涼 と 調査 と 不気味の荒野
「本来穏やかな陽光が射すはずのダンジョンですが……どんより分厚い雲が空を覆ってて薄暗いですね……」
想定外の異様な光景に、涼は警戒しながらフロア1へと踏み出していく。
「すみません。コメント欄を閉じます」
涼はそう告げて、ドローンの頭頂部のスイッチを切った。
それから、ゆっくりとダンジョンを進んでいく。
「構造そのものは変わってませんね。地図の通り進んでも問題はなさそうですが……」
:探索者ニキたちこの光景どう思う?
:ぶっちゃけ分からん なんで事前情報と風景が違ってるんだ?
:構造が変わってないってコトはやっぱり殿ヶ谷戸ダンジョンなんだよな
視聴者の中にいる探索者たちすら戸惑う風景の中を、涼は慎重に足を進める。
ところどころで足を止めると、スマホを取り出して風景をカメラにおさめていく。
「結構、貴重な光景なんで、撮れるだけ撮って風景フォルダを充実させたいところです」
:仕事中にも趣味を忘れない趣味人の鏡
:レアな風景は間違いなしなw
「それにしてもモンスターを見ませんね。気配も無くはないですが、妙に希薄というか……」
スマホのカメラ越しに周囲を見回しながら、涼は首を傾げる。
コメント欄も言われてみれば――と
そうこうしながら進んでいくと、涼はそれを見つけて目を
「……モンスターがいますね。近くの岩に隠れます」
告げながら、涼は岩陰に隠れて、そのモンスターの様子を見る。
「あれはひまわりサーファー。
:いやまぁ戸惑うわな
:やる気なさそうだなアレ
:やる気ないというかシンドそうじゃね?
コメント欄も戸惑う通り、当のひまわりサーファーは、愛用の円盤を地面において、その円盤にもたれ掛かるようにぐったりとしている。
しばらくひまわりサーファーの様子を伺っていた涼は、岩陰から外に出た。
そうしてそのまま、ひまわりサーファーの横を歩いて抜けていく。
ひまわりサーファーはチラリと涼を見るものの、円盤に乗る素振りなどは見せずにぐったりとしたままだった。
「モンスターが……襲って来ない?」
:一体何が起きているんだ?
:why doesn't that monster attack??
:探索者ニキも海外ニキも戸惑う光景ってなんだよ
コメント欄ともども困惑しながら、涼はダンジョンの奥へと進んでいく。
途中で緑色の肌をしたフォレストゴブリンという小鬼型のモンスターがいたのだが、彼らも木陰に座り込んだまま動かない。
同様に、別のモンスターも数体見かけるはするのだが、誰も彼もこちらに気づいて一瞥こそするが、襲ってくるような気配はなかった。
「全体的に生命力が足りてない……?」
涼の目には何となくそんな感じに見えた。
足を止めて、涼は周囲を見回す。
緑は失せ褐色に変わり、葉も花も散り、水は乾き、空気も乾き、乾燥によって岩も大地も木々もひび割れていく。
フォレストゴブリンたちの様子も注意深くみればやせ細っているようだ。
元々細い棒人間のようなひまわりサーファーも、本来の状態と見比べたら、さらに細いのかもしれない。
「……まるで世界の終わりみたいだ……」
:そう言われるとそうかも
:命あるものが終わりゆく世界と言われれば確かに
:モンスターの生体はよくわからんけど、食料はなさそうだよな
:食べれる素材もモンスターも、ここのは絶対美味しくないだろうな
「滝と池のある岩場エリアへ向かいます」
ドローンへ向けてそう声を掛けて、涼は宣言したエリアへと向かっていく。
「……滝が、枯れてる……」
:それどころか池の水も干上がってるね…
:it's like a apocalyotic place...
:カエル系や魚系のモンスターが池のそこでひっくり返ってる
:There's something strange about this dungeon...
:マジでどうなってんだこのダンジョン
干上がった池の底を見つめていた涼だったが、ふと気がついて首を傾げる。
「池の底で倒れているモンスターたち……完全に死んでますよね?
なのに、何でモヤになってダンジョンに吸収されてないんでしょうか?」
:あれ
:そういやそうだ
:解体しない場合は勝手に消滅するんだっけ?
「ダンジョンの機能不全……いや、違う。これって……もしかして……」
:お?涼ちん何かに気づいた?
:探索者ニキたちはなんか心当たりある?
:全くないな
:むしろ何かに気づける涼くんマジリスペクト
:役に立たないニキたちだな
:なにおう!!その通りすぎるコト言うんじゃねー!!
何やら考え込んでいた涼だったが、急に顔を上げた。
「モカP、ドローンを戦闘駆動に移行させて。何か来るッ!」
:戦闘!?
:この状態で襲ってくる奴がいるの?
