香 と 目玉 と 邪魔すんな

 2024/12/19

 ちょっとタイトルいじりました


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 視認できる距離にいるのに、こちらを警戒していなさそうなメスゴブリンのコンビを見ながら、香は横にいる心愛に訊ねる。


「心愛さん、確認したいんですけど。

 エロ目玉マインドハッカーって洗脳を考慮しない場合の単体戦闘能力ってどんなモンですか?」

「ん~~……そんな強くないかな、というか弱い?

 飛びかかって巻き付くくらいで~~……うん、飛びつきは速いし、巻き付くチカラは強いけど、腕を折るほどでもないし~~」

「洗脳がないならオレでも倒せそうですね」

「ま~~、洗脳を使ってこないならね~~」

「取り憑かれてる時の感覚はどうです? いつも通り動けます?」

「いやいや。なんかちょっと寝ぼけてる感覚かな~~……例えば、あの状態でゲームやったとしたら、ふつうのステージをふつうにクリアは出来るけど~~、ノーミスクリアとか、高難易度ステージとかは~~、ちょっと無理そうみたいな~~?」


 そこまでやりとりをして、心愛ははたと気づく。


「香くん?」


 名前を呼ぶと、彼は意味深に笑って、スマホをシロナに手渡した。


「エロ目玉を潰してきます。メスゴブリンの隙も作ります。ゴブリンの方は瞬殺してくださいね?」

「え? 何する気なのさ~~?」

「シロナさんも、スマホ持ちながら出来そうな攻撃が必要な時はお願いします」

「それは構いませんが……本当に、何をする気なんですか?」


 二人の疑問に、香はやはり笑うだけだ。


:マジでカオルくん何する気?

:エロ目玉倒す気まんまんそうだけど


 コメント欄も心配そうなコメントが多い。


「メスゴブリンが正気に戻ったら面倒なんで、頼みますよ」


 念押しするように香はそう告げると、気負った様子のない軽やかな足取りで、メスゴブリンコンビの元へと向かっていく。


「なんかよくわかんないけどさ~~、隙を作ってくれるなら狙わなきゃ、ウソっしょ~~」


 何が起きても良いように魔技ブレスの準備を始める心愛の様子を背中に感じながら、香は地面を蹴った。


 これまで動きの鈍かった二匹のメスゴブリンたちが急に警戒したように身構える。

 だが、道中で戦ってきたこのダンジョンのゴブリンたちのことを思えば、動きが遅い。


:マジでカオルくん行った!?

:一人で大丈夫なの!?


