涼 と 旋 と 打ち上げと
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「これはまだ推測の段階ですし、根拠らしい根拠もないんですけど。
ただ直感的にというか崩壊に巻き込まれたての実感というか――たぶんですけど、ダンジョンと連動している人間がいるっていう噂、あながち間違ってないかもって」
「エンドリーパー騒動の時、ネットとかでは話題にあがってたよな。
あの店の元店主のじーさんが死ぬのと、ダンジョン消滅のタイミングが偶然にしては一致しすぎてるって」
「そうそれ。崩壊に巻き込まれて、それを改めて実感した感じ」
「…………」
涼と香のやりとりを聞きながら、旋は小さくうなって黙り込む。
そんな旋を見ながら、涼は言葉を続けた。
「はぐれが出るのを防ぐ為に、ボクたちは定期的にモンスターを間引きに出入りするし、危険度などを考慮した上でコアを破壊しに行ったりもする。
だけど、そもそもコアを破壊しなくても、勝手に消滅するダンジョンはあるのは事実。
今回の壊れゆくダンジョンの雰囲気はあまりにも終末的すぎた。あれがダンジョンと連動している誰かが死にゆく風景なのだとしたら、少しだけ納得できるものがありましたので」
「今回の一件も、探せば、この庭園に思い入れのある――このタイミングで亡くなられた誰かがいるかもしれない、と?」
静かに問いてくる旋に、涼は小さくうなずく。
「思い入れがあるかどうかは分かりませんが――まぁ、はい。
推測の域を出ませんし、情報が確定してもあまり表に出すワケにもいかない話かもしれませんが」
「……それが事実だと面倒だな。
コアを壊された人間はどうなっているのか――って騒ぎになるし、事件と関連づけられると、探索者やダンジョンの扱いが大きく変わりかねないぞ……」
香がうめくように懸念を口にする。
「だから噂すら流すワケにはいかないかなって。
配信が切れてて、周囲に誰もいなくて、目の前にギルドの偉い人がいるこの瞬間だからこそ話せるんだよ」
「確かに僅かでも噂が立てば、そこに陰謀論を結びつけて騒ぎ立てる人も出てくるでしょうからね」
やれやれ――と、旋は嘆息した。
ダンジョンや探索者に関わらず、そういうのはよく聞くし、ネットなどを見ればあちこちに転がっている話だ。
「最近、動物保護団体の声もうるさいですからねぇ……」
疲れたような旋の声に、涼も香も、思わず「お疲れさま」などと思ってしまった。
「熊なんかの野生動物の時もそうですけど、それを口にする関係者を動物やモンスターの前に放り投げちゃダメなんですかね?」
「出来ることならやりたいですが、まぁ人道的にどうだろうとはなりますね」
「そりゃあまぁそうでしょうけども」
首を振る旋の声色からは、可能ならやりたいというニュアンスが滲んでいる。どうにも対応に苦慮しているようだ。
「この話が事実だった場合、涼さんたちはどうされますか?」
「どうもしませんよ。精神的な影響云々っていう部分が解き明かされれば話は別ですけど、別段問題ないようであれば、いつものように探索を続けるだけです」
「自分も同じですね。涼がやめたいというまでは、一緒に配信をやっていきますよ」
二人の言葉を聞いて、旋は「そうですか」と目を伏せる。
ややして、何らかの自問でも終わったのか旋は顔を上げて、告げた。
「ともあれ――涼さんの推察は、しばらく私の胸の裡に留めておきましょう。事実だったとしてもなかなか表に出すタイミングが難しそうですし」
「そうしてください。ボクも無用な混乱や厄介事はゴメンですので」
そこで、三人は同時に息を吐いた。
そのあとの僅かな沈黙のあと、旋が話を切り上げるべく頭を下げる。
「話としてはこのくらいですね。
やりたかった情報収集も、涼さんの推測の話の中に十分入っていましたので。お二人ともお時間を頂きありがとうございました」
「いえ。紡風さんこそ、わざわざありがとうございました」
即座に反応したのは香だ。
旋と同じように、丁寧に頭を下げた。
涼はそれをぼんやりと見ている。
こういう時、あまりどうして良いのか分からないのだ。
「お二人は、この後?」
「特に予定は――」
「鶏肉」
「涼……」
「疲れたので鶏肉を摂取したい。切実に」
本当に切実そうに口にするものだから、香も仕方なさげに苦笑する。
日もすっかり暮れてきた。確かに、普段通りであればこのまま夕食を一緒に食べるパターンだろう。
「……と、いうワケで。どっかで食事ですかね」
「なるほど」
二人のやりとりに、旋は一つうなずいて提案した。
「もしよろしければ、その食事――私に奢らせて頂けません?」
「是非」
真っ先に食いついたのは涼だ。
横で香が渋面を浮かべているのに、気づいていない。
「香さん警戒しないでください。協会とか関係なく、個人的なモノですよ。一人の大人としての申し出だと思って頂ければ」
「それだってある種の貸し借りの話になりかねないじゃないですか」
香がそう答えはするものの、やれやれと苦笑を浮かべる。
涼が乗り気になっている以上、もう断るのも難しそうなのだ。
「自分も涼も、かなり量を食べますよ?」
