香 と 白凪 と 後始末


39度の熱がでてまして、解熱剤が効いている間に更新です。

そんなワケで明日以降の更新は体調次第になります。申し訳ない。



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 東京。文京区。

 ルベライト・スタジオ事務所。


「モカPさん。急に呼び出して申し訳ない」

「いえ。こちらとしてもプライベートだったとはいえとんだ騒ぎになってしまい、申し訳ないです」


 ビジネススーツに身をくるみ学生らしからぬ貫禄を見せながら頭を下げる香。

 その対面にいるのは、大角ディアの所属事務所ルベライト・スタジオのダンジョン配信などを担当している部署、ダンジョン企画部の部長である。


鰐浜ワニハマくんも、昨日の今日で呼び出してすまないな。少し休みたいだろうが――」

「いえ。問題ありません」


 香の横にいるのは白凪シロナだ。

 彼女は大角ディアのマネジャーでもある為、この場に来ないわけにはいかなかった。


 部長は二人に座ってくれとイスを勧める。

 それに従って、香と白凪が座ったのを確認してから話を始めた。


「まずモカPさんの緊張を解いておこうか。

 こちらとしては、君や涼さんを咎めるつもりはない。鰐浜くんも同様だ。

 当社ダンジョン企画部としても、プライベートでダンジョンに潜るコトは、禁止するどころか推奨しているしね。

 その結果がアレならば、仕方がないところがある。

 むしろ、君たち四人が無事に生還してくれたコトに安堵しているぐらいだ」


 その言葉は間違いなく香を安堵させた。

 少なくとも、この部長は頭ごなしに怒ってくるタイプではなさそうだ。


「こんな部署の部長をしているんだ。それなりに探索者やダンジョンへの理解をしているつもりだ。

 私自身もちゃんとライセンスも持っているし、月イチ程度だが潜ってもいる。

 だからこそ、後続を考えライブ配信を行うコトは、決して悪い選択ではなかったと理解しているさ」


 横にいる白凪もいささか驚いた顔をしているので、部長がライセンス持ちというのは初耳なのかもしれない。


 何であれ、部長は探索者と配信者――両方の立場から考えられる人であることは間違いなさそうだ。


「ただ一方で、会社として配信者としての立場で言うと複雑だ」

「涼が、ディアさんを本名で呼んでしまっていましたからね」


 香の言葉に、そうだ――と、部長がうなずく。


「鰐浜くんを通して、カバーストーリーは伺っている。私もある程度はそれで問題ないとは思うんだが……」

「中州ダンジョンで助けて以降、プライベートで友達づきあいをしている――と、まぁ納得する人は納得してくれるでしょうが……」


 白凪の言葉に、部長は首肯した。


「特に涼さんは男の子だからね。本人たちにその気がなくても、ね」


 部長の言葉に、香は目をしばたたく。


「おや? モカPさん。どうしました?」

「あー、いえ……初見で涼のコトを男だと見抜いた人は珍しくて」

「確かに中性的で女性よりの容姿ではあるが、骨格や身体の動かし方などは男性のそれだろう?」

「……そう、なのですか?」


 部長の答えに、白凪も驚いたような顔をする。


「ふむ……もしかして、涼ちゃんねるでは、涼さんの性別は……」

「明かしてないですね。ディアさんを助けたときにチラっと映ってしまってるコトもあって、敢えて明言させてません」

「その辺りでもこちらを気遣ってくれていたのか」


 ううむ――と、部長がうなる。

 その様子を見ながら、香は白凪に視線を向けた。


「言ってなかったんですか?」

「いえ。報告しましたよ」


 シレっと白凪が口にすると、部長は少し目を見開いて彼女を見た。


「マジんコで?」

「はい。マジんコです。

 まぁ報告した時点では、大した問題ではなかったので、部長もあまり記憶に留めてなかったのだと思いますが」


 白凪の言葉に、部長は申し訳なさそうに苦笑する。


「ディアさんが涼ちゃんねるのコメント欄に突撃しないのも……?」

「ええ。してくれた方が盛り上がるとは思いますが、涼がまだ配信に馴れてませんからね。

 荒らしなどへの対処法を知る前に、変にバズって荒れても困るので。

 ディアさんには悪いんですが、そうするよう頼んだんです」

「あくまでもディアさん個人が涼ちゃんねるのファンというだけ――そういう体裁にしたかったワケだ」

「はい」

「なるほどなるほど」


 部長は相づちを打ちながら腕を組み、天井を仰ぐ。

 それからしばらく考えたあと、視線を香へと戻した。


「モカPさんとしては、今回のコトはどう対処したいかね?」

「涼がディアさんの本名を呼んでしまったのが公開されてしまいましたからね……。

 その部分の切り抜きも作られてしまっている以上、変に隠すのはかえって問題を大きくしてしまうとは思います」

「そうだね。探索者やダンジョンを知っている人たちは、あの状況を突破したコトを素直に賞賛してくれているけれど……世の中そういう人たちばかりじゃあない」


 実際、涼がディアを本名で呼んでしまったシーンが拡散したことで、状況をよく分かっていないディアのファンや、火に油を注ぐのが好きな個人ニュースサイト等が、煽ってきている。