 恐らく、本来のメスゴブリンたちであれば、道中のゴブリンたち同様にお互いを認識した時点で警戒したことだろう。


 だが、マインドハッカーに取り憑かれ洗脳された状態ではそうもいかない。


 先ほど心愛が言っていたように、どこか寝ぼけてるような感覚であること。

 もう一つ。洗脳状態だと自分はマインドハッカーの身体の一部だと錯覚しているということ。


 その二点から、行動の主体はゴブリンではなくマインドハッカーなのだと香は判断した。

 高性能な自立行動型ロボットにマインドハッカーが搭乗して操作している状態というのに近いだろうか。


 マインドハッカーが事前に警戒するようにゴブリンを操作していれば、ゴブリンたちは持ち前の索敵能力を用いて香たちに対し、構えていたことだろう。


 しかし、それがなかった。

 香たちが気づいているのに、メスゴブリンたちに警戒心が無かったのはその為だ。

 なぜならば、マインドハッカーたちは、まだ香たちに気づいていなかったのだから。


 戦闘に関しては宿主任せのオートバトルだろう。

 だが、それにも欠点はある。


「…………」


 パワーゴブリンが振り下ろす拳を事もなげに躱し、そこへ飛んでくるマジックゴブリンの魔力衝撃波もなんなく避ける。


 連携は悪くない。だが鈍い。そして遅い。


「本来のおたくらなら、もっと強いんだろうけどな」


 そう口にしながら、香は素早くパワーゴブリンの背後を取る。

 そのまま軽く足を振り上げて、自身のかかとでパワーゴブリンの膝の裏を強打した。


「…………!?」


 パワーゴブリンがバランスを崩して膝を付く。

 やったことは力任せの膝かっくんだ。

 これなら、パワー不足の香であっても、相手を崩すくらいのことはできる。


 本来であれば、このまま相手の踵というかアキレス腱の辺りを全体重かけて踏み潰すところだが――超人化していない自分が、堅牢なゴブリンの腱を踏み抜くのは不可能と判断。


 だから、香は代わりにエロ目玉の後頭部を鷲掴む。

 メスのパワーゴブリンの肩口から正面を覗き込むようにしていたマインドハッカーは突然の事態に戸惑う。


 香はお構いなしに、力任せに引っ張った。


「……! ……!」


 引き剥がされそうになったマインドハッカーは慌てて、パワーゴブリンに巻き付けている触手にチカラを込める。

 結果として、バランスを崩していたパワーゴブリンの立ち直す動きを阻害することとなった。


 再びバランスを崩すパワーゴブリン。


 マジックゴブリンが援護しようとするものの、香がマインドハッカーを摑んでいるからか、躊躇っている。


 これも本来とは異なる挙動だ。

 このダンジョンで戦ってきたゴブリンたちの動きを思えば、ここでマジックゴブリンが魔技を撃つことを躊躇ったりはしない。


 取り憑いているマインドハッカーが迷っているからこそ、マジックゴブリンも迷う。


 そして、こんなチャンスを見逃すような上位探索者はいないだろう。


魔技ブレス:スパイラルブラスト!」


 心愛の掲げた右手から、白い熱衝撃波が螺旋を描いて飛んでくる。

 それはパワーゴブリンの頭を確実に貫き、炸裂し、その熱で燃やす。ついでに炸裂した時に生じる熱波の余波が、マインドハッカーの触手を焼いていく。


「……!? ……!?」


 痛みのせいでチカラが緩んだのだろう。

 触手がほどける。その隙をついて香は、エロ目玉を一気にパワーゴブリンから引き剥がした。


 そんな香に対して、マジックゴブリンが杖を向ける。

 しかし、香が右手に摑んだマインドハッカーを盾にすると、動きを止めた。


「エロ目玉同士の仲間意識はあるってか?」


 明らかに動きを鈍らせたマジックゴブリンに対して、エロ目玉を盾にしたまま踏み込んでいく。


魔技ブレス:マジックブラスト!」


 そこへ、心愛が放つ熱衝撃波が飛んでくる。


 マジックゴブリンは咄嗟に心愛の方へと杖を構えて、自分の正面に障壁バリアを作り出して受け止めた。


 だが――


「そりゃあ悪手だろ、エロ目玉」


 ――香はそう告げて素早く動く。


 鷲掴みにしているマインドハッカーが暴れていることを無視して、香はマジックゴブリンの背後へと回り込んだ。


 そして、爪先でマジックゴブリンの膝裏を蹴飛ばした。


 二度目の膝かっくん。

 それによってバランスを崩したマジックゴブリンに取り憑いているマインドハッカーの後頭部を左手で鷲掴みにした。


「凶悪な能力は結構だが、大したコトねぇなお前ら」


 先ほどと同じように、思い切り引っ張るとマインドハッカーは咄嗟に、触手にチカラを込めてしまう。

 バランスを立て直そうとしていたマジックゴブリンは、急に触手の多くが強く締まった為に動きを止める。


 当然、心愛がそれを見過ごすワケもなく――


魔技ブレス:スパイラルブラスト!」


 ――先ほどのパワーゴブリンと同じように、心愛の魔技がマジックゴブリンの頭部を砕いて燃やす。


 同時に、その熱で触手のチカラが抜けたのも先ほどと同様だ。


 ゴブリンが倒れたことで、次の宿主を探そうとするマインドハッカー。

 だが、香に後頭部を鷲掴みされており、触手も半分ほどがダメになっているので、チカラが足りない。


 それでも香に取り憑こうとしているのか、動く触手を香に絡みつけるが――


「おらァッ!」


 ――香は問答無用で、マインドハッカー同士を向き合わせ、強引にキスさせた。


「こちとら急いでるんだッ、お呼びでないエロ目玉ごときがッ、邪魔すんなッ!」


 万力のように左右からギリギリと押しつけるように。押しつぶすように。

 痛いのか苦しいのか。香に巻き付けてる触手を解け、もがくように動かしているが、香は微動だにしない。


 それどころか、左右から押し込めるチカラをドンドンを増していく。


「んー……オレのチカラじゃここまま押しつぶすのは難しいか……」


:おら百合厨ども喜べエロ目玉百合だぞ

:ゴブリンはメス同士だったがこいつらはどうなんだ?

