テレビ と 良轟 と 啓蒙と
本年のスニチキ更新はこれにて最後となります。
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良轟がダンジョン探索を体験した、その数日後――生放送のワイドショー。
「先週――夏休みの海岸で起きた痛ましい事件ですが、モノミさんはどう思われますか?」
「対応に当たっていた探索者たちはもっと上手くやれなかったのかと思いますね。特に突然高笑いを上げた女の子。わざわざあんなコトして焼かれてしまうなんて、意味があったのかと言いたい」
MCの女性に振られ、自称有識者のコメンテーターであるモノミが語る。
その内容を、良轟は腕を組み目を伏せながら聞いていた。
そして、聞けば聞くほど、愚かしいと吐き捨てたくなる。
湘南と大分。
前者には、自分を護衛してくれた若者たちや、出現したクラゲに関して詳しい者が現場にいた為に、的確な対応が可能だった。それゆえ、被害を最小限に抑えたという。
余談だが。
涼という小柄で影の薄い少年探索者は、その時のケガで探索はしばらく控えろと医者に言われていたそうだが、良轟の依頼を良いことに嬉々としてダンジョンに入ってきたらしい。
増援としてやってきた、心愛という本業は医学生だという少女が彼を叱っていたので、間違いないだろう。
ついでに、良轟と一成、旋も叱られた。リハビリ中のケガ人に何をやらせているのかと――まぁその説教は間違っていないので、ぐぅの根も出なかった。
いや、涼には自己申告して欲しかったところではあるのだが。
あと、心愛から罰として鶏肉禁止と言われ、絶望した顔をしてたのはなんだったのかは、気になる。
なんで鶏肉を食べるなと言われたくらいであれほどの顔をしたのだろうか。
ともあれ、涼の行いは愚かしいと思うが、一方でアスリートとして現役だった頃の自分を思うと、ダメなことであると言い切れない面がある。
若さ――あるいは向こう見ずさ。
今の自分が失ったモノだ。ケガが尾を引き
理解はできる――が、先人としては休んでおけと言いたいところである。
無理して身体を壊して引退したスポーツ選手を知っているのでなおさらだ。
涼のことはさておき。
大分の方は確かに問題だ。
だが、あの現場はいくつかの不運が重なっていたのだと聞いた。
出現したギガントジェリーというモンスターについての知識を持っている探索者が、出現直後の現場にいなかったこと。
いわゆる、はぐれモンスターの対応になれた探索者も発生直後の現場にいなかったこと。
そして、無知な野次馬が無駄にギガントジェリーを刺激してしまい暴走させたこと。
……様々な要因が重なったことによる悲劇だ。
それの全てを探索者や、探索者協会に押しつけるようなものいいはよろしくない。
「良轟さんはいかが思われるでしょうか?」
MCに振られて良轟は、カメラの方へと視線を向ける。
「まず一つ、モノミさんの勘違い――いえ、多くの方々が思っているだろう勘違いを正させて頂きたい」
台本にはないことだ。
だが、先日……奇しくも前線で若者が身体を張っている姿を見てしまったのだ。
その上で、改めて大分の出来事の動画を見た時、自分の横で戦っていた少女とそう変わらないだろう年頃の少女が、高笑いをあげたがばっかりに上半身が消し炭になる姿を見てしまったのだ。
だから、訂正しなければならない。周知しなければならない。
消し炭となった少女の、誇りと名誉を守る為にも。
「私は、高笑いというスキルを使用した少女に敬意を抱いています」
「敬意ですか? わざわざ自分が焼かれてしまうだけの行いをしたコトをですか?」
「それがそもそも、無知の発言なのですよモノミさん」
愛称モノミ――本名
長年続いているこの番組だが――MCは何度も交代しているが、ニュースへの辛辣なコメントをするコメンテーターとしてのモノミは、その痛快な物言いがウケているのもあって、ずっと、この席に座っている。
そんな彼を怒らせるようなことを口にするのだ。
もしかしたら、もうこの番組には呼ばれなくなるかもしれないな――と思いながらも、良轟は気にせずに告げる。
「あのスキルは、敵のヘイト――つまりは敵の攻撃対象を自分に向けるようにする技なのです。
一般的には、ただの高笑いのように見えたでしょう。ですがあれは、ダンジョン領域によって、ゲームのような必殺技に昇華された高笑いだったのです」
「だとしたらますますわかりませんな。どうしてそんな愚かなコトをしたのですか? 自分が死ぬかもしれないようなコトを? 実際に亡くなってしまってるではありませんか」
全く――先日以前の自分もそうだが、本当に愚かしいことだ。
表情には出さず、心の中で自虐の嘆息を漏らすと、良轟は首をゆっくりと横に振った。
「死を覚悟して、彼女は高笑いを上げたのです。
あのクラゲの凶悪なビームは、テレビや動画サイトなどでご覧になった方も多いコトでしょう。