「ダンジョン配信の功罪だね。

 ダンジョンや探索者の存在をより一般へと浸透してくれている反面、それを娯楽にしてしまっているから、ダンジョン探索が常に命がけであるという側面が、視聴者たちから薄れてしまっている」


 部長の言葉に、香も同意する。

 ダンジョンや探索が身近な人間であれば、ドレイクとの戦いの様子は緊迫と緊張の連続だ。我がことのように考える。


 一方で、同じ緊迫と緊張の連続であってもダンジョンや探索から遠い場所にいる人たちにとっては、エンターテイメントの一つでしかない。

 アニメやドラマを見ているのと同じ感覚で、緊迫と緊張を味わっているだけだ。


 もちろん、昨日の画面越しにも影響を与えるという威圧を味わった人の中には、そこから多少の意識変化はあるかもしれない。


 だが、結局のところ、探索者と視聴者の間にある溝は――かなり深いだろうし、きっと無くなることはないだろう。


「すまない脱線させてしまったな。君の考えの続きはあるかな?」


 部長が小さく咳払いをし、香へと再び水を向ける。

 それに、香は小さくうなずいてから答えた。


「変に隠せないなら、いっそのコト明かしてしまって良いと思います。

 助けて以降、ふつうに友達付き合いをしているし、プライベートで一緒に探索するコトもある……と。

 伏せていた理由もちゃんと説明した上で、うちの配信で話題に出したリアルフレンドのコトも、ディアさんであると言ってしまって良いかと」

「その為には確認が必要なコトがある」

「でしょうね」


 その質問がくるのも香は想定済みだ。なので先回りするように答える。


「涼は素顔で配信してますし、名前もほぼ本名です。

 ネームド戦の動画がバズった以上、学校の――特にクラスメイトたちには身バレしているコトでしょう」

「そうなると、性別を伏せている意味がなくなるのでは――と聞かれるコトは、想定しているようだね」

「ええ。男女の組み合わせになるとどうしても問題が生じますからね」


 困ったもんだ――と苦笑しながら、香は部長がほしがっているだろう答えを口にする。


「少なくとも涼のクラスメイトたちだけなら何とかなります。

 悪ノリが好きな連中ですからね。協力してくれるでしょう。

 そして、うちのバカどもが悪ノリしてくれるのであれば、いくつかの問題は解消できるかと」

「――と、いうと?」

「クラスメイトを導入するまでもない話なんですが――性別に関してはどこまでも混沌化とさせたいと思ってます。涼には、ちと悪いとは思いますが」


 香はそこで一息止めてから、続けた。


「サクラを使ってでも性別の話題の時は、結局答えが分からない状態にするんです。

 最終的にリスナーのみんなが男や女ではなく、アイツの性別は『涼』なんだと結論づけてくれれば、ミーム化して騒がれなくなるんじゃなかと」


 その考えに、部長はふむ……と、息を吐く。


「騒がれてもリスナーが『涼さんの性別は涼である』と火消ししてくれるようになる――と」

「はい。まぁ楽天的とか楽観視とか言われてしまうと、反論はありませんが」


 部長のことを真っ直ぐに見ながら、そう告げる香。

 部長もまた、香の目を真っ直ぐに見つめていた。


 しばらく見つめ合っていると、ややして部長の方が小さく息を吐いた。


「信じて賭けるに値しそうだな。

 それを行う上で、そちらから何か希望はあるかな? こちらにやって欲しいコトなどだ。

 可能かどうかはともかく、この場で言うだけならタダだぞ?」


 その言葉に、香は笑みを浮かべる。

 手っ取り早い手段の一つは、すでに思い浮かんでいるのだ。


「なら、涼とディアさんのコラボの許可を」

「そう来るとは思っていたが――内容はどうする? 討伐反省会でもするのかな?」

「まぁそれも含むんですけど……もっと別の内容で」

「ふむ? それはなんだね?」


 香は白凪の方を見て小さく笑ってから、部長に視線を戻して告げた。


「せっかくなんで部長さんも出演しません?

『大ネギ魔道、ドレイク』の肉――是非ともそれに舌鼓をうちましょうよ」


 なにを言ってるんだコイツという顔をする部長とは裏腹に、香の横に座っている白凪は、「まぁそうなりますよね」という顔で嘆息していた。



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【Idle Talk】

 一方そのころ、一番の当事者のはずの涼と湊は、Linkerでお互いの知る鴨肉料理のレパートリーを語り合っていた。


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