涼 と チャラ男 と 領域での戦い


「香さん、撮影係の交代を」

「りょーかいです。白凪さん、戦闘は頼みます」

「はい」


 白凪がカメラを香に渡すと、SAIから鞭を取り出す。


:お疲れかおるくん

:適正ないのに強いよなカオル

:え?あいつ適正ないの?マジがんばるじゃん!

:適正有っても無くても外であれだけ動けるのほんとすごいわ


「あれ? 涼さんは?」

「え? あれ?」


 いつの間にか姿が消えている涼に、白凪と香が首を傾げていると――


「痛い痛い痛い……ッ!」

「ボクの友人に石を投げつけておいて、自分は痛い目に遭わないと思ったの?」


 ――なにやら香に石をぶつけた男性の首根っこ掴み、強引に前屈みにさせながら、無理矢理歩かせていた。


:あの手でよくもまぁチャラ男の首を

:目が据わっていらっしゃる


「お、お前ッ! そいつをどこへ連れていく気だッ!?」


 恐らくは涼が首根っこを鷲掴みしている男の連れだろう。

 涼の迫力に気圧されているのか、少し腰を引けながら食ってかかっている。


「着いてきたいなら着いてきていいですよ。ただ身の安全は保証しないし、自分の身は自分で守ってもらうけど」


:いつもの無表情対応……とは違うな

:完全にプッツンしてますってヤツだろあれ

:まぁバカの自業自得ではあるんだが構図はよろしくないな

:探索者が一般人いじめてるように見えなくもない

:変なのに切り抜かれないのを祈るぞ


「白凪さん行きましょう。香は無理しないで」

「えーっと、はい」

「……お前もな」


:シロナもカオルも困ってるじゃん!

:いやまぁ困るだろこれ笑


「くっそ……ガキッ、お前……!」

「ボクがガキなら状況の理解も想像も出来ない貴方は何なんですか?」


 もがこうとするチャラ男を強引に押さえつけながら、涼は砂浜を進んでいく。


「先行しますね」

「はい。湊と先輩のフォローをお願いします」

「もちろん」


 涼の言葉に、白凪はクールな微笑みでうなずくと、足早に進み出す。


:こんな状況だけど今のシロナさんの顔にキュンときた

:クール美人の微笑からしか取れない栄養がある


 前を行く白凪の背中を見ながら、香が涼に訊ねた。


「そんな怒るコトだったか?」

「香じゃなかったら作戦失敗してた上にクラゲを怒らせてる可能性があった。

 なにより、身体張って守ってる途中に守られてる側が妨害受けるのも二度目だからね。さすがに思うコトはあるよ」

「まぁキレたクラゲが市街地にビームぶっぱしてたらやばかったけどな」

「そこはどうでもいいや。撃たせないのは大前提で、それでも撃たれちゃって射線の変更も間に合わなかったなら仕方がないし」

「お前の基準って時々難しいよな」

「そうかな?」


:町がどうなってもよかったってコト?

:いやそもそも撃たせちゃった時点で負けって話だろ

:やるだけやって撃たれちゃったなら嘆いてないで速攻で倒そうって思考だろ

:言葉数や言葉選びの関係でわかりにくいし誤解されやすい言い回しって感じだ


「何より怒って極太ビームを市街地に向けて撃ったとしても、それはボクらの責任じゃなくて石を投げて怒らせた人たちの責任だろうし」

「え?」


 涼に首根っこを捕まれたチャラ男が驚いたような声を上げる。


「現場としてもギルドとしてもそうだろうが、世論はそうならんぞ?」

「そういう方向は面倒なので考えたくない」

「気持ちは分かる」


:気持ちは分かる

:ぐぅわかる

:でも香くんの言葉も間違ってないんだよなー

:世論考えてはぐれ退治なんぞ出来んぞ

:そうなんだが気にしないと肩身が狭くなるのが世論というやつでな

:そういうのが面倒くさいから考えたくないんだよなー


「な、なぁ……ビームって……」

「リアル系のロボットアニメとかであるでしょ、大型のビーム砲みたいな兵器。ピンと来ないなら巨大怪獣の口から光線とか、光の巨人ヒーローの〆の必殺技とか……あんな感じのビームを撃ってくるんだよ、怒ると。あのクラゲ」

「め、めちゃくちゃ危なくない?」

「だから怒らせると危ないってずっと言ってたじゃないか」


 首根っこを捕まれているチャラ男と、後を付けているチャラ男の顔が青ざめていく。


「だって、怒らせると危ないしか言わないし……あのクラゲはふよふよ浮いてるだけだったし……」

「いちいち細かいコト説明している余裕はなかったんですよ。いつ怒るか、何を条件にして怒るかはイマイチ分かってなかったんで」


 二人の男達の様子がだんだんと変わってくる。


「……探索者ってゲームやアニメみたいな動きできるんだろ? お前らもずっとぴょんぴょんしてたし」

「探索者が超人化できるのはダンジョンの中と、ダンジョン領域と呼ばれる区域だけです。

 あと、香とやってたレシーブジャンプは、自前。超人化領域外で出来るギリギリの手段」


:変な誤解してたのか?