一射目は、あの場に対応できるモノがいなかったので防ぎようがなかった。
ですが、二射目の時は、あの少女が現場にいたのです。その二射目が自分に向けられるコトを覚悟した上で、彼女は高笑いを用いてヘイトを自分に向けた。
その気高き行いの意味を、みなさんはもっとちゃんと理解するべきです」
「だから、それで彼女が亡くなって――」
食い下がろうとするモノミに、良轟はかぶせるように鋭く告げる。
「二射目はッ、
そうだ。
一射目の被害は甚大だった。
だが、二射目で命を落としたのは、彼女だけだ。
「自分の背後が海だけである状態を確認した上で、彼女は高笑いを使用していた。
それはつまり、最悪は自分が死んでも、それ以外の被害を最小限に抑える覚悟があったからに他ならないッ!」
実際、二射目の直後に、大分のギガントジェリーはダンジョン領域の近くへと何らかの手段で吹き飛ばされたそうだ。
「そして、そのビームを撃った直後の隙をついて、他の探索者たちが
そうして、ようやく本領を発揮できるようになった探索者たちが、なんとか討伐した。
「探索者だけでなく、自衛隊や警察、消防や救急など危険な現場で身体を張る仕事をしている方々が、あの少女の葬儀の日には大分へ向けて全国規模で敬礼をしてたコトの意味をもっと深く考えるべきだ。
そもそも、彼らが少女へ敬礼を向けていたという話は、テレビやラジオ、新聞ではほとんど取り上げられていなかったようですがね」
ネットで大分の件を調べていて、良轟が驚いたのはそれだ。
全員ではないだろうが、多くの国や治安の
「ならばどうしてもっと速く高笑いとやらを使わなかったのですか?」
「ダンジョンスキルはダンジョン領域でしか使用できない。
ダンジョン領域とは、ダンジョンの内部ならびに入り口を中心とした周囲数メートルの範囲の話です。
高笑いの効果範囲から考えても、ある程度まではギガントジェリーがダンジョンの入り口に近づいてくれなければならない。
つまりは、使いたくても使えなかったのです」
バスケットボールはどうしてわざわざボールをバウンドさせながらでないとドリブルしてはダメなのか――そのレベルの
バスケはボールを抱えて歩いてはダメ。
サッカーはボールに手で触れてはダメ。
詳しいルールは分からずとも、その程度のレベルでも構わないので、ダンジョンに関する常識をもっと多くの人が理解するべきだ。
「さすがは、へいわ迷宮党の党首だ。迷宮にお詳しいようで」
それは、モノミなりのテレビで放送できる範囲での嫌味なのだろう。
迷宮について詳しくてもテレビについては詳しくないのでは――というニュアンスが混じっている。
だが、今の良轟からすると、そんなものは嫌味でもなんでもない。
「詳しい? 今の程度の話で? こんなものは探索者やダンジョンにおいては初歩以前の常識ですよ?
バスケットボールは、ボールをリングへと投げ入れれば点が入る。本当に、その程度の話を理解していれば、説明不要の範囲の話をしたに過ぎません」
モノミの嫌味に対して、良轟は『いつまで無知なまましたり顔で語ってるんだ?』というニュアンスをハッキリと滲ませながら返す。
「探索者を、不必要に、理不尽に、不当に扱えば、またギガントジェリーが出現しても、対応してもらえなくなる可能性があるのだと――その危険性を、自衛するチカラを持たない我々一般人はもっと正しく理解するべきです」
ダンジョンや探索者に対する啓蒙の薄さの一端は、本来ソレを周知するべきマスメディアの怠慢によるものだ。
ダンジョン発生した当初こそは、ダンジョンに関する情報は制限がされていた。
だが、ある程度の情報発信が解禁され、政府発表も色々あったのだが、日本のマスメディアは統制中レベルの範囲でしか語らない。調べない。動かない。
キッカケがなければ一般人とて、自分で調べようと動かない。なのに、ほとんど報じないのだ。
当たり前の話だが、興味を持つ入り口がそもそも目に触れない状況を作り出したのはマスメディアだ。
そのくせ、視聴率が取れそうならば、都合の良い部分だけを報道して利用してきた。
報道だけ見ていれば、モノミのようなコメンテーターのしたり顔によって間違ったことを堂々と報じれば――それを見た視聴者は分かった気になれたことだろう。
その結果――現在のダンジョンに関する情報は、知ってる者と知らない者の差が大きいという歪んだ知識分布となったのだ。
そういう意味では、ダンジョン配信という文化は、若者へダンジョンと探索という存在とルールを啓蒙するよい文化だと言えるだろう。
若い故にまだまだ未成熟な文化であり、そのトップランナーたちすらも手探りという点は不安材料ではある。
だが、そのトップランナーの中には涼やディアのような者たちもいるのだ。
簡単に悪い方へと流れていくことはないだろうと、良轟は考えている。
「ダンジョン配信は若者の文化かもしれません。年を取った我々には理解できないかもしれません。そちらは仕方がないでしょう。
