そんな重要な話をしない配信主がいるらしい
:(¥5000)鶏肉欠乏症 これで解消しておくれ
「あー! みんなズルい! わたしも涼ちゃんねるに収益化おめでとうスパチャしたいぃぃぃぃ!」
:ディアちゃんは今配信中でしょ!
:むしろその涼とコラボしてるんだからちゃんとして!
:正気になるんだディアちゃん!
:(¥10000)ディアちゃんのかわりにオレらがやっとくから
「自分がやるから意味があるんだってばー!」
:(¥500)それはそう
:(¥1500)いいたいことはわかる
「むきー……みんなしてわたしを可愛がりしやがってー……! って、およ? モカPがカンペ出してる! なんか久々に見た……って、え? マジ? それを発表するつもりだったの?」
:収益化だけの話じゃないの?
:ディアちゃん頭抱えちゃってるけど
:涼ちんさぁ…
「重大発表すぎるんだけど……あー……」
:天井仰いじゃった
:涼ちゃんさぁ・・・
:本人は意識不明の置物化してんだよなぁ
「え? わたしが言っちゃっていいの? むしろオープニングで言うのに意味がある?
なんで? え? 色んな思惑絡む大人の事情がある? まぁそういうコトなら……」
:つくづく涼ちんさぁ、、、
:自分ンところの超重大発表をコラボ相手にさせる配信者がいるらしい
:大人の事情ってなんだ?
:コラボゲストだっていうのに意識のないまま配信はじまる配信者もいるようだな
:鶏肉にありつけなくて禁断症状中っていうのも前代未聞だが
:今更だな
:今更か
「じゃあ、置物化している涼ちゃんに代わりまして、わたし大角ディアが涼ちゃんねるに関する重大発表を致します」
:よしきた!
:ツッコミどころしかないがチキンとして覚悟を決めたぞ!
:なんでディアちゃんが涼ちゃんねるの重大発表しているか謎だがチキン的覚悟はOKだ
「涼ちゃんねるにスポンサーがついたそうです! おめでとうございます!
どこかの事務所に所属という形ではなく、個人勢のままバックに支援してくれる企業がついた形ですね」
:まじか!
:本気で重大発表じゃねーかwww
:涼 起きろ(笑
:コラボ相手に言わせていい内容じゃねーぞ!!!
「そちらの企業はテン・グリップスさんだそうです。
今後は配信中にスポンサーのコマーシャルや商品紹介が入ったりするコトもあると思いますが、配信スタイルと内容は変わる予定はないそうなので、今後ともヨロシク――と、モカPからです!」
:まじかよ!
:テン・グリップス!?
:どこそれ?
:(¥5000)スポンサー付きおめー!!ご祝儀だー!!
:有名なIT系の企業だな ダンジョン系の商品も最近手を出してる
:マジでこの発表をコラボ相手にさせる涼ちゃん大物では????
:大人の事情ねぇ……
:今の涼ちゃんは大物じゃなくて置物だろ間違えるな
:間違えたつもりはねーよ!!
「わたしのお義姉ちゃんも勤めている会社なので、何となく安心感みたいのもありますね~」
:ディアちゃんのお姉さんテン・グリップスの社員なんだ
:ていうかテン・グリップスに支援される個人勢って…
:むしろテングリップスが支援をはじめたと発表したい意図があったのか?
:↑深掘りしすぎるなよ 大人の情事なんだし
:大人の情事?モカP美人社長さんと寝たの?
:《モカP》やめろ!めったなコト言うな!あそこの会社は超人化抜きでカオルより腕利きの元ボディガードや元軍人みたいな人も多いんだから!
:ごめん
:やばそう
:カオルくん以上の超人が多いってすごいな
:↑まぁそうでなくてもスポンサーの気を悪くするような発言は気をつけろよ・・・
:かおるくんより腕利きが多いって。。。
:逸般人の宝石箱か?その会社?
変な方向で盛り上がりだしてしまったのに気づいたディアは、視聴者の意識を自分に向ける為に大きく手を叩く。
「では、涼ちゃんねるの重大発表も終わったところで、料理を始めるとしましょうか」
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【Idle Talk】
スパチャの金額表示は、スパチャ解禁初回である今回のコラボエピソード中のみにする予定です
以降は演出として必要な場合以外は、特に表記する気もないので……
ディアーズ・キッチンにおいては涼と出会う前から収益化されており、これまでも表記してなかっただけで普通にスパチャも飛んでいたんですけど、本編中で特に触れてきませんでしたしね
それが重大な意味を持つ作品でもないので、この辺りはふんわりです
……いやまぁ涼ちゃん的には鶏肉代として非常に重要な意味を持っているかもしれませんがw
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