第18話 烈火百武(ブラフマーストラ)




 無情にも、模擬戦が始まってしまった。

 大勢のクラスメイトが見守る中、オーバーヘブンを纏った綾一と百人が空に浮かぶ。

 

「待て織島綾一ッ、そいつと戦うなッ‼︎ 」


 居ても立っても居られなくなり、氷牙は観客席から身を乗り出して乱入しようとする。

 が、それを栄華が止める。

 

「やめなさい氷牙、生身でアレと戦う気? 」

「栄華ッ…………お前、これから何が起きるか分かってるはずだろっ!? アレを止めないとッ……」

「まだわからない? 私達、見られてるわ」


 栄華に言われて、氷牙はようやく気付いた。

 先程まで綾一対百人の戦いに夢中になっていた筈のクラスメイト達が、氷牙達の方を凝視しているのだ。

 教室で綾一の名前を出した時と同じ、心の底から冷え切ってしまうような冷たい眼差しが、氷牙の身体を貫いている。


「皆観戦に夢中になってるように見えるけど、少しでも不穏な動きを見せれば一斉に襲ってくる。どうやらあの男、よっぽど試合の邪魔をされたくないみたいね」

「クソッ…………」


 数の差、実力の差。それら全てが氷牙の行手を阻んでいる。

 今すぐにでも駆け出さなきゃいけないはずなのに、それができないことが酷くもどかしい。


(このままでいいのか? 自分からAMOREに入るって言い出した癖に、こんなのでいいのか? 動けないで、見ているだけで――)


 無意味な自問自答を重ねる氷牙の眼前で、蹂躙劇が繰り広げられようとしている。

 選択の余地は、ない。

 ここで決めなければ。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇



 

 仮に。

 正常な意識を持った人間がこの試合を目にしたならば、誰もが口にすることだろう。

 ――これは“虐め”だと。





 


鈍間のろまだなぁ綾一クゥン、遅すぎてあくびが出そうだよォッ‼︎ 」

「ッ…………!! 」


 視界が明滅したかと思った直後、綾一の身体は横に吹っ飛んでいた。

 綾一がそれに気づいたのは、既にアリーナの壁に衝突した後だった。

 よろよろと身体を起こすと、空からこちらを見下す百人の姿が目に入った。

 彼の身に纏う“烈火百武ブラフマーストラ”の両肩の砲門が煙を吐いているのを見て、綾一はようやく、自分がビーム攻撃を受けたのだということを理解した。


「おいおい、コレ喰らうの何回目だ? いい加減慣れてくれなきゃつまんないだろ、ちったあ成長しろよ愚図」

「はぁっ…………はぁっ…………」


 百人の嘲りに、綾一は息を切らして答えることすらできない。

 無理だ、避けれるわけがない。

 “烈火百武ブラフマーストラ”の両肩に搭載されたビーム砲・から発射されるビームの速度は、オーバーヘブンに搭載されているハイパーセンサーをもってしても捉えることができないシロモノ。

 高性能なアトラスですら捕捉できない攻撃を、それより性能の劣る量産機で捕捉するのが不可能なのは目に見えている。

 

「織島ァッ!! せっかく百人が愚図なお前を鍛えてやるって言ってんだぞ、真面目に戦えよ!! 」

「やめなよ、これでも織島くんは頑張ってるんだから」


 無力さを曝け出す綾一を不真面目だと断ずる声と嘲笑する声。

 彼を心配する声はこの場にない。

 あるのは鹿山百人への声援と、織島綾一への罵倒のみ。

 この惨状に、誰も疑問を抱けない。


「…………さて、ウォーミングアップは終いだ」


 試合開始から15分が立った頃。

 ビームを使った甚振りに飽きたのか、百人は砲門をあげて欠伸をした。

 それが、第二幕の合図だった。


「起立しろ、魔滅の三槍トリシューラッ‼︎ 」


 百人がそう叫ぶと、“烈火百武ブラフマーストラ”の背面に格納されていた3本のサブアームが展開する。

 それら全てが、コンクリート壁を容易く切断してしまう高周波の刃を内臓しているのだ。並のオーバーヘブンでは擦っただけでその部分がダメになることは間違いない。


「どらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああイッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」