ですが、ダンジョン探索という仕事に関しては、ダンジョン発生以降は目を背けるコトが許されないほどに、我々の日常に密接した――警察や消防、救急と同じような――命と生活を守る仕事です。
その違いをまずは、みなさん理解しましょうよ。
バスケの試合を見ながら、どうしてボールを抱えて逃げないんだ……とか、どうして相手に足を引っかけてドリブルの邪魔をしないんだ……とか、そのレベルの話をいつまでマスメディアは
モノミはもちろん、番組ディレクターなども渋い顔をしている。
今後は、気楽に雑にダンジョンについて扱えなくなったじゃないか――という不満なのだろう。
マスメディアにおけるダンジョンと探索者の扱いはそれぞれのテレビ局や番組に任せるしかない。
もしかしたら何も変わらないかもしれない。
だがそれでもいいと、良轟は思う。
若者たちの文化には切り抜きというモノがある。
きっと、自分のこの発言は切り抜きが行われ、様々な動画サイトやSNSに拡散されることだろう。
著作権の侵害である以上は、すぐに消えてしまうものばかりだろうが――それでも、一度切り抜きが公開されれば、それのコピー、孫コピー、ひ孫コピーなどがどんどん出回っていくはずだ。
褒められたことではない。
良いか悪いかで言えば、間違いなく悪いことだ。
しかし――良轟は、今回に関してはそれを利用しようという腹づもりがあった。
これまでの自分の行いを思えば、この程度のことでは、若者たちの自分を見る目は覆らないことくらいは自覚している。
だけど、それでも。
あの探索体験をしてから、考えが変わったのだ。モノの見方が変わってしまうほどの衝撃だったのだ。
だから良轟は、今の地位と名声を利用し、若者を味方に付け、本当の意味で、『へいわ迷宮会』という政党名に相応しい行いをしようと思ったのだ。
現場の雰囲気から、この番組は出禁になりそうな気配はある。
だが、それがどうした。
ならば別の現場で同じような話をすればいい。
テレビ局全てから出禁を喰らったら?
問題ない。
幸いにして、涼やディアという動画配信というメディアに詳しい者たちと知り合えたのだ。
政党用の、あるいは良轟個人の番組でも作って配信すればいい。
「ダンジョンの出現と同時に、我々の常識を変遷させなければならなかった。
当初こそどうしても情報統制をせざるを得ませんでしたが、しばらくしてそれも解除されました。
なのに、いつまでたっても1999年より前と変わらぬ考えでいる者たちが多すぎる、と――私は常々思っていたのですよ」
自分のことを棚に上げて、良轟はそう告げる。
ダブルスタンダード大いに結構。
そうやって自分のことを棚上げして、説得力ある風の発言と、大胆なマイクパフォーマンスで、周囲のモノたちを惹きつけ味方にしていく。
それは、良轟の――へいわ迷宮会という政党の得意技だ。
今までは自分たちの為だけに使っていたその得意技を、これからはダンジョンや探索者の為にも使っていってやろう。
やり方は急に変えられない。
ならば、やった時の利益対象を自分たちだけでなく、ダンジョンや探索者にも分けてやればいい。
あのマザーグースとの戦いを見ながら、良轟はそんな風に考え方を改めたのだ。
もちろん、この立ち回りに対しては、政党のメンバーや後援者などの有象無象がうるさいだろうが、邪魔なら切り捨てていけばいい。
良轟は自分は
つまるところ、神輿が自我を持ったらどうなるかを考えずに担いでいた連中が悪い。
「今回の大分クラゲ事件は、そのキッカケになったのではありませんか? 命がけで市民を救い、討伐のキッカケを作った少女が、それだけに留まらず、探索者の認知を高め、さらには時代に取り残されていたマスメディアが変わっていくキッカケとなる……そういう美談、テレビショーは大好きでしょう?」
変われないなら、もっと厳しい冬が訪れるかもしれないぞ――暗にそう言っているのだが、どれだけの人に通じたのかは分からない。
へいわ迷宮会。
今はまだ悪名高い愚かな政党。
だが、歴史に名を刻むようなチカラを持った政党になっていく為のカウントダウンは、ここから始まったのは間違いない。
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【Idle Talk】
良轟の予想通りに切り抜きは出回った。
感想としては「良轟は気に入らないが言っているコトは正しい」「いいぞもっと言え」「良轟にしてはよく言った」「これもパフォーマンスじゃねーの?」「良轟のクセに生意気だ」「良轟にしてはまとも」「モノミざまぁ」「いぇーい他局もちゃんと聞いてる~?」などなど。
良轟がどうこうというよりも、マスメディアに対して溜まっていた鬱憤のはけ口のような感想が多かった模様。
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