涼 と 湊 と 立ちはだかる強敵
「グワッ! グワッ! グワッ!」
ドレイクが、葱坊主のついたネギそっくりのフレイルを掲げながら何やら叫ぶ。
「
白凪が声を上げ、涼と湊は何が来ても良いように警戒し――
「
次の瞬間、地面から太いネギが無数に突き出してきた。
「わっと!」
「うわっわわわ……!」
「これは……!」
突き出る勢いはあるが、モノがネギなので掠ってもダメージは軽微。
予兆として地面がわずかに膨らむので、三人にとっては躱すのも難しくはない。
だが、結構な量が突き出てくるし、一つ一つが一般的な
それにダメージが軽微とはいえ、痛いものは痛い。
しかも先に出たネギはすぐに消えずにそこにとどまるので、後続のネギを躱すのに邪魔になる。
そんな中で、香の操るドローンは突き出るネギより高く浮かび上がり眼下を映しだす。
ドローンの視点だと足下の予兆を確認しようがないのだ。
ネギが直撃して壊されるよりもマシだと判断した。
「一般的な魔技ならしばらくすれば消えるはずだけど……」
「消える気配がないですね。これは戦いづらい」
戦場となっている広場に、自分たちの身長と同じくらいの太ネギが無数に乱立する。
動くにしろ何か見るにしろ非常に厄介だ。
「グワッ、グワッ、グワ~~~~ッ!!」
戸惑う涼たちとは裏腹に、当のドレイクは葱坊主フレイルを構えると、大きく跳び上がる。
「こいつ……ッ!」
高く跳んだドレイクは涼を狙って葱坊主フレイルを振り下ろしてくる。
涼は地面を転がるようにその場から退避した。
直後、フレイルが地面を凹ませる。
攻撃を躱しつつ、涼はナイフを投げるが、羽に弾かれてしまった。
どうにも、スキル強化ナシでは羽一枚も落とせないようだ。
涼が胸中で舌打ちしていると、湊の声が聞こえてくる。
「涼ちゃん!」
直後に、ドレイクが涼に向けてフレイルを乱暴に振り回す。
巨躯とフレイルによって、地面から突き出ていた太ネギたちの一部が砕け散った。
素早く退いて攻撃を避けると、涼は湊へと無事を伝える為に声を上げる。
「湊! こっちは大丈夫!」
涼が湊に返事をした直後、自分の目と喉に違和感を覚えて顔をしかめた。
「げッ! これ硫化アリル? ……キッツ!!」
やや離れた位置にいた湊が思わず叫ぶ。
「……けほっ、これは……」
「……本当にきついですね……」
硫化アリル。
タマネギなどを切った時に、涙が流れる原因となる成分だ。タマネギだけではなく、長ネギもその成分は有している。
砕けた太ネギから、それが大量に飛散したのだろう。
「けっほ……喉にもくる……」
目と喉への影響で、三人はそれぞれに顔をしかめた。
「グワ、グワ、グワワ~!」
しかし、ドレイクだけは平然としている。恐らくは耐性があるのだろう。
こうなると、邪魔だからとネギを破壊するのもためらいが生じる。
視界や行動の邪魔でも、涙や咳が出るよりはマシか否か。
迷う三人。
だがドレイクは動きを止めることはない。
「グワグワッ!」
地面から生えたネギなどお構いなしに、ドレイクはフレイルを振り回して三人に襲いかかってくる。
それを躱しはするものの、暴れたドレイクがネギを粉砕し、そこから大量の硫化アリルが周囲にバラまかれる。
そのせいで、三人は涙と喉の痛みに耐えなければならない戦いを強いられていた。
とはいえ、いつまでも好き勝手させるワケにもいかない。
三人がそう考えた時、真っ先に動いたのは湊だった。
「もう! 初見殺しみたいなムーブしてッ!」
「湊?」
「けほ。二人とも反撃しよう! けふっ、涙堪えて逃げ回るのも限度があるッ!」
湊は涼と白凪へ、涙を流しながらそう告げると、勢いよく地面を蹴って、そびえ立つネギの一つの上に乗る。
「グワワ?」
巨大なネギの上で、涙を拭ってから手にした剣を構える湊。
彼女の闘志でも感じ取ったのか、ドレイクはそちらへと身体を向けた。
ドレイクが湊を見ると同時に、湊は足場にしていたネギを蹴って、高く跳ぶ。
飛び上がって剣を構えつつ、視線を一瞬だけ涼と白凪に向けた。
その意味を二人が理解してくれたと信じて、湊は空中で剣を振り抜く。
「これでも食らえ!