「ッ……‼︎ 」


 綾一は咄嗟にビームサーベルを抜刀し、その刀身で魔滅の三槍トリシューラを受け止める。

 実体を持たないエネルギーの刃ならば、魔滅の三槍トリシューラにぶった斬られる心配はない。

 が。


「機体出力がッ、違うんだよォッ‼︎ 」

「ぐあああああああッ‼︎ 」


 百人は力任せに魔滅の三槍トリシューラを押しこむと、そのままビームサーベルごと綾一の駆る量産型オーバーヘブン、その右腕を粉砕してしまった。

 幸いにも、綾一が寸前で右腕の装甲をパージした為、機体の下の綾一の腕が切断されることはなかった。

 

「無理だろコレ…………」


 素のマシンポテンシャルが違いすぎる。

 技量や経験の差を考慮する必要が無いほどに、両者のスペックは隔絶されていた。

 だが、百人は追撃の手を緩めない。

 片腕を失ったに等しい綾一に、残りの2本の魔滅の三槍トリシューラを振り下ろしながら、一気に距離を詰めてゆく。

 

「おいおいどうしたァ? すぐにやられちゃったらよォ、俺の凄さがアピールできねえだろぉがよおっ‼︎ 踏み台は踏み台らしく、もっと無様に印象的な負けざまをさらけ出してくれよォ元主人公クンよぉおおおおおおおおおおっ‼︎ 」

「っ――!! 」


 ビームライフルを持った左腕を咄嗟に突き出す綾一だが、2本目の魔滅の三槍トリシューラが、無常にもそれを弾き飛ばす。

 そして。

 ガラ空きとなった綾一の胴体に、3本目の魔滅の三槍トリシューラが滑り込むように命中した。


「があああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」


 腹部に強い衝撃を受けながら、綾一は地上へと落ちてゆく。

 スラスターは大破してその機能を失い、両腕は既に使い物にならない。

 

(分かっていたさ…………どうせ俺じゃ敵わないって…………)


 明滅する綾一の視界に、地上に降り立つ“烈火百武ブラフマーストラ”の姿が映る。

 敵わない。

 きっとこれからも自分は、アレに全てを奪われ続けるのだろう。

 そう思うと、身体を動かすことすら億劫に感じてくる。


「すっごーいっ! 流石百人君! 」

「やはり貴方の操縦技術は素晴らしいですわ。わたくしも負けていられませんの」

「抱いてっ‼︎ 」

 

 百人が着地して“烈火百武ブラフマーストラ”を解除すると同時に、女の子たちが一斉に駆け寄ってくる。

 百人を褒め称える者、向上心を煽られる者、所かまわず抱かれようとする者と、その反応は多種多様だが、共通して百人に大きな感情を向けている。


「それに比べて…………」


 女子生徒たちの内のひとりが、綾一の方を一瞥する。

 百人になすすべなく惨敗し、ゴミのように地面にうち捨てられている綾一を、心の底から蔑んでいる。

 かつては共に青春を送り、いろんな想いを伝え合った仲。しかし今では、その思い出すら唾棄すべきものに変わり果てている。

 彼女達と育んできたはずの友情も愛情も、名誉も喜びも思い出も未来も。綾一の積み上げてきたものの全てが、鹿山百人にぶち壊されてしまった。


「どう? 格好良かったでしょ? 」


 百人が一言発するだけで、少女達が甘ったるい悲鳴をあげる。その様子は側から見ていて、寒気がするものだった。


「まあ……彼女達にはお気に召さなかったみたいだけど。ねえ、南氷牙ちゃん? 」

「‼︎ 」


 そう言いながら、百人は観客席の方を睨みつける。

 そこには。

 クラスメイト達の冷たい視線に串刺しにされながらも、義憤を剥き出しにした南氷牙の姿があった。

 



    ◇    ◇    ◇

 



「………………ああそうだよ、反吐が出るほどに気に食わないね」


 静かに、氷牙はそう答えた。


「そりゃあ残念だ。同じ異世界人なら喜んでくれると思ったんだけどなぁ」


 少女ヒロイン達を侍らせながら、百人はそう言って笑う。

 既に異世界から来たことはバレているようだ。

 だが、氷牙は怒りの沸点を裕に通り越しているせいで、そこまで頭が回っていない。


「テメェみたいな悪趣味クソ野郎と一緒にすんな。普通の人間はな、他人虐めて悦に浸れるような感性は持ち合わせて無いんだよ」


 百人はしばらく考え込んだ後、アリーナの床に転がっているズダボロの綾一を指差す。

 

