涼 と 湊 と イぺルカロリコ


 コラボの話の前に、お店の使用時のルールなどを詰めていく。

 とはいえ、わりと常識の範囲内の話であったし、オーナーシェフである鉄平も配信への理解と造詣が深いため、話はわりとすぐに終わった。


 コラボ企画そのものは、ルベライト・スタジオの部長から許可を貰っているそうなので、問題ないそうである。


 香としては涼が了承するならそれで構わない――としたならば、涼も二つ返事でOKしたので、コラボは確定だ。


「でもなんでまたコラボの話を?」


 やることはやぶさかではないのだが、自分たちはソロ配信者である。

 事務所所属の配信者と、ポンポンとコラボするのはためらいがあるのだ。


 そんな香の戸惑いを理解した上で、白凪はイタズラっぽく笑って答える。


「理由と事情はどうあれ、女を泣かせた責任はとっていただかないと」

「あー……なるほど」


 その答えに、香は何となく納得した。


 理由と事情と建前はどうあれ、今回のコラボの一番の目的は大角ディアのメンタルケアと、モチベーション維持の為なのだろう。


 とはいえ、泣かせたのも涼なら、コラボ相手も涼だ。

 そう考えると、マッチポンプのようで些かカドが立ちそうな話でもあるのだが――


「マッチポンプ的な業腹さとかないんです?」

「泣いたのもリスナーの前ではなく、あくまでもプライベートですからね。

 本人もコラボするコトに喜んでいますし、部長もノリノリだったので問題ないですよ?」

「部長さん……来るんですね……」

「はい。覚悟だけはお願いします……」


 自称出たがり部長は、今回のコラボにも参加する気まんまんらしい。むしろ自分が参加したくてコラボに許可出した可能性まである。


「まぁ部長さんはともかく、ほかのメンバーさんは?