:男が間に挟まってるじゃないですかー

:男によって挟まれてるんだよ間違えんな


 呆れているのか、困っているのか。

 コメント欄もボケとツッコミが飛び交っているようで、どこか覇気がない。


「心愛さん、シロナさん。どっちでもいいんで、こいつらどうにかしてください」

「おっけ~~、じゃあ香くん。そいつらそのまま真上に高く投げて~~」

「りょーかい」


 ギリギリと両手に込めたチカラはそのまま、香は大きく振りかぶって、下から上へマインドハッカーたちを放り投げる。


魔技ブレス:マジックプロージョン!」


 宙へと放り投げられたマインドハッカーたちに向けて両手を掲げた心愛が、白い魔力の塊を解き放つ。


 一抱えほどはあるその白い光球は、マインドハッカーたちを飲み込むと、その内側に強烈なエネルギーを炸裂させてから、白い火花を伴う大爆発を起こす。

 その爆発に飲み込まれたマインドハッカーたちは、光球と共に爆発四散した。


「た~まや~~」


:汚ぇ花火だ

:さらばエロ目玉

:想定以上に速い瞬殺っぷりであった


 その様子を見ていたシロナが思わずうめく。


「皆さん……香さんはあれで超人化してないって信じられます?」


:それなー

:エロ目玉をあのまま潰せないあたり確かに超人化してない感あるけど

:洞察力とそこから生まれる発想とそれを実行する度胸がパネぇッス


「ひどいな。シロナさんもチキンの皆さんも。

 人を化け物みたいに言わないでくださいよ。こう見えてオレはごくごく普通の男子高校生なんですから」


 瞬間――


:ダウト

:ねーわ

:審議


 ――コメント欄が、そんな感じの言葉の弾幕で埋め尽くされるのだった。




【Skill Talk】

《マジックブラスト》

 無属性の初級魔技。

 フレアバレットの無属性版のような技。

 熱を伴った白色の衝撃波を放つ。その熱によって引火することはあれど、本質的には衝撃波とそれが触れた時に発生する爆発の衝撃がダメージソース。

 熱に強い相手にも衝撃でダメージが出るし、熱に弱い相手なら追加で熱のダメージも出るので、使い勝手が良い。


 ゲーム的な考え方としては、無属性ゆえに相手の防御力や対魔力など以外の要素にはあまり威力が左右されず、安定するという面がある。


 その安定感に、物足りなさを覚えるか、有用性を見出すかは人それぞれ。


 心愛が無属性の魔技を愛用しているのは、その安定感を重視している為。

 もっとも無属性を好む心愛とはいえ相手の弱点がハッキリしている時に、手持ちの魔技にそれがあるなら、そちらを選択することも多い。



《スパイラルブラスト》

 無属性の上級魔技。

 スパイラルフレアの無属性版のような技。

 熱衝撃波を螺旋状というかドリル状に放つ。

 貫通力が高い熱衝撃波が対象をえぐりながら内部に侵入し、その内側にて、螺旋状に圧縮された熱衝撃波がほどけるように炸裂する。

 相手を貫通したりえぐったりできなくとも、純粋にマジックブラストよりも高威力の熱衝撃波として優秀。



《マジックプロージョン》

 無属性の上級魔技。

 スパイラルブラストを単体技とするならば、こちらは範囲技。

 大きめの光球がを放つ魔技で、その光球を中心に大きな爆発が発生し、それと共に白色の熱衝撃を周囲へとばら撒く。

 光球の内側がもっとも威力が高く、周辺へとばら撒かれる衝撃波は余波と言っても良い。もっとも、その余波そのものも光球に近いとマジックブラスト並の威力を持つ上に、威力が減衰するとはいえ広範囲に広がっていくので、密集する相手に対して非常に有用。

 光球のサイズは術者の制御によってある程度のサイズ変更が可能。



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