涼 と ベテラン と 立ちはだかる強敵


「……で、どう倒します?」


 トカゲのような顔と体躯に、首長竜を思わせる長めの首をもつ巨躯きょくを見ながら、涼が二人に尋ねる。


「オレと涼で攪乱かくらんして、隙を見て鳴鐘さんに首打ちをしてもらう――が、確実じゃないか?」


 涼も釜瀬も主武装が短剣だ。

 手数と手札の数には一日の長はあれど、決定力という点においては日本刀を使う守の方がある。


「基本はそれでいくとしてしても、まずはひと鞘当てにいかないとな。

 どの威力なら通るのか、何が通用するか――それを確認しなきゃ、通せる技も通せないだろ?」


 それは確かに――と、涼も釜瀬もうなずく。


「そんじゃまぁ、まずは散開して好きにお触りとシャレ込もうか!」


 守のその一言で、守を中心に涼は右へ釜瀬は左へと回り込む。


 こちらの動き出しを感じ取ったブロシアが首をもたげる。

 どうやら、まずは目の前の守に狙いをつけたようだ。


「簡単には餌になってやれねぇんだな、これが」


 ブロシアは口を大きく開けて、守に向かって噛みついた。

 その大口は守がいた地面を抉り、土ごと飲み込む。


 だが、そこに守はいない。


 勢いよく襲いくる大口を、被害を受けないギリギリのタイミングで避けて首の側面へ移動した守は、伸びきったその首に狙いを付ける。


「そらッ!」


 鞘より抜き放つ勢いのままに、刃を一閃。

 金属同士の擦れる音を響かせた剣は、即座に鞘へと納刀された。


 傷こそついてはいるが痛がる様子はない。

 車でいうところの表面の塗装だけが、少し削れたようなものなのかもしれない。


「堅いな。もうちょいマナを乗せないとダメか」


 素早く間合いを取りながら、守は散開した二人へと視線を巡らせた。




武技アーツ虚礼キョレイ詐交十欺サコウジュウギ


 守に狙いを付けたブロシアの側面。

 その横っ腹にめがけて、釜瀬は構えた二刀の短剣を振るい、交差させるような斬撃を飛ばす。


 そしてそれを追いかけるように飛びかかり、二刀を大上段に構える。


武技アーツ続礼ゾクレイ二縦連詐ニジュウレンサ


 先発の斬撃波に追いつきながらの、二刀による力任せの縦二文字。


 その双方が、ほぼ同時にブロシアの側面に叩きつけられる。


「……傷はついたが……効果が薄いな。

 バフ無しだと、オレの攻撃力では少しばかり厳しい相手かぁ……。

 大技、使う機会がありゃいんだけど」


 直後、守を攻撃した首を戻したブロシアが釜瀬を睨む。

 痛いと感じたのかまでは知れないが、不快ではあったようだ。


 それを見、自分を注視するならそれでも構わないと釜瀬は笑う。


「怖い殺し屋が気配を消して様子を伺っているんだ。オレばかりに注視してていいのかな?」


 言葉が通じないのを承知の上で、釜瀬はそう告げる。

 散開すると同時に、涼の気配は希薄化していたのだ。


 虎視眈々と、暗殺系バフが一番効果があるタイミングを狙っているはずだ。


 そして案の定、ブロシアが釜瀬を睨んだ直後――


武技アーツ黙礼モクレイ死鵠絶鳴シコクゼツメイ


 ――いつの間にかブロシアの首の高さまで飛び上がっていた涼が、空中で黒いオーラを纏った斬撃を繰り出す。


「…………!?」


 だが、直前で気づいたのか、ブロシアは首を大きく動かした。


 涼の斬撃がブロシアの首を撫でるが、途中で気づかれた為に、暗殺系のバフ効果が薄れて著しく威力が落ちる。


 それでも薄皮一枚くらいは裂けたのだろう。首元に僅かな血の滲みができる。同時に、ブロシアの瞳に明らかな殺意と敵意が宿った。


 斬撃を放ったあと、着地までの僅かな時間。

 人間では自由に動き難い空中にいる涼へと、ブロシアは目を付ける。