 涼ディアのコラボだと、どう考えても料理配信になるので、突撃してくるのでは?」

「事前にアンケートとって観客席参戦させます」

「まぁ、妥当……ですかね?」


 うなずきつつも、妥当かどうかの判断ができずに香は首を傾げた。

 ただ今ここで考えても仕方がないし、香にはどうにもできないので白凪――というかルベライト・スタジオを信じるしかない。


「さて、話し合いとしてはこんなものでしょうか」

「ですね。詳細な日程とかは後日で?」

「はい。決まり次第、千道オーナーと香さんへ連絡を入れますので」


 鉄平と香の両方がうなずいたことで、話し合いはここまでとなった。


「では、みなさんあちらの鉄板のあるカウンター席へどうぞ」


 そのタイミングで、鉄平は全員へ声を掛ける。


「せっかくうちに来てくれたんですから、食べて行ってください。ごちそうしますよ」

「いいんですかっ!?」

「もちろん。逆ファンサービス的なやつですよ。みんなにはナイショですよ?」


 冗談めかして口元に人差し指を立てる鉄平に、涼と湊は楽しそうに目を輝かしている。


「頂きましょう、香さん。ここで変に遠慮する方がかえって失礼かと」

「そうみたいですね。すみませんオーナー、ごちそうになります」


 そうして二人も、カウンター席についた。




「鶏肉でなくて申し訳ないですが」


 そう笑いながら、涼の目の前で鉄平がステーキを焼き上げていく。


「確かに贅沢を言えば鶏肉が良かったですけど、こうやって目の前で分厚いステーキを焼いて貰うなんて初めての経験なんで、楽しいです」

「コラボの時や、プライベートでも、目の前で湊に焼いて貰ってるだろ?」

「それはそうなんだけど、それとこれとは何か違うというか……」


 香のツッコミに、涼が真面目な顔をして首を傾げる。

 その様子に、湊は笑う。


「わかるわかる。なんか違うよね。

 家族や友達が作ってくれてる時と、こうやって座って目の前でシェフが作ってくれてる時とだと」

「うん。どっちもワクワクするけど、ワクワクの質が違うというか」


 精神年齢が下がったような雰囲気で、二人はキラキラと目を輝かせ、お互いの言葉にうんうんとうなずきあっている。


「大人ぶってますけど、香さんもワクワクしているのでは?」

「してますよ。やっぱライブクッキングってワクワクするじゃないですか」

「否定しませんよ。大人だってこういうのはワクワクするんですから」


 そうして焼きあがったステーキが目の前で皿に盛られていく。


「みなさん、熱いうちにどうぞ」

「いただきます」


 真っ先にそう口にして、お肉にフォークを刺したのは涼だ。

 すでに鶏肉でないのが残念――という僅かな感覚もなくなり、ただ口に運びたいと思っていた。


「んん~~~~!」


 柔らかい肉。

 噛めば溢れる美味しい肉汁。


 お肉の質が良いのもあろうだろう。

 だけどそれ以上に、きっと焼き方が上手いのだ。


 同じ肉を自分が焼いたところでこうはならない――と、確信がある。


「食べてくれた人の笑顔を見たいというのは料理人の心境としてよくあるものですけど――こうやって輝いた顔を見ると、なんか嬉しくなりますね」

「そうなんですよ。なんかふつうに美味しいと言って貰うより嬉しくなるんですよね」


 鉄平の言葉に、湊もうなずく。

 顔を輝かせながらステーキを食べる涼の姿に、鉄平も湊も楽しそうにしている。


 そうして、涼だけでなくほか三人もステーキに舌鼓を打っていると、奥の厨房から男性が一人顔を出した。


「オーナー」

「ん?」

「自分の料理もみなさんに提供していいですか?」

「うちの味の基準を満たしてるならな」

「それなら問題ありません」

「わかった。ならいいぞ」


 鉄平の許可を取ると、男性は厨房へと引っ込む。

 その様子に白凪が訊ねた。


「彼は?」

「ああ――うちのスタッフの一人ですよ。

 うちは休業日でも、料理の勉強したい従業員に厨房を使う許可を出してるんで」

「それじゃあ彼は、今日は勉強の為に?」

「ええ」


 なるほど――と、白凪が納得していると、男性がその料理を持ってくる。


「あ」


 瞬間――食べてもいないのに、涼の顔が輝いた。


「実は自分もチキンの一人でして。涼ちゃんには是非こちらを」

「ありがとうございます!」

「そのお礼はどっちに掛かってるんだ涼?」

「両方に決まってるじゃん!」


 こちらとは、大盛りの唐揚げである。

 サイズは小降りだが山のようになっている。


「みなさんの分もありますよ」

「俺の分は?」

「そういうと思ってオーナーの分もあります」


 涼だけ山盛りに、それ以外は五個ずつ皿に盛られてでてきた。


「こちらオリジナルのソースになります。是非、つけて食べて見てください」


 そうしてタルタルソースにも見えるソースの入った小皿が人数分用意される。


「こちらも頂きます!」


 待ちきれない様子だった涼が、唐揚げを一つ口に運ぶ。


「…………!」


 無言のまま顔が輝く。ステーキの時よりも強く。

 それを見た鉄平は無言のまま唐揚げを出した従業員を蹴った。


「ちょ……! 暴力反対! パワハラで訴えますよ!」

「お前の方が輝きが強いのが悔しいんだよ!」

「理不尽な!」

「まあまあ千道シェフ。題材が鶏肉というだけで、涼の輝きやすさが十五割増しくらいになるんで」

「輝きやすさは安売りしない方がいいと思うんだけどなぁ」


 鉄平を宥める香。

 それを聞いていた湊が苦笑するが、そればっかりは涼の嗜好の問題なので仕方がないだろう。


 唐揚げをすごい勢いで食べながら顔を輝かせる涼を横目に、湊は自分の手元にある白いソースを少量すくった。


「唐揚げの前に、ソースだけいただきますね」


 それを舐め、味わうように舌の上で転がしていく。 


「このソース……タルタルベースだけどピクルスの代わりにイブリガッコ使ってますよね? あと……ほのかにツンとくる風味は……わさび……あ! やまわさびですね! それと……」