:探索者が超人能力使わずジャンプしてちょんちょんしてたのが気に食わなかったのか

:それでも何か意味がある行いなんだと想像できないならダメだろ


 そうして、涼と香は、男二人を連れて境界線の近くまでやってきた。

 近づくにつれ、激しい水しぶきや、砂柱などが発生。

 大きな爆発の音や、何の音か分からない音なども聞こえてくる。

 なお、言乃の高笑いは聞こえない。戦闘可能範囲への誘導完了したので終了したようだ。


「え? なに?」

「何が起きて……」

「ハデにやってんなー」

「ギガントとやりあうとどうしたってこうなるよ」


 歩きながらも呆然とした顔をするチャラ男二人に対して、香と涼は何とも暢気な感想を漏らすだけ。


 なんでそんな気楽な調子なんだ――と、男二人が状況への恐怖を感じ始めた時だ。


 チャラ男たちの目に入ってきたのは、剣に炎を纏わせてクラゲに斬りかかる湊の姿。


「このッ!」


 ギガントジェリーはふわりと躱すと、先端が筒状になっている触手を湊に向けた。

 すると、先端に何らかのエネルギーが溜まっていくのが見える。


「それがビーム用だなッ!」


 刃渡りが一メートルほど、柄も一メートルほどの巨大な剣を構えたエンデルクが、横からギガントジェリーのビーム用と思わしき触手を切り落とす。


:よしこれでビーム封じたか?

:ディアちゃんも追撃の構えだ


 しかしギガントジェリーの触手はそれだけではない。

 恐らくは打撃用だと思われる触手を振り回して、エンデルクと湊を纏めて吹き飛ばした。


:おっさんとディアちゃんが!

:シンプルにパワーあるぞこいつ

:マハル様の中の人もケガしてるし何度目かの吹っ飛ばしなのかこれ


「なんだ……これ……」

「人が簡単に吹っ飛ばされてる……?」


 呆然とするチャラ男二人。

 だが、状況は二人のことなど無視して進んでいく。


「言乃さんッ、また二人の復帰フォローを!」

「はい!」


 湊とエンデルクへ追撃しようとしているギガントジェリーの正面に立って、白凪は鞭を構える。


武技アーツ白影百花ハクエイヒャッカ


 半歩下がるように足にチカラをこめ、直後に力強く踏み込みながら鞭を横薙ぎに振る。

 すると、鞭の一太刀と共に、追随するような無数の斬撃が放たれた。

 触手を何本が切り裂かれつつも、ギガントジェリーはふよふよと後退した。


 機敏とは言えない動きだが、本当的な直感が強いのか、致命傷を確実に避けるような動きをしている。


 手首を引いて伸びた鞭を引き寄せ、束ねつつキャッチ。

 再び、構えつつ、白凪は眉をひそめた。


 コメント欄のユーザーや白凪が気づいたことがある。


:触手の先端が泡だってる?

:本当だ!あれ斬られたところ再生してるぞ!


「手応えが薄いのに再生力が高い……本当に厄介ですね」


 カメラが回っているのに気づいたので、白凪は舌打ちを堪えた。


 それを見ながら、涼はカメラにも拾われない小声で香へ何かを告げる。

 香がそれにうなずいたところで、言乃と共に湊とエンデルクも戻ってきた。


「ビーム用の触手が再生しきる前に倒したいとこだな」

「同感です。次にまた潰せるとは限りませんからね」


 エンデルクが白凪の横に並ぶと、大剣を構える。

 白凪も改めて構えたところで、香が大声を上げた。


「白凪さんとデルクはできるだけクラゲからヘイトを稼いでッ! 湊は魔法剣を全力で準備ッ! 先輩は双方をフォローできる位置で!」


:どうした香くん?

:なんか仕留める作戦思いついたのか


「特に湊ッ、アイツがチャンスを確実に作ってくれるからッ、確実に仕留めろッ!!」

「……! りょーかいッ!!」


:マジか涼ちん動くの?

:手が使えないだろうに良くやるよ

:涼ってどんなコトができるの?

:↑姿と気配を消して背後からヒットアンドウェイ

:↑ヒットアンドウェイというかデッドアンドウェイかもだけど

:まぁ今は手が使えないだろうから全能力をディアちゃんの為に使うんだろうけど

:働き過ぎだよ涼ちん

:無理してでも動かないと危険なのがはぐれではあるけどさ


「デルクさん、どうやら香さんと涼さんには策があるようです」

「そうみたいだな。なら、指示に従ってやるとするか! あと、状況的に仕方ないとはいえガキに任せすぎたし、ここらで少しカッコいい大人ってヤツを見せつけたいところではあるしな」

「同感です。少しは大人の意地ってやつを見せなければカッコ悪いですものね」


 そうして二人は、地面を蹴った。


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【Skill Talk】


《白影百花/ハクエイヒャッカ》:

 鞭用の中級に分類される武技

 半歩下がってから、勢いよく踏み込み、横薙ぎを繰り出す。

 その際に、無数の斬撃が鞭から放たれ、周囲をズタズタに切り裂いていく。

 効果範囲と威力は申し分ないのだが、半歩下がってから繰り出すという動作の関係上、予備動作が小さい技と比べると、発生までの隙が大きいが弱点。

 また、発動後は鞭が伸びきってしまうので、伸びた鞭の回収がヘタな者や、回収動作がモタつく者などは大きな隙を晒すこととなる。

 だが、回収動作が素早く正確な者が使った場合、技後の隙が非常に短い技でもあるため、評価が非常に割れやすい技である。

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