 大口を開けるブロシア。

 明らかに涼を食らおうとする動き。


 だが涼はまるでそれを予想していたかのように、空中で投擲用のスローイングナイフを数本投げ放つ。


 それらナイフは、ばちばちと弾けるようなオーラが纏わされている。

 黄色のオーラを纏ったナイフはそのまま、ブロシアの口の中へと吸い込まれるように飛んでいく。


 ナイフの纏うオーラに危険性を感じ取ったのか、涼を食らわんとする動きを止めて、ブロシアは口を閉じた。

 オーラを纏ったナイフは、その堅い皮膚に弾かれる。


 その間に涼は着地して、素早く距離を取った。


「口の中に刺さってれば終わってたかもしれないのに、残念です」

「涼ちゃんおっかねぇな、おい」


 独り言をぼやいた涼の言葉を聞いていた守が思わずツッコミを入れる。


「着地のフォローをしようと思っていた必要無かったみたいだな」

「いえ。気にかけて頂きありがとうございます」


 涼の動きは、初太刀が防がれること前提の動きだった。

 運良くそれで倒せればそれで良し。倒せずともすぐに反撃してくるなら口の中にナイフを投げ入れるつもりだったのだろう。


 あるいは、初太刀がある程度のダメージになったのであれば、その傷口にナイフを投げていただろうことも予想ができる。


「ともあれ――堅いは堅いですが、暗殺系のバフや大技を使えば、ボクでも攻撃は通せそうですね」

「みたいだな。これなら、俺の攻撃もそれなりに通りそうだ」


 よしよし――と、守が不敵に笑う。


「グルルルルルルゥ……ゥ」


 一方で、ブロシアは唸りながら三人をねめまわす。

 守を含めた三人は、自分を脅かす脅威であると感じたのだろう。


「投げナイフで狙いやすそうなところに、大きめの傷を付けて貰えます?」

「いいぜ。任せな」


 だが、三人とも睨まれていることなど意にも介さず動き出す。


 言葉こそ交わさなかったものの、守と涼が何かしようとしているのを感じ取ったのだろう。


 釜瀬がブロシアの気を引くように動き出す。


 まずは一刀。釜瀬は投擲用のスローイングナイフをブロシアの目に向けて投げ放つ。


 それを目を閉じて瞼で防ぐ。

 片目を伏せた隙に、釜瀬は背面の方へと移動する。


 涼ほどではないが多少のスニーキングスキルは習得しているのだ。

 ブロシアからして見れば、ナイフを防ぐ為に目を閉じ、開けた瞬間に姿が消えたように感じたかもしれない。


 そして、気配の薄い敵の脅威を、ついさっき味わったばかりのブロシアは、姿の消えた釜瀬を必要以上に警戒する。


 それは同時に、守や涼への意識が薄くなるのと同義だ。


「さすがは保護者先生だ。助かるぜ」


 守は軽く膝を曲げ、腰を落とし、ブロシアを見る。

 狙うは正面。首の付け根――のさらに少し下。人間に例えるなら胸くらいの辺り。


 切り落とすことなど最初から考えず、涼の頼みを聞くためだけに繰り出す一刀。

 ちなみにその涼は、釜瀬がブロシアのヘイトを買ったのと同時に、スニークスキルを使って姿を消した。


 釜瀬は僅かにその気配を感じ取れるが、涼に関しては視界はおろか五感を使っても様子を伺えないほどだ。


 その気配の消し方に、守は内心で舌を巻きつつブロシアを見つめる。


「それなりの傷……ね」


 倒さなくて良いなら気楽な話だ。

 もちろん、最終的には倒すが――涼がやろうとしているのは、確実にブロシアをしとめる。その為の一手なのだろう。


 軽く目を伏せる。

 精神統一は一瞬。それで十分だ。


 次に目を見開けば、斬るべき場所のみが見えてくる。


武技アーツ瞬牙シュンガ葬一刃ソウイツジン二連ニレン


 そして、あとは斬るべき場所へ斬撃を放つ。それだけだ。


 黒鞘より刃を引き抜く。

