涼 と 香 と 次の相談


 瀬海樹せみつき学園高校。二年B組。教室。


 昼休みに涼は、大きめのお弁当箱を鞄から取り出して机に置いた。


 その時だ――


「涼」


 ――自分を呼ぶ声に、涼は顔を上げ、そちらを見る。


「香?」

「おう」


 自分の弁当箱を片手にB組に入ってきた香は、もはや確認もせずに涼の前の席に座った。


「今日は香もお弁当?」

「ああ。お前の今日のメニューはなんだ?」

「ふっふっふ。今日は三色丼、ご飯少な目!」


 ドヤァと蓋を開けてない弁当箱を示す涼に、香は目を眇めて訊ねる。


「……一応聞いておくが、その三色はどんな三色だ?」


 その問いかけに、涼は勝ち誇ったような不敵な笑みとともに、お弁当の蓋を開けた。


「|チキン南蛮、ヤンニョムチキン、台湾唐揚げ」

「一色しかねぇだろそれ」


 思わずツッコミを入れると、涼は「否!」と気合いの籠もった仕草をする。


「チキン南蛮のタルタルソースすなわち白!

 ヤンニョムチキンの甘辛ダレすなわち茶!

 そして台湾唐揚げのタレ無き姿すわなちクリアカラー!」

「一つ透明なら二色じゃねーか」

「なにおう! 唐揚げの衣の色が目に入らぬかー! 下に白米もあるからね!」

「色の話を白米に向けるならタルタルの白と白でかぶるぞ」

「なかなか強情な……差し色に目玉焼きでも乗せるべきだったかな?」

「その差し色も色味追加にならんだろ」

「三色って奥深いんだね難しい」

「奥深いかどうかは知らんが深堀りする方向間違ってるのは確かだな」


 やれやれと肩を竦めながら、香は自分の弁当を包む布を解いた。


「香のお弁当は?」

「おふくろ謹製の唐揚げ弁当」

「……!?」


 瞬間、涼の目が輝いた。


「大きい唐揚げ一個と台湾唐揚げ一枚の等価交換でどうだ?」

「そ、それ等価なの……ッ!?」


 本気で悩み出す涼の姿に笑いながら、唐揚げを一つ涼の弁当箱の中へと放り込んだ。


「冗談だよ。ほれ、一個やるから」

「香……!」


 これ以上ないほどの感謝の念を瞳に込めて見上げてくる涼に、香は苦笑を漏らす。


「さて、食いながらだが次の配信に向けての作戦会議しようぜ」

「うん」

 