本来届かないはずの距離での斬撃。振り抜く勢いとともに剣圧が放たれ、衝撃波となってドレイクに襲いかかる。
ドレイクはフレイルを持たぬ腕の翼を広げると盾のように前に出す。
湊の放った衝撃波はその翼に防がれ、届かない。
「まだだ! 武技:グランスラッシュッ!」
ハイスラッシュの性能を強化した武技。
ジャンプしながら剣を上段に構えて勢いのまま振り下ろす。スキルによって超強化された斬撃を繰り出す技だ。
それを剣圧を放ったあと、落下しながら繰り出した。
「いっけぇぇぇぇ!」
ドレイクはその盾にした翼をおろさずに受けて立つ。湊の剣がぶつかり合う。
ギャリギャリと金属が擦れあうような音を立てながら、剣は翼を滑っていく。
全然傷ついていない翼に、湊は思わず舌打ちをする。
湊が着地すると同時に、ドレイクが反撃をしようとフレイルを構えた。
だが――
「武技:バックスタブ」
そこへ、涼が背後から強襲する。
完全な不意打ち。
バックスタブが最大限の効果を発揮するタイミングで、涼はドレイクの背中に大振りのダガーを突き立てた。
「グゥァワワワ!!」
明らかに苦痛の声。
ダメージは入った。
しかし――
「
両手を大きく開いたドレイクがその場で勢いよく回転した。
「うわ!?」
「きゃッ!?」
同時に翼による打撃と、強風が巻き起こり、涼と湊がそれぞれに吹き飛んでいく。
今すぐ湊に駆け寄りたい衝動を抑えた白凪が、まだ翼を広げて回転しているドレイクめがけ、準備していた上級魔技を解き放つ。
「魔技:スパイラルフレア!」
バレーボールサイズの火の玉が、ドリルのように螺旋を描く炎を纏って突き進んでいく。
「グワワワ……ッ!」
初めて、ドレイクがあわてた様子を見せる。
完璧なタイミングで放たれた魔技に、ドレイクは躱すことを諦めたのだろう。
フレイルを投げ捨て両翼をクロスさせながら、ドレイクはスパイラルフレアを受け止める。
スパイラルフレアはドレイクにぶつかってもすぐには破裂せず、螺旋状の炎がドリルのように盾となる両翼を抉っていく。
そして翼にわずかな穴が開くと、中央の火の玉は派手に炸裂して爆発を起こし、纏っていた炎の螺旋は解き放たれて周囲を舐める。
爆風は穴を通り、穴を広げ、内側のドレイクに襲いかかった。
「グゥワワァッグゥワワワ~~ッ!!」
ドレイクが悲鳴のような声をあげる。
先ほど吹き飛ばされた涼は受け身を取って即座にその場から離れて、様子を伺っていた。
湊も受け身こそとれなかったものの、すぐに立ち上がるとその場から離れていた。
白凪は魔技のあとの残身をしたまま炎と煙の舞うその中心点の様子を伺う。
三人が見守る中、炎と煙が晴れると、両翼に焦げた大穴をあけたドレイクが佇んでいた。
お腹あたりも焦げているように見えるが、どれほどなのかは、よく見えない。
周囲には肉の焦げた匂いと、ネギの焦げた匂いが漂う。
「グワ……」
だが、闘志は健在。
それどころか、その双眸は怒りに満ちているようだ。
「あれで倒しきれないか」
冷や汗を流し、小さくうめく白凪。
手持ちの最大火力が出る魔技を叩き込んだ結果の為、驚愕を隠しきれない。
「グワアアァァァァァァァ!!」
直後、両翼を広げたドレイクが、くすぶっている小さな火種や、黒煙の残滓をすべて吹き消すような、衝撃を伴う
ビリビリと空気そのものが痺れているような威圧感に、白凪はわずかに足を後退させる。
眼光と叫び声。
それが、白凪の中の恐怖を増幅させていく。
「……かえって、怒らせてしまったかな」
それを実感しながら、小さくうめく。
相手が脅威を感じながらも、致命傷にはならない中途半端なダメージが一番マズい。