 春の森の陽光に照らされた白刃は、刹那の間、反射し輝き――


 ブロシア自身は斬られたことにまだ気づかず。

 ブロシアの皮膚すらも、自身が裂けたことに気づかず。

 故に、鮮血はなく。


 刃から反射された陽光が、見る者の目を眩ませる間もなく、その白刃は鞘へと戻るチンという涼やか音のみを残す。


 その音が合図。

 ブロシアの皮膚が裂け血が吹き出し、そこへ来てようやくブロシアは自分が斬られたのだと理解する。


 守の狙い違わず。

 ブロシアの首元よりやや下に、大きくX字の傷がついていた。


「もうちょいマナを込めて、これより威力のある技なら首打ちもいけるな」


 涼の願いに応えつつ、守のその一刀は試し斬りの意味もあった。

 今の手応えから、首を切り落とすに必要な力を正確に導き出す。


「グルゥアアアアアア……!」


 痛みにもがき、前足――というか上半身というか――を持ち上げるようにのけぞるブロシア。


「おっと……!」


 姿を消していた釜瀬は、踏みつぶされてはたまらないと、慌ててブロシアから距離を取る。


 涼も同じだ。

 あれが攻撃であれ、ただもがいているだけであれ、質量の大きいもののソレは、それだけで脅威となる。


「さすがにまずいか」


 すぐに涼も距離を取り、様子を伺おうとした直後だ。


 前足が勢いよく地面を叩く。

 ズシンという重々しい音とともに地響きがなる。


 同時に、そこを中心に衝撃波が放射状の広がっていく。


「うお!?」

「あぶな!」

「わっと!」


 三人はそれぞれにジャンプしてそれを躱す。

 足下を通過した衝撃波は、近場の木々をバキバキとへし折っていく。


「グゥルゥラァァァァ!!」


 躱した三人が、それぞれに着地した時。

 ブロシアは全身を振るわせる――犬や猫が濡れた身体を振るわせる動きにも見える――と、その背中の桜の木から、大きな花びらが無数にこぼれて花吹雪となっていく。


「鳴鐘さん! 涼! ブロシアから距離を取れッ、この花びらは一枚一枚がカッターナイフのように切れるぞ!!」


 釜瀬がそう叫ぶと同時に――


「グルゥアァ!!」


 ――ブロシアが咆哮をあげる。


 直後、ブロシアを中心に渦を巻くような突風が吹きすさび、花刃かじんの花吹雪はそれに乗って、美しく舞い狂うのだった。



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【Idle Talk】

 涼ちゃんねるを見ていたチキンたちの中には、探索者情報交換用酒場『スレッド』の住民も当然いる。

 すごい共闘が見れるぞ――と、関連スレのページにアドレスを張りにいくのも当然の行いだろう。たぶん。きっと。めいびー。



【Slill Talk】

虚礼キョレイ詐交十欺サコウジュウギ》:

 短剣二刀流専用の中級武技。詐剣術さけんじゅつという短剣系のフェイント重視の武技群の技の一つでもある。

 詐剣術にあってフェイクなしに繰り出す大技。

 上段で交差させた両手を開きながら振り下ろし、斬撃による剣圧を放つ。

 近距離であれば純粋に高威力の斬撃。

 中距離であれば速度遅めの剣圧による飛び道具として機能する。

 振りは大きいが使い勝手は良く、釜瀬が改心する前から使い続けていた技。改心した今も釜瀬にとっては主力の武技。

 中距離からこれを繰り出し、剣圧波を盾にしながら間合いを詰めて行くのが釜瀬の基本スタイル。



続礼ゾクレイ二縦連詐ニジュウレンサ》:

 短剣二刀流専用にして現在は釜瀬専用のオリジン武技アーツ

 中距離から詐交十欺を飛ばし、それ高速で追いかけるように跳躍。追いついた後に、上段に構えた二刀で同時に縦一文字を繰り出すことで、詐交十欺の剣圧波と二重縦一文字によるダメージを同一のタイミングで与える。