:いるとしたら調査対象のアンノウンだろ
:マジかよ 涼ちん色々持ってるがすぎる…
「岩場の上ッ!」
ドローンが急速に移動するのか、画面が激しく揺れる。
そんな中、涼もそこから飛び退いて、大振りのダガーを逆手に構えた。
「…………」
現れたのは、エンドリーパーを思わせる黒いローブを纏った異形。
目深にかぶったフードの下からは目のないペストマスクのようなものが覗いている。ローブから見える肌は筋肉質ながら土色で、その手には無骨な刃に取っ手をつけただけのような剣を持った謎のモンスター。
:なんだコイツ?
:エンドリーパーに似てるっちゃ似てるが
:調査対象なのは間違いないよな
「お前、何者だ?」
「…………」
涼の
エンドリーパーに似ているが、あれほどの威圧感もなければ知性も感じない不気味な存在だ。
:話は通じなさそうか?
:探索者ニキ、データベースとかと照合できる
:してきたけど該当データないぞコイツ
:《翻鶏》it does not exist in the JP datebase.
:《翻鶏》how about overseas CHICKENs?
:新種?
:doesn't by USA
:アメリカのデータベースにも存在しないのか
:doesn't by England
:いくつかの国からもコメ来てるけどどこにも該当データがない?
:ガチガチの新種ないし初遭遇なのかこれ?
:what on earth is that monster?
コメント欄で情報交換が行われている中、謎のモンスターは涼に襲いかかってくる。
乱暴に振り下ろされる刃を後ろに跳んで
「…………」
無言のまま謎のモンスターは駆け寄ってきて、刃を振り上げる。
涼はそれを見切ってギリギリで躱すと――
「
――モンスターの脇をすり抜けながら、すれ違いざまに不可視の斬撃を数度放つ。
ローブの下にちゃんと実体があるのだろう。
斬撃に、ちゃんと切り裂いた手応えを感じた。
だが、モンスターはよろめくものの、すぐに立て直して涼へと向き直った。
「…………」
「手応えはあったんだけど……効いてないのか?」
とにかく意味が分からない。
目的も、存在も、涼を襲う理由も。
タフすぎて倒せそうにないなら、逃げることも視野に入れるべきだろう。
ドローンによる撮影でライブ配信をしているのだ。チキンたちがそれを見ながら検証などもしているのは予想が付く。
あるいは、依頼をしてきた探索者協会のお偉いさんたちも、このライブ配信を見ている可能性がある。
(情報収集としては十分かな? こいつが大して強くないといっても、あまり無理はしない方がいいし。何よりここで躍起になって倒すようなモンスターじゃない気もする)
涼は胸中でそう結論づけると、モンスターから間合いを開けるように跳び退く。
その直後、背後に気配を感じて、振り返る。
「いつの間に背後にッ!?」
そこには――ニ体目のモンスターがそこにいた。
「だけどッ、遅いッ!!」
背後にいたのは驚いたものの、剣を振り回す動きは鈍い。
涼は剣を躱しながら、回し蹴りを放ってモンスターを吹き飛ばす。
蹴り飛ばされたモンスターは、地面を転がり、干上がった池の中へと落ちていく。
そして、落ちたモンスターは目の前でひっくり返っているカエル型モンスターに向けて乱暴に剣を振り下ろした。
ザクザクと何度も剣を叩きつけ、やがてカエルは、見覚えの黒いモヤになっていく。
だがモヤはダンジョンに吸収されることはなく、その場に漂う。
そして、カエルをモヤに変えたモンスターは、そのモヤを吸い込むように取り込んでいった。
:ダンジョンじゃなくてアンノウンがモヤを吸った?
:ちょっとイミフ現象ばかりなんだけど解説ぷりーづ!
:誰も解説できねぇよ今ンとこ!
「……もしかして、そういうコトなの……?」
その動きで、涼はモンスターたちが何なのか漠然と理解出来た気がした。
:え?涼ちゃんマジで何か分かったの?
:解説してくれ涼くん!
:いやその前に状況対応が先だろ
「逃げます。奴らは恐らく機能不全を起こしているダンジョンの解体屋の類……つまり、エンドリーパーに近い存在ではないかと思います」
:エンドリーパーに近い存在?
:マジかよ
:ダンジョンの解体屋って…
自身の推察を口にし、その場から離脱しようとした時――
「……どんだけ湧いてくるんだ……?」
さらなる解体屋の姿が三つ増え……涼に狙いを付けているようだった。
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【Skill Talk】
《
中級に分類される短剣用アーツの一つ。
相手の脇を滑るようにすり抜けつつ、不可視の斬撃を繰り出す。
技量が高い者が使えば、不可視の斬撃の数を増やせる。
威力は高くないものの、すり抜けるように相手の背後に回れる為、囲まれた時や、追いつめられた時の移動手段として重宝される。
初級には、攻撃を出さずに相手の脇をすり抜ける『
これを使い続けていると、燕閃軌を習得しやすくなる。
攻撃手段ではない為、あまり人気のない技だが、涼は自分のスタイルに合っていた為、重用しているスキルの一つ。
まだ戦闘力が低かった頃は、燕閃軌を習得するのも当然だと思われるレベルで、使いまくって敵から逃げていた。
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