 嬉しそうに唐揚げを口に運びながらうなずく涼を見ながら、香は学ランの内ポケットから手帳を取り出した。


「装備の修復はどうだ?」

「昨日、お願いしに行ったから、一週間くらい?」

「ふむ」


 涼が愛用しているコートを筆頭に、探索者たちが身につけている服や靴などは、ダンジョン素材から作り出されていることが多い。


 単純に現代技術を使って加工できるものもあれば、心愛の錬金術のように、スキルが無ければ加工ができないモノもある。

 さらにはダンジョン内での宝箱や、モンスターを倒した時にドロップという形で武器やアクセサリなどが手に入ることもあり、入手方法は多岐にわたる。


 そして量産品であれ、一点モノであれ、領域外ではふつうの衣服やアクセサリだが、領域内においては、特殊な効果を発揮するのだ。


 涼の黒いコートなどはまさにそれである。

 邪魔な時は脱ぐことはあるものの、単純に身を守る防具として優秀なものだ。


 それらは当然、探索する上で傷つくし、汚れたりもする。

 ふつうの洗濯方法では洗えず、修理もできなかったりするので、昨今では専門のお店があるくらいだ。


「コートが邪魔になるダンジョン以外だと着てたいよな?」

「うん」


 口いっぱいに鶏を頬張りながらうなずく涼を見て、香は手帳にコートの修理スケジュールを書き込む。

 そうなると、コートが戻ってくるまではダンジョン探索が絡む内容のことは、スケジュールに入れない方がいいだろう。


「今度のコラボは例のビストロのお店でやる予定なんだがな。

 事前に録画で、モンスターを狩る絵が欲しいんだってさ」

「うーん……まぁコート無しでもいいけど、防御面に不安はでるんだよね」

「そこは分かってるさ。タイトスケジュールにはなるが、コートが返ってきてからでも問題ないように調整する。

 湊の方も一緒に狩りの撮影に行きたいって言ってるしな」


 別々でも問題はないのだが、せっかくのコラボなのだから事前の撮影パートも一緒にやりたいというのが湊の弁だ。


「場所は?」

「予定としては武蔵国府史跡――あー……そういや最近、名前がついたんだっけ? 東京美食倶楽部だったか」

「ボクと湊で、結構あそこのモンスター食べてるしね。可食モンスターや素材が多いから、誰かがそういう名前を付けたみたい。それらを配信してたのも大きいかな」

「安直というかなんというか」


 名前がついた程度で何かが変わるわけではないので、涼にしろ湊にしろ気にすることもない。


「まぁあそこならエリアによってはコートなくても不安なくいけるよ」

「そいつは朗報だな。それなら――」


 涼の言葉を受けて、香がスケジュールを詰めていこうとした時だ。


「兎塚くん! 茂鴨くん!」

古城コシロくん? どうしたの?」


 B組の生徒で、配信こそしていないが探索者をしている古城が慌てたように二人のところにやってくる。


「ちょうど今二人が話してた東京美食倶楽部に関するニュースが入ってきたんだよ!」

「え?」

「マジか?」


 古城は自分のスマホを涼の机に置いて、そのニュースを示す。


 何らかのニュースサイトではなく、掲示板サイトである探索者情報交換酒場スレッドのようだ。


「ここ、ここ」



676 :名無しの探索者さん

東京美食倶楽部のエントランス占拠してる連中なんなの?



677 :名無しの探索者さん

>>676

エントランスの占拠?なにがあった?



678 :名無しの探索者さん

>>676

マジあいつら何なんだろうな?

占有探索権ってそんなに簡単に発行されたっけ?



679 :名無しの探索者さん

>>678

発行されるかどうかは知らんが少なくとも権利証明書は持ってた

あれをチラつかされちまうとこっちも強くは出れんしなぁ



「占有探索権ってなんだ? 古城知ってる?」

「いやおれもよく分かんない」


 そんな話をする香と古城に、涼が答えた。


「占有探索権――言ってしまえば、特定のパーティが一時的にダンジョンを占有する権利。

 殿ヶ谷戸ダンジョンの調査の時、ボクはギルドからその権利を預けられてたよ。必要があったら使えって。使わなかったけど」

「あー……」

「なるほど」


 香と古城が揃って声を出し、そして首を傾げた。


「でもそれだと、緊急時とかに発行されそうな感じだよな?」

「東京美食倶楽部に何か緊急事例とかあったのかな?」


 二人の懸念に涼も、それはそうだとうなずく。


「古城くん、そこでパーティ名が分かるかどうか訊ねられる?」

「いいぜー」




682 :名無しの探索者さん

その占有している連中の名前ってわかるの?

責任者とかパーティ名とか



685 :名無しの探索者さん

>>682

パーティ名は分かる

聞いたコトのない名前だったし検索してもわかんなかった


44ドロップアウト


ってパーティ名だったぞ



689 :名無しの探索者さん

>>685

さんきゅー

マジで聞いたコトねぇな

ナニモンなんだろ?




