涼 と 香 と 予定作り
いろは坂ダンジョンで絶景ランチを堪能した二人は、特に何するわけでもなくダンジョンから帰還。
そのまま駅前に行くと、二人はコスモバーガーへと入っていった。
ダンジョンの中で手に入れたモノを換金したいところではあるのだが、この辺りで一番近い探索者協会はバスに乗る必要があるので、パスだ。
SAIの中へと放り込んで置いて、後日にでも行きつけの探索者協会で換金すればいい。
「さて、近々夏休みがはじまるワケなんだが――」
注文したメニューを手に、二人が席に着いたところで、香はコーラを飲みながら切り出す。
相変わらず涼のトレイの上はバーガーが山になっているのだが、いつものことなので無視だ。
「――どうする?」
「どうするって、何が?」
いまいちピンと来てなさそうな涼に、香は苦笑しつつ答える。
「予定だよ予定。特に配信のな。
いつも通りなのか、企画立てて長期遠征するのか、あるいは全く配信しないのか」
「そういうコトか」
口に含んでいたチキンコスモバーガーを飲み込んで、涼はうなずく。
それから、食べる手を止めた涼は、顎の辺りを撫でながら真面目な顔をした。
「配信はしたい」
「そうか」
かつて興味がないと言っていたのが嘘のような反応だ。
それだけ、涼の中での変化があったということなのだろう。
「だけど遠征とかはパス。
基本的に府中や調布を中心に、ダンジョン探索した上で、日帰り出来る範囲がいい」
「ふむ」
自分の希望を口にする涼。
それをベースに、香は脳内でスケジュールを立てていく。
「あと単純にプライベートで、香や湊と遊びたいかな」
「なるほど」
「配信ナシでダンジョンに潜る日も欲しい」
「つまりは学校が無い以外はいつも通りか」
「そうだね。学校が無い以外はいつも通りかも」
そうして、涼は山盛りバーガーの制覇を再開する。
涼の望む方向が分かれば、あとは香の仕事だ。
(そろそろディア――というか、ルベライト・スタジオ以外とのコラボもありか?
ディアとのコンビがウケているのはありがたいんだが……個人配信なのにルベライトにおんぶ抱っこじゃあ、個人の強みがなんも生かせてないもんなぁ……)
山になっているバーガーを食べている涼を横目に、香はコーラをストローで啜りつつ思案していく。
(とはいえ、別にツテがあるワケでもねぇしな……。
こうなったらいっそルベライトに編入するか? とも思うが、それはそれでなんか違う気がするんだよな……)
事務所に所属すれば後ろ盾は強くなるものの、個人配信らしい自由度からは遠ざかる。
涼の天然気味でフリーダムな探索配信スタイルを生かすのであれば、個人勢のままでいた方が良いだろう。
事務所勢の芸能人的な立ち回りや配信スタイルなどは、涼には向かない気がするのだ。
(湊、白凪さん、ルベライト・スタジオ。
釜瀬さんに、鳴鐘さん以下シーカーズ・テイルの面々……。
ふつうに配信しているだけでツテが出来ていったワケだから、意外と今のままでも問題ないのかもな)
ルベライト・スタジオ以外の事務所勢にしろ、個人配信者にしろ、このままいつも通りにやっているだけで出会えそうな気がしてくる。
「結局、いつも通りが一番なのかもなぁ……」
「どうしたの急に?」
思わず口に出した言葉に、涼が反応した。
気がつくと、ハンバーガーの山は半分くらいになっている。
「お前の夏休みの方向性を確認したからな。
今後の配信について考えてたんだが……結論が、そうなったんだよ」
「そうなんだ。まぁいつも通りっていうのも結構大事だと思うよ」
「その心は?」
「いつも通りって、突然出来なくなったりするから」
「お前らしい言葉だが、一理ある」
結局、自分たちらしくやっていくのが、探索者としても配信者としても、ランクアップの近道なんだろう。
「それじゃあ、夏休み前に一回配信しようぜ」
「次の日曜日?」
「いや土曜日かな。来週の。予定は平気か?」
「うん。何を配信する?」
「寝顔や絶景でもいいんだが、最近は食材探しも結構アリなんじゃないかと思ってな」
「確かに。でも食材かぁ……」
真っ先に思い浮かぶのは東京美食倶楽部だが、毎度毎度あそこに潜るというのも芸がない。
「食材があるかは分からないけど、面白そうなダンジョンは一つあるよ」
「どんなダンジョンなんだ?」
「ちょっと美食倶楽部に似てるかな? エントラスが古い村っぽいんだ」
「へー……。じゃあ民家の中がダンジョンになってる感じなのか?」
「いや、民家には入れなくて――村の奥にある鳥居から入る感じ?