ドレイクは明らかに白凪を脅威と認定し、睨んできている。
(久々に、本気で怖い……)
一滴、二滴ではすまい量の冷や汗が流れていく。
緊張と恐怖で喉が異様に乾いていく。
周囲に漂う、ドレイクの皮膚の焦げた香りは、白凪の心を焼き焦がし、焦燥へと変えていくようだ。
二人は無事のようだが、二人を逃がすためには自分が犠牲になるしかないのだろう。
白凪はそう覚悟を決めた――いや決めたい。
だが、足がすくんでいる自分がいる。
先ほどの叫び声と、こちらを睨む眼光による威圧が、白凪の身体を締め上げていく。
(……このままではいけないのに、身体が……)
ネギの成分による涙ではない。
(私は、私は……)
明らかに恐怖による涙が、
(このままだと、あいつの雰囲気に飲み込まれて……正気を、保たないと……!)
泣き叫んで逃げ出したい自分を抑えるように、口元を押さえる。
白凪が自分を奮い立たせるのに必死になっている一方で、涼と湊の様子が変わっていた。
二人の軽やかながらも力強い声が戦場に響く。
「ねぇ、涼ちゃん。撤退ってまだ考慮する?」
「いいえ……っていうか正直、撤退する気がなくなったかも」
離れた位置から声を掛け合い、二人はお互いの覚悟を確認しあう。
吹き飛ばされた時に地面を転がったのでお互いに埃まみれになっているが、身体に問題はない。
「そういう湊は?」
「あると思う?」
二人はまだ諦めていない。
その事実が、白凪の身体と心に活力をわけてくれているようだ。
(ふぅ……威圧の影響があったとはいえ、一人で勝手に恐怖してるなんて、みっともない……)
小さく苦笑しながらも、この場では最年長の自分が気合いを入れずにどうする――と、白凪は深呼吸した。
「羽根の焦げた匂いに混じる甘い香り……少し肉も焼けたかな? 甘やかで香ばしくて、良いにおいがするよね?」
「上質な鴨脂が焼ける匂いが漂ってるのは間違いない。
周囲にはネギもいっぱい生えてるし……焦がしネギの香りもする!
これは、まさに鴨がネギを背負って――というやつなのでは?」
「うんうん。わかるわかる。大角ディア的に見逃せないよ!」
「鶏肉大好きな者としても見逃せません!」
そして、深呼吸していた白凪は盛大にむせた。
周囲にはまだ硫化アリルらしきものが大量に漂っていたというのもあるが、それ以上に二人の言葉に反応してしまったのだ。
つまり二人は、ドレイクの雄叫びによる威圧を、食欲と好奇心によって克服したのだろう。
あるいは、食欲と好奇心がそれを完全ガードしたというべきか。
「食べるために倒すとなると、ボクの一番得意な毒殺スキルは使えませんね。でも、翼があそこまでボロボロなら勝ち目はあるかな?」
「炎なら効くのかな?」
「剣に魔技の炎を纏わせてとかできない?」
「試したコトないし聞いたコトはないけど、やってみる」
涼と湊は完全に倒すつもりでいるようだ。
しかも、ただ倒すのではなく、倒したあとでちゃんと食べられるように。
「あの、二人とも……ネームドに舐めプはあまり……」
「舐めプ? 白凪さん。私も涼ちゃんも舐めてるつもりはまったくありませんよ?」
「そうです。ボクと湊は敬意を払ってさえいます。美味しく頂くために」
苦戦している戦闘の最中に、何らかのキッカケで流れが変わることがある。そしてそのまま勝ててしまうというのも、無くはない。
別にモンスターとの戦闘に限らず、対戦競技などでもありうる出来事だ。
そして、白凪は今――その流れが変わった瞬間を感じ取った。感じ取ったのだが……。
(こんな形で流れが変わるってアリなの……?)