「……44ドロップアウト……検索には引っかからないな」


 即座に香がネットで調べてみるも、情報はまったく出ないようだ。


「44……ドロップアウト? ……あ!」


 涼はポンと手を打つと、自分のスマホを取り出してLinkerリンカーを起動する。


「どうした涼?」

「釜瀬さんに確認するのが手っ取り早いかなって」

「ん? どうして釜瀬さんに……いや、そういうコトか。半分だもんな」

「そうそう」

「二人だけで理解しあってないで教えて欲しいんだけど」


 涼と香のやりとりに、ついていけずに古城は声を上げるが、二人は特に解説せずに話を進めていく。


 Linkerで釜瀬にメッセージを送ると、すぐに返ってきた。


「ビンゴ。やっぱオーハチの残党っぽい。もうコンタクトは取ってたみたいだけど、聞く耳持たずだって」

「だろうな。よっぽど強い後ろ盾でもあんのかね」

「んー……占有期間の長さはわからないけど、しばらくあそこに潜れないのは面白くはないよね」

「おーい……おれが持ってきた情報なのにおれを無視して盛り上がらないでくれー……」


 涼はわずかに下顎を撫でて思案したあと、電話帳からある電話番号を呼び出した。


「お? 誰に電話するんだ?」

「コネや後ろ盾に対抗するにはコネや後ろ盾が重要だって香は言ってたでしょ?」

「なるほどな。ダンジョンが絡むと発想も手際もいいな」


 数度のコールが流れる横で香が感心している。

 しばらくコール音を聞いていると、電話相手が受話をしたようだ。


「お久しぶりです。単刀直入に言いますが、美食倶楽部の件についてです」

《でしょうね。さすが耳が早いというべきか――正直、着信に出るべきかどうか悩みました》


 電話の相手は紡風ツムカゼ メグル

 ようするに、涼が直接話ができる探索関係者の中で、一番偉い人だ。


《色々と大人の事情込みなので全てを明かせませんが、とりあえず手続きは正当です。強制的に取り下げるのは難しいでしょう。

 ちなみに期間は無制限。占有目的は調査。本当にダンジョンのモンスターが食べられるかどうか……だそうです》


 馬鹿らしい――というニュアンスをにじませながら、旋が告げる。

 少なくとも涼と湊が配信でそれを証明するかのように食べているのに今更だ。


《ぶっちゃけてしまいますと、私としても意味不明なんですよ。

 私の管轄内で、私への確認もなく、知名度も実績もないパーティがダンジョン占有なんて》


 なにより、本当に調査するのであればポッと出の謎パーティよりも、何度も東京美食倶楽部に潜っている涼や湊へ依頼した方がマシなはずである。


 何より東京であればシーカーズ・テイルに頼んだ方が確実だ。

 探索者としての知名度も実力も知られている。


 それをしないのだから、占有理由もそれっぽいもののでっち上げなのだろう。


 だが、涼からすればその辺りはどうでも良かった。


「逆に言えば正当である以上、問題が発生したら占有パーティがその問題に対して尽力する必要はありますよね?」

《それはまぁそうですね》

「そして問題解決能力に疑問ありとなれば取り下げられますよね?」

《それは――そうですが、涼さん。何を考えているんですか?》

「コラボ配信する予定なんですよ。正直、大人の事情だとか意味不明な理由で占拠されても困るんですよね」

《ですが――先も言いましたが、手続き上は正当ですよ?》

「ええ、正当であればあるだけ助かります。だって正当な理由があれば紡風さんが占有権を取り消せるんでしょう?」


 旋の声は香と古城には途切れ途切れに聞こえていたが、涼の声だけはハッキリと聞こえている。

 その上で、二人は涼が何をしようとしているのか分からずに訝しむ。


《それはそうですが……涼さん、一体何を……?》


 それは電話相手である旋とて同じだ。

 涼が何を言い出すのか分からずに、戸惑っている。


 それを知ってか知らずか、涼は告げる。


「コラボには間に合わせたいので急いで解決しましょう。

 その為にお訊ねしますが……紡風さんの管轄内――いえ、管轄外でも構いません。可能な限り近場で、死にかけているダンジョンはありませんか?」


 香と電話の向こうの旋は、即座にその問いかけの意味に気づいて、盛大に顔をひきつらせるのだった。


「鴨肉もレイクコンソメも占有は許しませんのでッ!」



=====================



【Idle Talk】

 前回の探索でコートを筆頭に装備はだいぶ傷ついてしまっているが、心愛の診察とポーションによって傷を治して貰って以降、体調はすこぶる良い模様。


「……結局、心愛さんからはどんな説教されたんだ?」

「……香、人には聞かれたくないコトが一つや二つあるものだよ」

「そのレベルなのかよ」



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