ボクも十分に探索しているワケじゃないんだよね、そこのダンジョン。だから――」
「ああ! 絶景や寝顔、食材を探す配信にするのか」
「うん。どうかな?」
涼の提案に香は小さく唸る。
初期の頃だったらこの提案は却下していたかもしれない。
だが、すでに涼のスタイルが確立されている上に、視聴者たちからの理解を得ている今、悪い企画ではなさそうだ。
「よし。それをやってみるか。
配信の準備はしておくから、探索の準備は抜かりなくな」
「もちろん。そっちも頼むよ」
香と涼は、それぞれに笑顔でうなずき合うと、香は残ったコーラを一気に啜り、涼は手に持っていたハンバーガーに大口でかぶりつくのだった。
・
・
・
・
・
そうして当日――
「皆さん、こんスニ~!」
:こんスニ!
:待ってた!
涼は件のダンジョンのエントランスでもある村で、ドローンへと挨拶をする。
事前に涼が香へと説明した通り、江戸時代などを思わせる姿をした村だ。
その村はどこかしなびた空気が漂い、どことなく薄暗くもある。
だが、周囲を囲う森は美しく、何かを護っている隠れ里のような雰囲気もあった。
:涼ちゃんどこにいるの?
:なんか怪しい感じの村?
:因習村の味がする
「因習村っていうのはよく分かりませんが、ここはダンジョンのエントランスです。
府中の国府八幡宮という神社の敷地の片隅にあるダンジョンですね。ダンジョン名は『
:八幡神社いいよね鳥居と踏切と電車を同時にカメラに納められる
:↑鉄的に詳しく知りたい情報だ
:神社の入り口に線路が横断してる不思議な光景いいぞ
涼がダンジョンの紹介をすると、ドローンが周囲をぐるりと映す。
:あれ?よく見ると提灯がある?
:お祭り準備中?
「そうなんですよ。以前に来た時は特に何もなかったんですけど、なんか村中でお祭りの飾り付けされてるんですよね」
:期間限定イベ?
:条件を満たした人が入ってくると祭り状態になるとか?
:ダンジョンに期間限定イベントとかあるの?
:条件で形が変わるっていうのはまぁゼロではないか
「そうですね。期間限定は聞いたコトはないですけど、可能性はゼロじゃないかと」
コメント欄と軽くやりとりをすると、涼は小さくうなずく。
「さて今日の配信なんですけれど」
:寝顔か?
:絶景かな?
:エントランスの雰囲気がどっちもアリなんだよなぁ
:裏をかいて食材探しかもしれない
推測のコメントが飛び交う中で、涼は淡々とそれを告げる。
「寝顔、絶景、食材――そういうのを探して回る配信をしたいと思います」
:探すの?
:これから?
「普段は自分で探して見つけたモノをみんなにお裾分けする形なんですけど、今回は敢えてまだあまりその手の探索をしてないこのダンジョンで、それらを探したいと思います」
:それは面白そう
:下手したら探索常識変わる可能性あるな
:普段涼ちんがあれをどう探しているのか確かに気になってた
「それじゃあ村の奥にある鳥居へと行きましょうか」
そして、村の奥へと進む涼をドローンが追いかけていく。
やがて見えてくるのは、ひときわ大きくて薄汚れた黒い鳥居。
村を囲む木々の神聖さとは真逆の禍々しさすら感じる不気味な鳥居だ。
その鳥居には、どういうワケか大量のお札らしきモノがベタベタと張られている。
お札は手の届く範囲にだけ貼られているようで、鳥居の全容を見れば黒い鳥居だと分かるのだが、足下だけ見ると色が分からないほどお札だらけだ。
:やっぱ因習村じゃねーか!
:絶対因習村だろここ!!
:リアルであったらドン引きしそうな鳥居
:全身お札にまみれたミイラ男みたいな死体がその辺りに転がってない?大丈夫?
:ここが入り口とか中は大丈夫なのか?
:食材も寝顔も絶景も期待が全くできない鳥居だよこれ!?
「鳥居をくぐると転移するので、転移酔いに気をつけてください」
コメント欄の騒ぎに首をかしげながら、涼は鳥居の神林へと足を踏み入れるのだった。
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【Idle Talk】
日本はダンジョンの入り口が、神社仏閣の敷地内に多い。
これは、いわゆる地脈的なパワースポットがダンジョンの在り方と結びついている為。
例外は多々あるが、ダンジョンが発生している場所というのは、パワースポットであるコトが多いのは間違いない。
これは日本だけの現象ではなく、世界各地のダンジョンの入り口もそんな感じである。
純粋なパワースポットだけでなく、パワーを持たずとも人々の願いや思い、妄想や想像の集積点に発生する場合もある。ようするに怪奇スポットや噂が立ちやすい廃屋、歴史的な意味を持つ土地など。
これらはある程度の研究が進んだ末に判明したことである。
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みなさま、よろしくお願いします。
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