なんとも戸惑ってしまう状況だ。
気がつけば、白凪の身体を支配する恐怖は完全に霧散しているのだが、本人はそれに気づいていないのであった。
=====================
【Skill Talk】
《
初級武技に分類される「走牙刃」の派生技。
本来の走牙刃は、いわゆる地面を這う飛び道具なのだが、これは空中から斜め下へ向けて射出する。
実はマテリアルでは習得不可能(この技用のマテリアルが存在しない)なレアスキル。
空中で発動できる武技をいくつか習得していて、かつ空中で走牙刃を何度も発動したコトがある場合に限り、習得フラグが立つ。
この技を使い込むと、派生スキルの「
その派生武技を習得できると、どこぞの真アクマみたいな動きが可能になる。
《グランスラッシュ》:
上級武技に分類される剣技。
ハイスラッシュを使い込むことで習得するタイプのスキル。
空中発動からのみ繰り出せる強力な振り下ろしの斬撃を放つ。
スキルによる攻撃力強化値が2.5~5.0倍と非常に強力になっている。
強力な一方で、発動が空中からのみとなってしまっている為、使用者は少な目。
落下の加速度を乗せれば乗せるほど威力があがるかわり、着地の硬直が伸びるという性能が、輪を掛けて使いにくくさせている。
強敵戦では好んで使うディア曰く、「適当にブッパしても体感で強化値3倍くらいの威力は出てるから、結構気軽に使えるよ」とのこと。
《スパイラルフレア》:
上級魔技に分類される火属性攻撃。
大きめの火の玉の周囲に、炎の渦が螺旋を描きドリル状になって飛んでいく。
貫通力が高く、火炎ドリルで相手の防御に穴をあけてから火の玉が炸裂し、火炎ドリルが解けながら周囲を舐めまわるというエグい挙動をする技。
現況の探索者が使う魔技の中では最上位に近い攻撃力と、使い手の技量で必要な貫通力や炸裂範囲を調整できる小器用さから、火系を好まないブレス使いであっても、習得を検討する程度に人気のスキル。
ただ上級魔技だけあって、習得は難しい部類。
《
ネギ魔道の専用魔技。スプリング・オニオン・グレイブ。
正式名称が長いので、ネギ魔道の多くが「スプリングレイブ」と略して唱える。
相手の足下に鋭い岩を作りだして突き上げる魔技「グレイブ」を、ネギ魔道がアレンジしたモノ。
長ネギが地面からバネ仕掛けのように突き出す。威力は低めながら、通常のグレイブの倍を超える数のネギが範囲内にランダムで発生する為、回避が困難。
また、通常のグレイブと違い、消滅までに非常に時間がかかる為、戦闘時はやっかいな障害物となる。敵としても味方としても邪魔なのが困りもの。
一応、ネギはそこまで堅くないので破壊可能。ただ破壊した断面から硫化アリルが大量に噴出する為、迂闊に壊すと目や喉へのダメージが発生するのが厄介。
通常種が使うとふつうの長ネギサイズだが、「大ネギ魔道、ドレイク」が使用すると、リーキをより太くしたようなモノになる。
《
あるいはリョウヨクセンカイゲキ。
鳥系モンスター専用の武技。
翼を使ってくりだすダブルラリアット。
ウィングスパン全開で両翼を開いて回転する。
モンスターの種類や属性によっては、強風や竜巻、水しぶきなどの追加効果が発生したりもする。
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