 一口舐めてソースの内容を答えていく湊に、スタッフは驚きながらうなずいた。


「正解。ディアさんすごいな」

「ディアーズキッチン見てるとわかるが、手際なんかは素人じゃないしなー……。

 舌の感度も悪くないし、配信や探索を止めても料理関係の仕事は出来そうなのは間違いない」


 言いながら鉄平もソースを舐める。


「悪くないな。ソースだけでもメニューに加えていいかもな」

「本当ですか?」

「ほかのスタッフの反応次第だな。俺だけがOKを出すもんじゃないし」

「それでもオーナーの反応がいいのは嬉しいですよ!」


 涼の顔が輝き、鉄平からの反応もいい。

 彼からしてみれば最高に嬉しいことなのかもしれない。


「この唐揚げ美味しいですね。ソースと合わせると最高です。お酒がほしくなります」

「薄くサクサクした衣と、しっかりした肉質の鶏肉の相性がいいですね。ソースと合わせる為かだいぶ薄味ですけど……確かにこのソースと合わせるならこのくらい薄口でもいいんですけど、個人的にはもうちょっと唐揚げの衣の味が濃くても良い気はしますね。ソースを好まない人もいるでしょうから、ソース無しでも酒の肴にできるように……」


 にこやかに食べていた白凪の横で、香が食べながらそれを口にすると、料理人三人の視線が一斉にそちらに向いた。


「失礼。つい母親の試作料理を食べている時のクセで」

「いえいえ。私も同意見ですから。

 そんなワケでソースは問題ないが、この唐揚げはそのままじゃあ出せないな」

「厳しいですねぇ」


 スタッフの男性は頭を掻くものの、そこまでショックを受けた様子はない。

 恐らくはこういった意見を言われ慣れているのだろう。


「プライベートのディアちゃんって、涼ちゃんと香くんの両方を納得させる料理作ってるんですか?」

「まぁわりと」


 その質問に湊がうなずくと、スタッフの男性は鉄平と顔を見合わせた。


「こりゃあうかうかしてられないぞ」

「確かに恐ろしい話です」

「毎日でなくともこの二人を納得させるような料理を作り続けてたらそりゃあ腕があがるわ」

「なんていうか、恐縮です」


 鉄平と男性からの賞賛に、湊は恥ずかしそうに小さくなりながらお礼を口にする。


 本職の人たちからここまで褒められるのは、やはり恐れ多いのだろう。


 そんなやりとりの中――


「あの――……」


 黙々と料理を口に運んでいた涼が、二人のシェフに訊ねる。

 ステーキの皿も、唐揚げの皿も、唐揚げのソースまで綺麗に空になっていた。


「――ステーキと唐揚げ、おかわりってあります?」

「お前は少し遠慮ってモンを覚えろ」


 シェフたちが答えるよりも先に、香のアイアンクローが涼を襲った。



 このあと、涼のあまりに気持ちの良い食べっぷりと、現役シェフ顔負けの舌を持つ湊と香を楽しませるべく、鉄平とスタッフのハートに火がついてしまった。


 その為、採算度外視で二人が色々と料理を作りはじめ、ちょっとした料理勝負めいた盛り上がりを見せたのは、また別の話である。



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【Idle Talk】

 料理勝負

 どんな料理であろうと、鶏料理vs別の料理となった場合、問答無用で涼から点が入り勝負がグダグダになるので、鶏料理を出すときは両者同時にという暗黙のルールが途中で出来た。

 最終的な勝利数の多さは、鉄平に軍配があがったようである。

 オーナーの面目躍如だと安堵していた。



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