「食べ盛りの高校生なんですから、承知の上です」
ここまでハッキリと言われたならば、香も腹を括る。
「涼。お前は鶏料理があるなら、店にこだわりないんだよな?」
「うん。香が連れてってくれるお店はだいたい美味しいから信用してる」
目を輝かせてうなずく涼に苦笑しながら、香は旋に向き直った。
「……そういうワケで、行きたい店があるんですけど、いいですか?」
「それは構いませんが――一つ、確認してもいいですか?」
「ええ」
なにを確認するのだろうか――と香が身構えていると、旋は大いに真面目な顔で、こう訊ねてきた。
「その店、お酒飲めます?」
・
・
・
鶏肉と串焼きの酒処
「えらく渋い店を知ってますね。香さん、未成年ですよね?」
「ランチとかもやってますからね。親子丼とか旨いんで時々来るんですよ」
店の奥にある
鶏料理が美味しいという時点で、香としては足を延ばす理由になるのだ。最近は涼の配信姿も板についてきてくれたので、報酬の鶏肉のグレードをちょっとあげようかな……などと思って見つけた店でもある。
ちなみに、その涼は飲み物を注文したあとすぐに、注文用のタブレットを独占しているので、香と旋はしばらく待ちだ。
「まずは唐揚げ……モモと軟骨……焼き鳥……皮とエンガワとセセリと……あ、セセリのアヒージョなんてのもあるんだ……」
「涼、好きに頼むのはいいがテーブルを埋め尽くすなよ。
今日は俺たちだけでなく、紡風さんも一緒なんだからな」
「そうだった」
とはいえ、放置しておくとテーブルを埋め尽くすほどの注文をすぐにしてしまうので、香は適度に制しておく。
「気にしなくても良いのですが」
「いえ、気にさせないとダメです。今後、身内以外とメシを食う機会っていうのも増えていくでしょうしね」
「その言動――マネジャーやアシスタントというより保護者では?」
「自分でもそう思うときはあります」
否定しようのない事実である。
「じゃあ、とりあえずここまでにして――香に戻す」
「おう」
いくつか気になるのを頼んだのだろう。
涼はタブレットを香に戻した。
「紡風さんは鶏レバーは大丈夫ですか?」
「ええ。美味しいのですか?」
「そうなんですよ。ここのレバテキもレバ串もレバパテも、どれも旨いです」
「……ランチ利用だけなんですよね?」
「酒を飲まなければ未成年でもディナー利用できますよ?」
しれっと口にする香に、なにやら釈然としない面持ちをする旋。
「注文の仕方が酒飲みのそれな気がしないでもないんですが……」
「居酒屋なんですから、そういうメニューが多いだけですよ」
旋の好みやダメなものを確認しつつ、香は注文を追加していく。
その手慣れて注文する様子にツッコミを入れる旋だったが、香はやはりしれっと流した。
それから、旋もタブレットを眺める。
注文された料理を見る限りは、今の時点では自分が追加するものは特にない。
とはいえ初めて来たお店で、しかも雰囲気も良さげなので、どんなメニューがあるのか気になるのである。
「聞き慣れない鶏の稀少部位なんかの料理もあるのですね……。
それでいて、どれも値段もそこまで高くなく良心的……。
む。鶏料理も豊富ですが……この日本酒と生絞り果実サワーの充実具合……!
とりあえず生を頼みましたが、のちほどこの辺りも頼みたいですね」
メニューを見ながらテンションをあげてくれる旋を見て、香は小さく安堵する。
奢ってくれるというのでこの店を選んだが、旋の好みでない店だったりしたら申し訳ないな――と、胸中で思っていたのだ。
そうこうしているうちに、店員さんが飲み物を持ってきてくれる。
「お待たせしました。ウーロン茶二つと、
こちらが
それを受け取り、全員に行き渡ったところで、旋が切り出す。
「それでは涼さんの無事の生還に乾杯でもしましょうか」
「ですね」
「え?」
うなずく香。
一方の涼本人は不思議そうである。
「まぁ二人がそれでいいなら」
ともあれ、涼が納得したところで――
「それでは涼さんの生還に」
「乾杯」
「乾杯」
――ー涼と香にとって、少し長かった日の終わりに……。
今日知り合った旋を加えた三人での夕食が始まるのだった。
・
・
・
乾杯からおよそ一時間半後のこと。
「ではお会計を――え? おっと……あー……ではクレジットカードで」
現金で払おうとして、財布を確認して、クレジットカードを取り出す旋の姿があった。
旋曰く、美味しい地酒や珍しい酒が多かったので、調子に乗って飲み過ぎてしまった為、高くついてしまったそうである。
――当然、香はその言葉の意味を正しく理解したが、敢えて触れずにお礼を口にした。
――当然、涼は言葉をその通りに受け止めて、いっぱい飲んでましたもんね……と言いながらもちゃんとお礼を口にした。
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【Idle Talk】
なおこの店を大変気に入った旋は、奥さんや友人を連れて、たびたび来る常連客になった模様。
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