「…………あー、もしかして織島綾一このゴミクズの為に怒ってあげてるの? わざわざゴミひとつの為だけに怒ってあげるとか、見上げた博愛精神の持ち主だことで」


 百人は鼻で笑いながら、綾一の身体を蹴っ飛ばした。

 観客席を乗り越えて、氷牙がアリーナ中央に向かって歩いてくる。

 他のクラスメイト達はあいもかわらず氷牙に冷たい眼差しを向け続けているが、それはもはや拘束手段にはなり得ていない。


「一応俺も善人の部類だからさ、これでも死なない程度には加減してるんだぜ? 綾一コイツには死んでもらっちゃ困るんだ。。俺って優しいだろ? 」


 ヘラヘラと笑いながらとんでもない理論を提唱する百人。

 小学生の屁理屈の方がまだ筋が通っていると思えるレベルで、鹿山百人の主張は破綻している。

 観客席でクラスメイト達に包囲されながらそれを耳にしていた栄華は、苦虫を噛み潰したような顔になる。


「………………」


 不快極まりない雑音の中、氷牙は無言でその音源に向かってゆく。まるで、百人の声が耳に入っていないかのように。

 

「適材適所って言葉知ってるか? 大した実力も無い癖に女共にきゃーきゃー言われてる無能な原作主人公様を、俺の引き立て役として有効活用してやってんだよ。有能な俺が全てを手に入れ、無能な織島綾一が全てを差し出す……なんて無駄のない素晴らしいシステムだ。もっと賞賛されて然るべきだよね、うん」

「…………………………………………………………………………わかったよ、お前の言ってること」


 ぴたっ、と。

 手を伸ばせば届くほどの距離まで近づいていた氷牙の足が止まった。

 そして。

 ずっと俯いていた氷牙が、顔を上げた。



「安心して――お前をぶち殺せる」

「ッ‼︎ 」


 

 その時。

 氷牙の目を見た百人は、心の底から恐怖した。



 あの赤い瞳を見た瞬間、百人は理解してしまった。

 目の前にいる少女は、自分を本気で殺すつもりだということに。

 それほどまでの罪を彼は犯した。

 だが、彼がそれを自覚することは無い。

 世の中には、間違いを認めて悔い改めることのできる人間とできない人間の2種類が存在する。鹿山百人は後者である。


 

 故に。

 正義の裁きは慈悲を捨てた。

 鹿山百人という絶対悪を、何がなんでも討ち滅ぼして再起不能にしてやると、そう結論づけた。

 


 


「…………自由断在 カッターライフ


 いつの間にか、氷牙の両手には剣が握られていた。

 特殊金属で作られた、近未来的なデザインの双剣。何処かの特撮ヒーローの武器だと言われても納得してしまうような、そんな見た目だった。

 逆手に持ったそれの刃先を百人に突きつけながら、氷牙は宣言する。


「つい最近手に入れたばっかりなんだ、手加減はできねぇぞ」


 


 ――もっとも。

 氷牙が鹿山百人に手加減する道理はないし、したくもないのだが。





    ◇    ◇    ◇





 氷牙が百人に刃を向けたその時。


「…………待たせたな」

「ッ‼︎ 」


 遅れて、足音がひとつ。

 アリーナの入り口の方からだ。

 栄華が入り口の方に目をやると、そこには見慣れた紫の頭があった。

 輪道めぐるだ。


「あんた今までッ――」

「悪い、別件で遅くなった。一応仕事はしてたから怒らないでくれよな」


 めぐるは栄華に一言謝ると、百人と対峙する氷牙の方に目をやる。

 そして、彼女の怒りを感じ取ると、満足そうな笑みを浮かべる。


「…………その激怒っぷり、やっぱりオレの目に狂いはなかったな」

「なんだお前――」


 百人がめぐるに反応する。

 が。


「初仕事だろ、先輩オレも混ぜろよな」

「っ…………! 」


 めぐるはそう言うと、一瞬で百人の真横に移動する。

 なんてことは無い。

 裏返りの円環リバーシブル・メビウスを使えば、空間を縮めることでの転移なぞ朝飯前だ。

 めぐると氷牙。ふたりに睨まれた百人。

 そして。

 宣告ジャッジメントが、下される。

 

「ちっとばかしやり過ぎたなお前。これからオレ達が心置き無く勧善懲悪ぶんなぐってやるから歯ァ食い縛れよ」


 

 潜入調査とかいうかったるい真似は終いだ。

 これより先は、単純明快な殴り合いバトルシーン

 


 情けは無用。

 殺す気で裁け。


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