 詐交十欺を盾に間合いを詰める基本スタンスを繰り返していた時、詐交十欺も斬撃も確実に同時に与えられるタイミングで、もっと威力のある行動をとれないかと試行錯誤しているうちに、この動きが確立された。

 最初は武技ではなかったのだが、何度も繰り返しているうちに武技へと昇華されていき、技名を付けたことで明確な武技としてダンジョン領域が認識した。

 想海記録ソウカイキロクに登録されていない技ゆえ、今のところは釜瀬以外に使い手はいない。

 しかし釜瀬が使い続け、人々の記憶の中にこの技と動きが認知されていけばいずれは記録される。

 記録されれば、他の者も閃けるようになるだろう。



瞬牙シュンガ葬一刃ソウイツジン二連ニレン》:

 日本刀専用の武技にして守専用のオリジン。

 高速高威力の居合いによる斬撃に加え、物理法則も領域法則をも越えた不可視の刃でもう一太刀切りつける技。故に二連。


 本来の葬一刃は、初級武技であり、速度と威力を高めて繰り出すシンプルな居合い抜き。居合い剣士を目指そうとするなら最初に習得することとなる技。

 発生速度、威力ともに初級としては申し分ないほど高いのだが、技後は一度納刀しないと他の武技の一切が使えなくなるというデメリットがある。二連に限らず、居合いベースの武技は同様のデメリットを持つ技が多い。

 もっとも守を筆頭に居合い剣士は、そのデメリットとうまく付き合ってこそ居合い剣士として一人前だとしている。


 葬一刃そのものは守にとっては主戦力。だいたいの相手はこれ一撃でこと足りる。

 それでも時折、僅かもう一太刀が足りずにしとめきれない場面に遭遇する。

 仲間のフォローで事なきを得て、今まで大事にはならなかったが、このままではいずれ大事になるかもしれないと思った守は、試行錯誤をし始める。

 そのかいあってか、普段とは異なる手応えが生じるようになる。葬一刃しか当ててないはずのモンスターに、小さなひっかき傷のようなモノが発生。透明な下敷きをちょっと白くする程度のひっかき傷であったが、それが自分の葬一刃で発生したのだと気づいた守はさらに葬一刃の連度を上げるべく鍛錬を続ける。

 ある日、ダンジョン領域を疑似的に再現するシミュレータールームを借り、ひたすらダミーターゲットに葬一刃をし続けるという訓練をしはじめた。

 ダンジョン探索の時間になってもシミュレータールームから出てこない守を心配した仲間たち。

 もう少しで何かつかめそうだという守の真剣な目に、なら好きなだけ訓練してればいいと、放置した。

 探索が想定より時間がかかり、夜もだいぶ更けてしまった一行は、さすがに守も帰っただろうと、シミュレータールームには寄らずに帰宅。

 翌日の昼過ぎの集合時間になっても姿を見せず、もしやとシミュレータールームで向かうと、まるで一週間以上飲まず食わずだったのではないかと思うほど汗だくで痩せこけた守がそこにいた。

 慌ててシミュレータールームから引きずり出そうとする仲間たち。

 最後に一回だけやらせてくれという守の頑固に負けて、あと一度だけだと許した時――無傷のダミーターゲットに、歪ながら明確な十字傷を付けるのに成功。「掴んだ」と、ガッツポーズしながら守は意識を失い倒れた。


 以後も鍛錬を続け、実践でも問題なく繰り出せるまでに至り、二連と名付けたことで武技へと昇華された。


 想海記録ソウカイキロクに登録されていない技ゆえ、今のところは守以外に使い手はいない。

 しかし守が使い続け、人々の記憶の中にこの技と動きが認知されていけばいずれは記録される。

 だが、記録されたところで、守以外の者が閃き、使いこなせるところまでいける確率はあまり高くないだろう。


 なお守は、二連はできたんだから、三連も目指したいとしている。


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